「夢の中の僕」は、「記憶の中の僕」の二次SSとしてあまがささんが書かれたものです。
アダルトTSF支援所の画像掲示板(ふたば板)に投稿されたものを、ここに転載させていただきました。
転載元はこちらです。

夢の中の僕

第一話 / 第二話
夢の中の僕

第一話

僕は閉じていた目をそっと開けた。
目の前には、なぜか目を閉じている自分の顔があった。
「ん?」
(鏡?)と思った瞬間、今、発した自分の声に違和感を覚えた。

「あれ?」
僕は再び声を発した。
すると、その声に反応するように、目の前にある自分の顔が目をあけた。
自分の声に再び違和感を感じていると、
今度は、「目の前の自分」の表情がハッと変化し、
「えっ!?」と小さく声を発した。

僕と「目の前の自分」は、反射的に一歩ずつ離れた。


「わあああ〜っ」
僕は声を上げて目を覚ました。ここは僕の部屋だった。
「今のは夢?」
僕は自分の手を見た。いつもの僕の手、男の手だった。
自分の身体を触ってみた。男の身体だった。鏡を覗いてみた。いつもの僕の顔だった。
「良かった。やっぱり夢だったのか」
僕はやっと安心してホッとした。

変な夢だった。僕、石川裕也(いしかわゆうや)は、
同じクラスの佐々木翔(ささきしょう)に誘われて夏祭りに来ていた。
その夏祭りの会場で、同じクラスの女子の3人グループとバッタリ出会い、
その中にいた幼馴染の女の子、香川美保(かがわみほ)と一緒に夏祭りを楽しんでいた。
そして、祭りの会場から少し離れた夕方の中央公園で、僕は美保にキスをして、
目を開けた時、僕は僕ではなくなっていて、僕は美保になっていた。
僕と美保は、なぜか入れ替わってしまっていたのだった。
「……何であんな夢を見ちゃったんだ?」
僕にはわからなかった。だけど、すごくリアルな夢だった。
まるで、SFの世界の、バーチャルリアリティでも体験したかのような、そんな夢だった。

あの変な夢を見たその日の午後、僕は翔に誘われて夏祭りに来ていた。
元々夏祭りに来る事があまり好きではなかったうえに、今朝見た変な夢の事もあり、
僕は翔の誘いを断ろうと思ったのだけど、翔に熱心に誘われて仕方なく来たのだった。
そろそろ夏祭りにも飽きて、もう帰ろうかと思い始めた頃、
僕たちは、偶然同じクラスの女子の3人グループとバッタリ出会った。
その女子グループの中には、幼馴染の香川美保の姿もあった。
僕は、何やら得体の知れないデジャブーを感じていた。

あの後、僕と美保は、他の4人とはぐれて2人きりで夏祭りを楽しんでいた。
夕方になり、「そろそろ帰ろうか?」と、言ってもおかしくない頃、
「ちょっと中央公園で休んでいかない?」
と美保に誘われた。僕はまだ美保と一緒にいたかったからその誘いを受けたけど、
「こんな所まで夢と一緒かよ」
僕の心の中には、このチャンスに、美保との仲をぐっと近づけたいとの思いと同時に、
徐々に不安が広がりつつあった。

僕は美保を見た。

美保も僕を見ていた。

(これはキスの流れだよな・・・)と思った。
美保も何かを誘うような表情をしている。
(よし、思い切って・・・)と考えるが、行動に移すことは簡単ではなかった。
そのうち、(美保は僕に好意を持っている)という確信がなぜか揺らぎだしてしまった。

「缶捨ててくる。」
僕は、やりたいことと全く違う行動をしてしまった。
(何してんだ俺・・・)
自動販売機の横にある空き缶回収ボックスの穴に空き缶を入れながら、大きなタイミングを逸してしまったことを悔やんだ。

ベンチに戻ると、美保はベンチから立ち上がっていた。
(帰るのかな・・・)
美保は何も言わずに立っていた。

僕は美保のそばまで近づいた。
美保は穏やかに僕を見つめていた。

次の瞬間、僕は、美保の肩越しに手をまわし、そっと抱きしめた。
自分でも驚くほど自然と身体が動いた。
美保の身体は小さくて柔らかかった。
美保も僕の背中にそっと手を回してきた。
気持ちが良かった。
遠くで雷鳴が響いたが、耳には入らなかった。
ずっとこのままでいたかった。
少しの後、自然と、ゆっくり、身体が離れ、
今度は目の前で見つめあった。

そして、キスしようとしたその瞬間
『駄目だ!』
僕の頭の中には赤信号が灯り、僕は思わず身を引いていた。

「意気地なし」

一言言い捨てて、美保は足早にこの場を去っていた。
美保の言葉が、僕の心に突き刺さっていた。
僕はその場に立ち尽くし、大きなチャンスを逃した事を、激しく後悔していた。

得体の知れない夢を見たからって、気にしすぎてしまったのだろうか?
キスで身体が入れ替わるなんて、そんなバカな事ありえないのに。
「……帰ろうか」
と思ったけれど、そのまますぐ帰る気にならず、近くのコンビニに寄る事にした。

「そういえばこのコンビニって……」
あの夢の中で、美保になった僕は、オシッコが我慢できなくて、このコンビニでしたんだっけ。
なぜか、夢の中での美保のオシッコの感覚がリアルに思い出され、少し恥ずかしかった。
もし、夢の通りなら、美保はオシッコを我慢していた訳で、という事は……。

ガチャ

「えっ、石川くん?」
「香川さん?」

コンビニのトイレのドアが開き、僕はさっき別れたばかりの美保と再び鉢合わせた。
『嘘だろ、こんな所まで夢と同じだなんて……』

あの後、何も言わずにその場を立ち去ろうとした美保を、僕は呼び止めた。
ここで美保と出会ったのが、偶然だか必然だかわからないけど、最後のチャンスのような気がした。
「さっきはごめん。でも、香川さんにその気があったら、もう一度さっきの場所で……このまま終わりだなんて俺は嫌だ」
僕は何を言ってるんだ?、つい勢いで言ってしまった。
でも、僕の勢いに押されたのだろうか?、美保は承知してくれた。
そして僕と美保は、再び、あの公園のあの場所にやってきた。

そういえば、夢の中で入れ替わっていた僕と美保は、コンビニを出た後、この公園に戻ってきて、
元に戻れないかを、キスをして確かめていたっけ……こんな所まで似てるなんて、出来すぎた夢だ。

僕はもう一度、美保と見詰め合った。
さっきあんな事があったせいか、それともあの変な夢のせいか、なんだか照れくさかった。
最初はさすがに醒めた表情だった美保も、表情が柔らかくなってきたように感じられた。
僕は、そっと美保を抱き寄せ、目を閉じてキスをした。
僕は初めてキスをした。
初めて触れた美保の唇は信じられないくらい柔らかかった。

目を開けると、目の前には目を閉じたまま幸せそうな顔の美保がいた。
入れ替わってなんかない。やっぱりあれは夢だったんだ。
好きな人と、無事にキスが出来た喜びに、僕は大きな幸せを感じていた。

「俺は香川さんが、ううん、美保が好きだ。付き合ってほしい」
「……はい」

美保は、小さくうなずいてくれた。
辺りは薄暗くてよく見えないのに、僕には美保の頬は赤く染まっているように見えた。

そしてこの日から、僕は美保と付き合い始めた。
これというのも、結果的にはあのおかしな夢のおかげかもしれない。でも……。


夢の中の僕

第二話

いつものように、目覚まし代わりの携帯の音が鳴った。

僕は目を覚まし、携帯を手にとって時間を確認した。
7時だ。
時刻を認識したとき、自分の細い指を見て僕はハッとしていた。
(えっ、何で?)

髪に手をやった。
そして、胸と股間に手を当てた。
女の身体だった。

部屋を見渡した。
見慣れない部屋だったが、昨日のおかしな夢で見た美保の部屋だった。

僕は姿見に自分の身体を映していた。
鏡の中には、パジャマを着た美保が立っていた。
(何で?、何で俺が美保になってる?)

そんな筈はない。昨日の夜、家に帰ってきたときは、確かに僕は僕だった。裕也だった。
それが、朝起きたら美保の部屋にいて、美保になってるだなんて、
それじゃまるで、美保と僕が入れ替わった、夢の世界の僕みたいじゃないか。
(……夢の世界?、まさか!?)

僕は、状況を確認しようと思い、身体を動かそうとした。
だけどこの身体は、僕の意思ではピクリとも動かなかった。
というより、僕とは別の誰かの意思で動いていた。
美保本人?、ではなさそうだ。
だってこの美保は、さっき起きたとき、胸や股間を触って何かを確かめていたし、それに、
「はあ〜〜っ」
鏡で自分の姿を確認して、深くため息をついているのだから。

僕は尿意をもよおしていた。
正確には、美保の身体が尿意をもよおしていた。
美保の身体は、僕の意思とは関係なく二階のトイレに入り、便座に腰掛けた。

シャアアア〜〜〜ッ

程なく、美保の股間からはオシッコが放出され、僕は排尿の快感を感じていた。
(ああ〜っ、俺は今、美保の身体でオシッコをしているんだ)
昨日見た夢の中でも、美保のオシッコを体験していたけど、
あの時は、リアリティを感じながらも、まだどこか夢を見ているようにも感じていた。
今は、すごく現実感を感じていた。
僕の意思で身体が動かせないだけで、五感の全てを感じていた。
おかげで、僕は今は、女の身体の中にいるって事を、嫌でも意識させられていた。

オシッコが終わり、部屋に戻ってきた美保は、携帯電話のメールを確認していた。
(これって、俺の携帯だよな、何で美保が持ってるんだ?)
美保のチェックしているメールを見て、すぐに答えは出た。
(昨日の夢で見たメールだ。やっぱりここは、昨日見たあの夢の世界なのか?)
夕べのあの夢を思い出す。
そういえば、あの夢の中で美保と別れる時、携帯を交換していたっけ?
ということは、この美保は美保と入れ替わった僕で、これはあの夢の続きなのか?
薄々そうではないかと思っていた。だけど、できればそれは認めたくなかった。
(あの夢のようには、俺は美保と入れ替わる事は無かった筈なのに、それで終わりじゃないのか?)

あの夢は、予知夢のようなもので、危険(?)が回避されたらそれで終わりだと思っていた。
でも、どうやらそうではなかった。夢にはまだまだ続きがあったらしい。
(もし、ここがあの夢の世界だったとして、なら俺はどうすればいいんだ?)

わからない。その答えは、簡単には出そうになかった。

(おーい、美保、それとも裕也?、聞こえたら返事をしてくれ。おーい……)

あの後、とりあえず今のこの美保と、意思疎通ができないものかと、僕は声をかけてみた。
結果は無反応。どうやら僕の声(?)は、この美保には聞こえていないみたいだ。
しばらく声をかけ続けてみたけど、やっぱり反応がなく、そのうち僕は諦めた。

今の僕は、精神だけ美保の身体の中にいて、間借りさせてもらっている状態だと思う。
僕はただここにいるだけで、僕にはなにもできない。美保の指一本動かす事もできない。
せめて、意思疎通だけでもと思ったのだけど。
(仕方ない。どうせ今の俺は何も出来ないんだ、しばらくこのまま様子を見るか……)

そう決めた後は、僕はもっと状況をゆっくりと観察していた。
どうせ、他にできる事はないんだし。そう思ったら少しだけ気が楽になった。
(案外、夢から醒めたら、元の俺に戻っているのかもな……)
一度気が楽になってしまえば、そういう風に考える事もできた。
根拠はないけど、そうなるような気がして、僕はますます気が楽になった。
(もしそうなら、ここで見聞きしたこと、元の俺に戻ったときに役にたつかも)
昨日の夏祭りの夜のように。

僕とは違って、美保は気楽とは程遠い状況だった。
なんだか覚悟を決めてリビングに来て、
「おはよう」と、家族と朝のあいさつをしていた。

「あら、どうしたの、早いわね。どっか出かけるの?」
お母さんが美保に聞いてきた。
「う、うん。ちょっと図書館に行こうと思って。」
朝のあいさつからお母さんとの会話まで、緊張していて、ぎこちないのがよくわかった。
(無理も無いか、俺が同じ立場だったら、やっぱり緊張するだろうし)
その緊張感がこっちにも伝わってきて、僕もいつまでも気楽ではいられなかった。

今の美保が、心の中で何を考えているのかまでは、僕にはわからない。
でも、美保の感情の変化は、僕にも伝わってきていた。

リビングから部屋に戻った美保は、出かける準備を始めた。

チェストの中から適当にブラジャーを選んで取り出して、
慣れない手つきでブラジャーを身につけようと四苦八苦していた。
姿見の鏡には、そんな美保のあられもない姿が、まともに映っていた。
(えーっと、目のやり場に困るんだけど……見ていいんだろうか?)

今の僕の視点は美保のものなので、色々とまともに見てしまう。
目のやり場と表現したけど、僕の意思では視線をそらす事さえ出来ない訳で、
不可抗力なんだから、これは仕方ないよな、うん……。
(ごめん美保、やっぱりごめん)
僕は、この場にいない、元の僕の世界にいる美保に、心の中で謝っていた。

ブラジャーを付け終わり、美保はクローゼットの中を見ていた。
クローゼットにはいろいろな服が掛けられていた。
何を着ていくか、考えているのだろう。でも僕は、
(うーん、何だか締め付けられる感じがして、落ち着かないな)
ブラジャーの締め付けが気になって、もどかしかった。
少し手直ししたい気分だけど、僕は身体を動かせないからどうしようもなかった。

そんな時、メールの着信があった。
『8:30に大通りのコンビニに集合できる?』
『了解』
美保は、少しだけ考えてから返信していた。

8:30、集合時間のコンビニの脇には、僕の姿の美保(?)が待っていた。
その姿を見た美保からは、ホッと安心した気持ちが伝わってきた。
「あ、ごめん、待った?」
もう一人の僕、美保の姿の裕也が、裕也の姿の美保に話しかけた。
「ううん、今来たとこ。」
う〜ん、自分の姿を外から見るのは、違和感というか抵抗感が強いな。
もう一人の僕も、そうじゃないかなと思ったのだけど、違ったのだろうか?
「あ、あれ?、なんだ……これ…」
この世界の、美保の姿の僕は動揺していた。
裕也(美保)に会って、ホッとしたのはわかるけど、涙を流すなんて……。
この状況に、僕は恥ずかしく感じていた。なんだかカッコ悪いや。
「どうしたの?石川君。」
「あ、ごめん、わかんないけど…、なんかホッとしたのかな……」
心配そうに、裕也(美保)は声をかけてくれて、
美保(裕也)は、その気遣いに安心したように答えていた。

この後、美保(裕也)は、裕也(美保)に、服装がおかしくないか?、とか、
ブラジャーはこれでいいのか?、とか、聞いて見てもらっていた。
(傍から見たら、おかしな会話だよな)
会話の内容ややっている事が、男女が逆になっているのだから。
(入れ替わってるんだから、しょうがないのだろうけれど……)
分かっていたつもりだったけど、状況を改めて見せ付けられたけど、
僕にはこの現実が受け入れがたかった。

「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」
今度は「裕也」の姿をした美保が真剣な表情で言った。
「私の部屋から持ってきてもらいたいものがあるの」
「えっ!?」
「日記なの。私の机にしまってあるんだけど……」
(日記?、美保は日記をつけていたんだ)
僕は、真面目な美保らしいと思った。
そしてその日記が、裕也(美保)の表情から、とても大事なものだということが分かった。
「うん、分かったよ。」
美保(裕也)が了解の返事をした。
すると、美保はこの世界の僕に小さな鍵を渡した。
「これ、私の机の鍵。日記は、一番上の引き出しに入っている、茶色いカバーのやつ。」
(私の机の鍵って、美保はいつの間に?)
僕は、美保の家に戻るまでの少しの間、考えていた。

僕達は自転車に乗り、美保の家の近くまで来た。
「日記を見つけたら、すぐに持ってきてね。それから、中は絶対に見ないで。」
美保の表情は真剣だった。
「石川君を信用してるからね。」
美保は念を押した。
プライベートな事も書いてあるのだろうし、僕も当然の事だと思う。

美保の姿の裕也が、日記を持って戻り、裕也(美保)に渡した。
「そう!これ。ありがとう!よかったー……」
「自分」の姿の美保は、さっきまでの真剣な表情が解け、日記を抱きしめ喜んだ。

「香川さんが日記を書いていたとはね。」
「意外だった?」
「そういう訳ではないけど。」
「それより、石川君は何か勉強道具持ってきたの?」
裕也(美保)が話を変えた。
「あ!」
この世界の僕はうっかりしていた。
何も勉強道具を持ってきていなかった。
というか、まじかで見ていた僕も、うっかり今まで気づかなかったけど。
「よくそれで、お母さん何も言わなかったね」
「裕也」の姿をした美保は笑った。

「あのさ…」
図書館に向かう途中、この世界の僕は、自転車で隣を走る「裕也」の姿をした美保に話しかけた。
「さっき、思ったんだけど、その姿で女言葉はちょっと変だね」
「うん。私もそう思ってた。この声だとおかしいよね」
「やっぱり、これはお互い様だとは思うんだけど、それぞれの姿にあった言葉遣いをした方がいいかもしれない」
「うん、そうだね。よし、今からは俺は石川裕也だ!」
「順応早いなぁ…」
「ほら、美保もちゃんとやれよ」
「はぁ?、美保って、俺もそうは呼んでなかったよ」
「美保、そんな言葉使っちゃだめだよ」

(何だか面白くないな)
この世界の僕と美保の会話、僕はここでは部外者だけど、
美保が男言葉になったとたん、急に上から目線で話かけられたような気がして面白くなかった。
この世界の僕もそうなのか、『面白くない』という気持ちが伝わってきた。

「あ、ゴメン。何か気に障った?」
この世界の僕がしばらく黙っていると、美保が気を遣ってきた。
「あ、ゴメン。何でもない。」
この世界の僕も素直に謝った。
そして、今の気持ちを言葉にしてくれた。
「自分は香川さんのように、うまくしゃべれなくてさ…、それで…、ゴメン」
「いいよ。私もちょっと調子に乗りすぎたかな。でも、やっぱりできるだけ、姿に合わせないと変だよね」
「うん……」
「石川君、自分のこと『わたし』って言うことはできるでしょ?」
「うん…、ちょっと抵抗があるけど……」
「それだけで、随分違うと思うよ」
「そうだね…」
「それから、お互いの呼びかたどうにかしたほうがいいよね?」
「え?」
「さっきみたいに、『美保』って呼びたいんだけど。いいかな?」
「まあ、いいけど…」
いつのまにか、また美保のペースになっていた。
「美保は俺のこと何て呼んでくれる?」
美保はすっかり『石川裕也』になっている。
「自分が美保だったら『ユウくん』って呼びたかったな」
美保が提案してきた。

(確かに、子供の頃、俺は「ユウくん」と呼ばれていたな)
(だが、自分を「くん」付けで呼ぶのもなんだか嫌だな。この世界の「裕也」はどうなんだ?)

「『ユウ』でいいかな?」
「『ユウ』?」
(『ユウ』?)
美保はちょっと意外な表情をしていた。
僕も少し意外に思ったが、すぐに納得した。確かに『ユウ』なら何とか呼べそうだ。
「了解。そうしよう」
と、美保も『ユウ』を受け入れたようだった。

「美保、俺のこと呼んでみて」
早速美保がこの世界の僕に言った。
「なあに?ユウ。これでいい?」
この世界の僕は、女の子らしく言ってみせた。
「そうそう、その調子」
美保はうれしそうだ。
この世界の僕は、すっかり美保にのせられてしまっていた。
……僕は、やっぱりなんとなく面白くなかった。


いつものように、目覚まし代わりの携帯の音が鳴った。

僕は目を覚まし、携帯を手にとって時間を確認した。
7時だった。
どこかで同じような事をしたような気が……。
「はっ!、ここはどこだ?、俺はどうなっている!?」
ここはいつもの僕の部屋だった。僕は自分の手を見た。いつもの僕の手だった。
自分の身体を触ってみた。男の身体だった。鏡を覗いてみた。いつもの僕の顔だった。
「良かった。俺だ、元の裕也に戻ってる」

夢、……あれもやっぱり夢だったのか?
僕はホッとしながら、苦笑いをした。
「これじゃ、昨日と同じだよな」
いや、昨日と同じじゃなかった。
だって、昨日はあのおかしな夢のおかげで、僕は夢の世界と同じトラブルは回避した。
だけど夢の世界では、そのトラブルは回避されず続いていた。
僕は夢の世界で、その状況を疑似体験してきた。
「はっ、そういえば、……動く、俺の思った通りに手が動く」

当たり前の事だけど、僕の手も足も、身体全体が僕の思った通りに動いてくれた。
その当たり前の事が、今の僕は嬉しくて仕方がなかった。
「向こうじゃ見るだけで、俺は何も出来なかったからな」

ふと、向こうの夢の世界で、ついさっき(?)まで体験していた出来事を思い出す。
「俺と美保、向こうでは入れ替わったままだった」
朝、夢の向こうの世界で起きてからの事。
向こうで裕也の姿の美保と会った事。
会って二人で話をしていた事。
入れ替わった二人の会話を思い出し、僕はその会話の内容を思い出し、
その生々しさに、僕は今さらながら『ゾクッ』とした。
「もしあの時、あの夢のように、あのまま美保とキスをしていたら……」
どうなっていたのか?、結果はあまり考えたくなかった。

気を紛らわそうと、僕はメールのチェックをした。
主に、翔からの昨晩の状況追求のメールとその返事だった。と、そのとき、
美保からのメールが来た。
『おはよう。予定通り、9時に図書館に行くよ』
そういえば昨日の晩に、今日は美保と図書館で会う約束をしていたんだっけ。
僕はすぐに返事を返した。
『おはよう。了解!』
返事を返して、僕は苦笑した。
メールの内容が向こうの世界と同じだったから。
メールの発信者が逆なだけだった。いや、肉体的には発信者は同じなんだろうか?
……今は、気にしすぎない事にした。

昨夜、夢の世界のように美保と入れ替わる事なく、
無事にキスを済ませて、美保に交際を申し込んだ僕は、
別れるときに、美保に咄嗟に提案をしていた。

「明日、図書館で会うってのはどう?」

美保は、一瞬意外そうな顔をした。でも、すぐに表情を和らげて、
「いいわよ、図書館で一緒に勉強だね」
と言った。
「えっ!」
「違うの?」

何で僕は、咄嗟に図書館なんて言ってしまったんだ?
(……あ、そうか、夕べ見た夢の中で、入れ替わった美保と約束した場所が図書館なんだ)
その事が、頭のどこかに残っていて、咄嗟に出ちゃったんだろう。
だからと言って、こっちの現実の世界でも、図書館で会う約束をする必要はないはずだった。
だけど、言ってしまったものは仕方がない。今さら言った事を取り消すのもばつが悪い。

「え、あ、うん、そうそう勉強、図書館で一緒に勉強しようか……」
「石川くん、本当に勉強する気あるの?」
美保は、顔に笑みを浮かべて、そんな事を言いながら、僕の提案を受け入れた。
翌日、つまり今日の9時に、僕と美保は図書館の前で会う約束をしたのだった。

そんな訳で、8:50、図書館の少し手前、

夢の向こうの世界のように、美保から集合時間や場所の変更のメールが来ることはなく、
僕は朝ごはんを食べた後、少し時間に余裕をもって、図書館へと自転車を走らせていた。
朝ごはんは、ご飯に味噌汁と納豆だった。向こうの美保が食べたと言った朝ごはんと同じだった。
考えすぎてもしょうがないか、いつも通りの朝ごはんなんだから、同じで当たり前なんだし。
お母さんに図書館に行くって言ってみたら、『あら珍しい』って言われたのも同じだったが……、
いや、珍しいって言われるのも仕方ないか。実際僕自身が珍しいって思う事なのだし。
ふと、逆に向こうと違う事で疑問に思った。

「向こうの美保は、何で時間と場所を変更したんだろう?」
そのおかげで、向こうの世界の美保になった僕は、変更場所のコンビニで、
朝ごはん代わりのサンドイッチを購入して、食べる事が出来たのだけど、
裕也になった美保は、特にそのコンビニで買い物をしたわけじゃなかった。
なぜだろう?、と、考えながら自転車を走らせていたら、図書館の前から、僕に声がかけられた。

「石川く〜ん」
美保だった。どうやら先に図書館前に来ていたらしい。
「あ、ごめん、待った?」
僕は美保に話しかけた。
「ううん、今来たとこ」
そう言って僕に話しかける美保の顔は、少し嬉しそうに見えた。

9:00、僕たちは図書館に入った。
外は汗ばむほど暑かったけど、図書館内は冷房が効いていて涼しかった。
まだ時間が早いからか、席はほとんど空いていて、
僕たちは、一番隅の窓際の机に座った。

ふと、僕はある事に気が付いて、つい苦笑いをした。
今、僕が座ったのは、夢の世界でユウが座っていた席で、
美保が座ったのは、夢の中の僕が美保として座っていた場所だったから。
夢の中とは逆だ……、いや、これが僕と美保の本来の立ち位置なんだ。

「石川くん、何かおかしいことでもあったの?」
「えっ、いや、何でもない、何でもないよ」

美保に問われ、僕は慌てて否定した。
夢の中の出来事を、特にあんな内容を、美保に言える訳がなかった。

「……そう?、ならいいけど」

美保は、何か言いたそうだったけど、あっさり引き下がってくれて、僕はホッとした。
ホッとして、ついもう一度夢の中の出来事を、思い返してしまった。
夢の中の僕……美保が、戸惑いながら着替えをした事、お風呂に入った事、
そのときの美保の下着姿や美保の裸、
一見華奢だけど、ほどほどに肉が付き、女性らしい柔らかくて、丸みを帯びた身体つきだった。
(美保の身体、きれいだったよな……)
思い出して、僕は罪悪感を感じた。
同時に、なぜか身悶えしたくなるほど、恥ずかしくなった。
(あれは事故だ、不可抗力なんだ、どうしようもないじゃないか!!)
僕は心の中で言い訳した。

「本当に、さっきからどうしたの?、石川くん」
気が付くと、美保が心配そうに僕のことを見つめていた。
「な、何でもない。ただ、美保とこうしていられるのが嬉しくて……」
僕は、とっさに言い訳した。
でも、それは半分以上本心だった。
夢の中の僕のように、美保と入れ替わる事もなく、
僕はこうして、美保と普通に付き合いはじめて、普通に一緒にいられる。
それは、とても幸運な事なのではないだろうか?
(そうだ、俺はこの幸運を、もっと喜んでいいんだ)
夢の世界の二人には悪いけど、僕はそう思った。

だから、美保にはそれらしく聞こえたのか、
僕のそんな言葉に、頬を赤らめていた。
「変な石川くん」
と言って、美保はくすっと笑った。
僕は、そんな美保が可愛いと思った。
(やっぱり美保は僕じゃなくて、美保なのが一番いい)

そんな美保が、何か改まった表情で言った。
「ねえ石川くん、私達、付き合い始めたんだよね」
「うん、そうだね……」
「石川くんの事、『ユウくん』って呼びたいんだけど、いいかな?」
僕は少し驚いた。そういえば夢の世界の美保『ユウ』も、
僕の事を『ユウくん』って呼びたかったって言っていたっけ。
「駄目かな?」
「……いいよ」
向こうの世界で、僕が僕の姿の美保に、『ユウくん』って言うのは抵抗あるけど、
こっちの現実の世界の美保に、『ユウくん』って呼ばれるのは悪い気がしない。
「良かった。それじゃユウくんは、私のことを何て呼んでくれる?」
なんだか似たような展開で調子に乗ってくる所は、美保もユウと変わらないなあ。
「『美保』でいいかな?」
「うん、『美保』でいいよ、『ユウくん』」
美保の口調は楽しそうだった。美保、調子に乗ってるな。
でも、夢の世界のユウの、そんな調子に乗った態度は、少し面白くなかったのに、
僕も現金なもので、こっちの世界の美保が、少し調子に乗っていても、悪い気はしなかった。
なんだかんだ言っても、こうして美保と一緒に居られるのは、僕も楽しかった。
なんでだろう?

「それじゃユウくん、そろそろ始めようか」
美保は、既に勉強道具を机に並べて、いつでも宿題を始める準備が出来ていた。
僕は慌てて、手提げかばんから勉強道具を取り出して、机の上に並べた。
「ユウくん、勉強道具、ちゃんと忘れずにもってきてるね」
美保が、少しからかうように言った。
「一応、ここに勉強しに来た事になってるんだし、忘れたりしないよ」
そう美保に言い返しつつ、実は僕は出かける直前に、
勉強道具を持っていかなくて、ユウに呆れられた夢の世界での出来事を思い出し、
(言い訳するなら、向こうでは勉強目的ではなかったので、勉強道具は必要なかったけど)
慌てて勉強道具を用意して、忘れずにすんだのだけれど、もちろんそんな事は口には出さない。

ともかくそんな調子で、僕達は宿題に取りかかった。
僕はとりあえず、美保と同じ宿題を一緒に始めた。
僕は、いつになく真剣に取り組んだ。
美保にカッコ悪いところを見せたくなかったから。

お互いに口もきかずに集中し1時間程たった。
僕の集中力は、このくらいが限界だ。
僕は一息ついて、美保の様子をうかがった。

美保は、なおも集中して宿題に取り組んでいた。
美保は僕の倍くらい進んでいた。
ノートも僕よりもはるかに整理されている。
美保と僕の成績の差は、こういう所に現れていると感じた。
(俺は美保みたいに、こんなに集中して勉強する事はできないよな……はあ〜っ)
僕は、心の中で、そっとため息をついた。

僕が美保のほうを見ていると、美保が僕に気がついた。
「ちょっと休憩しようか」
「うん」
美保は、まだ続けられそうだったけど、僕を気遣ってくれた。
僕達はロビーに出た。

「美保、さすがだね。もう、あんなに進んでいる。」
「うん、さっさと終わらそうよ。わかんないとこあったら聞いていいよ、ユウくん」
美保は、僕よりも勉強ができることを自覚している。
僕も、美保の優秀さは十分わかっているので、そう言われても悔しくはなかった。
「ありがとう」
僕は素直に返事をした。
「美保、今やってたところ、ちょっと見せてくれない?」
ついでに、ちょっとお言葉に甘えて、ダメモトで聞いてみた。
「ユウくん、ただ写すだけじゃダメだよ」
美保に軽く叱られた。
「やっぱり……」
僕ががっかりしていると、
「しょうがないなあ……、じゃあ参考にしてもいいから、ちゃんと自分で考えてよ」
美保は苦笑しながら、宿題を見てもいいと言ってくれた。
「ありがとう美保」
僕はもう一度素直に、目いっぱい感謝の気持ちを込めて、美保に感謝の言葉を言った。
「……もう、なんだかこっちまで調子が狂っちゃうなあ」
なぜだかわからないけど、美保が照れてるみたいだった。
そんな美保が女の子らしくて、僕はかわいいと思った。
(やっぱり、美保は女の子の美保が一番いい)
僕はもう一度、そう思った。

お昼時間、僕達は、図書館近くのファミレスでランチをすることにした。
図書館を出ると、日差しが強くて、熱気で身体がとたんに暑くなった。
図書館の駐輪場は日陰だったので、自転車はそのまま置いておくことにして、
僕達は歩いてファミレスに向かった。

ファミレスまでは歩いて1分ほどだが、たちまち汗が吹き出した。
(こういう所も、夢の世界と同じなんだな。という事は、ファミレスの中は……)

「図書館の方が涼しいよ……」
美保ががっかりしたように言った。
「やっぱり……」
ファミレスの中は、夢の世界の体験と同じで、期待したほど冷えてはいなかった。
「何がやっぱりなの?」
僕の一言に、美保が不思議そうに尋ねてきた。
「え?、あ、つい最近このファミレス来た時、さほど冷房効いていなかったから、やっぱりって……」
「ふーん、そうなんだ」
咄嗟にだけど、上手くごまかせたようだ。
美保は僕の言葉を、さほど疑問に思わずに、納得したみたいだった。
間違った事は言ってないよな。夢の世界で、実際にここに来たばかりだったし。

「こちらへどうぞ。」
ウエイトレスに促されて僕はついて行った。
美保も僕の後からついて来た。
僕達は2名がけのテーブルに案内された。
こういう所も、夢の世界と同じだった。だったら、この後僕のすべき事は……。
テーブルの近くまで来た僕は、「どうぞ」と後からついてきた美保に、奥のソファーに座るように促した
「ありがとう」
美保はそう言って、奥のソファーに自然に座った。
僕はそれを見届けてから、美保の対面の席に座った。
美保はそんな僕に、特に何も言わなかったけど、僕のことを感心したように見つめていた。
僕は、夢の世界で、ユウが僕(?)に対してやったレディファーストを、
ユウへの対抗意識から、そっくりそのまま、こっちの世界の美保に返しただけ、
江戸の仇を大阪で討っただけのつもりだったのだけど、
「ユウくんやるじゃない。見直した」
なんだか美保に、視線でそう言われたような気がして、ちょっとだけ照れくさかった。

ふと、ランチが来るまでの時間に、僕は興味を持った事を美保に質問してみた。
「美保は、今朝は朝ごはん食べてきた?」
「え?、食べてきたけど、何で?」
そんな質問をされるとは思わなかったのだろう。
美保は、不思議そうな顔をして、聞き返してきた。
「あ、ほら、朝が忙しかったら、朝ごはん食べない人もいるし、美保はどうかなって」
「ああ、そういう事?、私は、朝はいつもちゃんと食べてるよ」
その後、美保は話の流れで、香川家の朝食の事情を話してくれた。
「だから、今朝みたいな日は、自分でパンを焼いて、あと適当に卵やベーコンでも焼いて食べてるよ」
「へえ〜、美保の所はそうなんだ」
相槌を打ちながら、僕は内心複雑だった。
美保の言ってる事は、僕が夢の世界で見聞きした事と、まったく同じだったから。
少しでも違っていたら、あれは夢だったと、この期に及んで現実逃避ができたかもしれない。
でも、どうやらそういう訳にはいかないようだ。
あれは夢だったと片付けるには、夢と現実の内容が一致しすぎていた。

「そういうユウくんは、朝ごはんはどうしたの?」
「ああ、俺はね、今朝はご飯に納豆と味噌汁で……」
今度は美保に逆に聞き返され、
ランチが来るまでの間、僕は僕と石川家の事情を、美保に話して聞かせた。

ランチが来た。
僕達の選んだメニューは日替わりランチ、ドリンクバー付き、夢の世界と同じだった。
美保はともかく、僕は違うメニューを選んでもよかったのだけれど、
あえて同じものを選んでみた。
向こうじゃ、美保の身体だと、ランチが半分ほどしか食べられなかった。
だから、こんどはしっかり全部食べてやろう。そう思った。

それからしばらく後、僕は日替わりランチを全て食べ終えていた。
当然の事と言えば当然だが、男の僕の身体では、これくらいでは満腹にならなかった。
美保の方を見ると、まだ半分くらいまでしか食べていないようだった。
(っていうか、そろそろ満腹して、食べられなくなってる頃かな?)
夢の中での経験から、美保のお腹にはこれ以上入らないって、感覚的にわかってしまった。

美保は、僕が食べ終わって、見ている事に気が付いて、
「ユウくん、良かったら少し食べない?」
と言って、ランチの乗った皿を差し出した。
「えっ、いいの?」
「うん、私はもうお腹いっぱいだから、残り全部食べてもいいよ」
「そう?、それじゃ遠慮なく……」
そう言って、僕は美保の皿に乗っていた、ライスもおかずも全部自分の皿に移した。
「でもユウくん、これ全部食べて大丈夫なの?」
全部食べていいと言いつつも、本当に全部食べられると思っていなかったのか、
美保は呆れたように言った。
「男の俺の身体なら、ぜんぜん平気だよ」
僕は笑って答えた。
「そうなんだ。……ちょっとだけ羨ましいかな?」
(ん?、美保どうしたんだろう?)
この時僕には、美保の顔にほんの一瞬、ちょっとだけ影がさしたように見えた。
少しだけ気になったけど、すぐにいつもの美保に戻ったし、別にたいしたことないよな。
(ちょっとだけ羨ましいか。美保って、男に憧れてでもいたのかな?)
夢の中の美保、ユウは思い切りがよく、裕也に積極的に慣れようとしているように見えたけど、
だからといって、さすがに男になりたいとか、憧れているとか言う風には見えなかった。
(まさかな……これというのも、夢の世界の変な経験のせいだな。変な事考えすぎだ)
僕は、なぜか思い浮かんだ変な想像に苦笑しながら、残りのランチを美味しくいただいた。

ランチを食べ終えた後、僕はドリンクバーからアイスコーヒーを取ってきた。
ミルクとガムシロップを入れて、いつものようにちびちび飲んでいた。

「美保って日記を書くの?」
僕は、ちょっと気になっていた事を、美保に質問してみた。
夢の世界での美保、ユウの態度から、美保の日記はとても大切なものと感じた。
同時に、夢から醒めた後、なぜか日記の事が気になって仕方が無かった。
だからと言って、ユウに日記の事を聞いても答えてくれないだろうし、
そもそも向こうの世界では、主導権の無い僕がこの質問をする事なんて出来ないだろう。
だから、いまここで美保に質問してみた。
正直、僕はさほど期待していなかった。普通に日記つけているくらい、
美保くらいマメな人なら珍しい事でははないのだし、本来、僕が変に気にするほどの事ではないだろう。
「えっ?、日記って、ゆ、ユウくん、何でそんな事聞くの?」
……なのに、なぜか美保は動揺していた。
それと、僕は日記の質問をしたときの美保の動きは見逃さなかった。
美保は、多分無意識にだろうけど、咄嗟にバッグを庇っていた。これって?
「え、いや、たいした事じゃないよ。俺も日記つけてみようと思ったから、聞いてみただけ」
「あ、そう。そうなんだ……」
僕の咄嗟の答えに、美保がなぜかホッとしているのがわかった。
(美保にとって、あの日記はそれほど大切なものだったのか?)
余計、あの日記の事が気になってしまった。だけど、この質問をこれ以上するのは無理だと思った。

「あ、私は日記をつけてるよ。たいした内容じゃないけど」
「へえ、そうなんだ。美保はマメそうだから、日記はつけてると思って聞いたんだけどね」
実際は、夢の向こうの世界で、実物を見て知っていたけど、そんなこと言える訳はなかった。
「ふふ、でもユウくんが日記をつけようって考えてるなんて」
「俺が日記をつけたら変かな?」
僕が日記をつけることが、美保には意外に思われたのはちょっと面白くなかった。
「ううん、変じゃないよ。いいことだと思うよ」
「そう?、じゃあ日記書いてみようかな。昨日の夏祭りの事から」
そう言ったとたん、美保の顔が赤くなった。
「もしかして、ユウくんが日記をつけようと思ったのって?」
「まあ、そういう事かな」
「……」
こうなってみると、日記の質問は僕の思っていた方向とは、会話の流れは違ったものになったけど、
結果としては、まあそんなに悪くはないなと思った。
「とにかく、日記を書いてみることにするよ」
「日記をつけるなら、三日坊主にならないようにしないとね、ユウくん」
「……がんばります」
復活してきた美保に言われてしまった。
まあ、言ったからには、しばらくはちゃんと日記つけてみよう。

……夏休みの間くらいはね。

あの後、図書館でしばらく過ごした後、僕達は同じ道を一緒に帰っていた。
やがて、二人が別れる場所まで来た。夢の世界でも別れた同じ場所に。
「じゃあユウくん、また明日部活でね」
「うん、また明日」
僕は、もう少し美保と一緒に居たいと思ったけれど、まあ、しかたがないよね。
僕達は、何事も無く別れた。

別れた美保の後姿を見送りながら、
僕はふと、もう一度、日記の事を思い出していた。
「そうか、あの日記の入った机の鍵は、美保はバッグの中に入れていたんだ」
ついさっき、日記の話をした時、美保が咄嗟にバッグを庇ったのは、そのせいだったのだろう。
あの夏祭りの夜、美保になった僕はコンビニでトイレに入った。
トイレに入る時、美保にバッグをあずけていたから、その時鍵を抜き取ったんだろう。
夢の向こうの世界で、集合場所と時間を変更したのは、
その日記を、美保の家に取りに戻らせるためだったのではないか?
この推理が正しいかどうかはわからないけれど、大きく間違ってはいない気がした。

「そう思ったら、余計に日記の事が気になってきた」
でも、これ以上そのことを詮索するのも悪いし間違っている。
僕は、日記の事はまだ気になるけれど、ひとまずおいておく事にした。

そして、夢の世界のユウの事と、美保になった僕の事を思い出した。
入れ替わっているのに部活に出ようと言ったり、不安がってる美保の僕をリードしようとしたり、
早く裕也の環境に慣れようとしているユウ。
美保の環境に慣れなくて、美保と入れ替わった現実が受け入れられなくて、
不安そうにしたり、心細くて泣いていた美保になった僕。
対照的な二人だった。そのとこの事を思い出したら、僕まで切なくなった。
「ユウは強かったな……」
そんなユウに反発を感じながら、同時に僕は思い始めていた。
「ユウには負けたくない」と。

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