■ 記憶の中の僕 Season 2 ■
第1話 再甦の兆し
第2話 カミングアウト
第3話 嫉妬
第4話 革命のカリスマ

掲示板

記憶の中の僕 Season 2

第3話 嫉妬


「あ、俺、何くだらない話してるんだろ。ははは、ごめん、ごめん。」
耕介はそう言って話を止めた。

「え?何?やめないでよ。耕介が歩美さんだったって、どういうこと?」
私は耕介に話を続けるよう促した。
入れ替わりを匂わせる話を切り出されて、それだけで話が終わってはあまりにも消化不良だ。
「え?あ、う、うん。」
私が続きを聞きたがったことが意外だったようで、耕介は少し戸惑っている。
「で、どういうことなの?」
「うん・・・。でも、馬鹿馬鹿しい話だぜ。」
私の真剣な表情を見た耕介は、前置きが長くなってきた。
これは本当に私が想像しているような話なのかもしれない。
「耕介の馬鹿馬鹿しい話には慣れてるよ。」
「そうかい、そうかい。でも、笑うなよ。」
「もう、そんなの、聞いてみないと分からないよ。で、何なの?」
「ちぇっ。ま、いいか。」
耕介はようやく話す気になったようだ。

「俺さ、18歳までは歩美だったんだ。」
カフェオレが残ったコーヒーカップに視線を落としながら耕介はそう言って、そして、上目遣いに私の表情を伺った。
「・・・。」
私は黙って耕介の続きを待った。
「な、馬鹿馬鹿しい話だろ。」
耕介は苦笑いをした。
「ううん。馬鹿馬鹿しくないよ。続きを聞かせて。」
私は真顔で訴えた。

「あ・・、ああ。それで、今の歩美が元々耕介だった。つまり、俺と歩美はある時入れ替わったんだ。」
(やっぱり・・・。)
想像したとおりの展開とはいえ、私の心臓は大きく鼓動した。
「入れ替わった・・・?」
私は少し驚いた表情をしてみせた。
「そう、信じてはもらえないかもしれないけど・・・。」
「ということは、耕介は元々は歩美という女性だったってことだね。」
「う、うん。そうだよ・・・って、美保、信じてるの?」
「何よそれ、冗談なの?」
「いや、本当のことだけど・・。でも、大概はここでネタ扱いされるんだよな・・・。」
耕介は私が真顔で聞いていることが意外なのだ。

「それで、どうして入れ替わっちゃったの?」
「うん、今でもあの日のことはハッキリと覚えている。あの夏祭りの日・・・。」
「ええっ!?夏祭り!?」
私は思いがけない言葉につい声を上げてしまった。
「あれ?美保、そんなに反応して、夏祭りがどうかした?」
「あ、いや、何でもないけど・・・、その夏祭りってこの町の夏祭りのこと?」
「そうだよ。昔この近くにばあちゃんが住んでいたんで、小さい頃は夏休みに入るとよくばあちゃん家に家族で来たんだ。」
「へえ、そうだったんだ。」
私は平静を繕った。
「だから、夏祭りには何度も来たことがあったんだ。でも、中学のときにばあちゃんが死んじゃったんでその後はしばらく来てなかった。その頃俺はまだ歩美だったんだけど・・・。」
「・・・。」
「歩美だった俺は現役で大学に入った。だけど、耕介は浪人したんだ。俺達が入れ替わったのはその頃、歩美だった俺が大学1年の夏休み。あの夏祭りの夜だった。」

耕介は私より2歳年上だ。
ということは、耕介が1浪していたとき私は高2・・・。
(まさか!?同じ日に?)
私の心臓はまた大きく鼓動した。

耕介は続けた。
「俺達は小さい頃から本当に仲が良かった。よく遊びでキスしたりしてね。」
「・・・!」(キス!?)
「耕介はこのルックスだろ?昔から女の子には人気があったんだ。歩美と耕介は双子だから顔も体格も似てたんだけど、歩美は耕介の男っぽい雰囲気が似ていてお世辞にもかわいくはなかった。中学生の時には耕介は何人もと付き合ってたし、たぶんキスも経験してたと思う。でも俺は全くモテなかった。もちろんキスなんかしたことなかった。耕介との遊びのキス以外はね。まあ、あまり回りくどい説明をしてもしょうがないよな。俺達はこの夏祭りの日に遊び半分でキスをしたんだ。そしたら入れ替わっちゃったんだよ。」
「!!!?」

驚いた。
入れ替わっていたことばかりでなく、そのシチュエーションまでが同じではないか。
こんな偶然があるのだろうか。

「う〜ん。」
突然耕介はそういって目を伏せながら髪の毛をかきむしった。
「あー、この話はダメだ。もうおしまい。やっぱ馬鹿馬鹿しいぜ、こんな話。あ〜、俺もセンスねえなあ。ごめん。忘れてくれ。」
「え?なに?」
「なんか面白い話しようと思ったんだけど、うまくいかなかったよ。ははは。」

耕介は笑って誤魔化している。

それにしても話が合いすぎている。
今の話は私の状況にソックリだ。

「はあ?何よそれ。作り話なの?」
「ごめん、ごめん。」

もしかして耕介は、私の入れ替わりのことを知ってるのではないだろうか?
知っていて私にカマをかけているのではないだろうか?

いや、そんなことはあるまい。
今、私の入れ替わりのことを知っているのは詩織だけのはずだ。

私には、このことを相談できる相手は詩織しかいなかった。
入れ替わった後、本当の両親に美保の身体で会いに行くことはできなかったし、佐々木翔たち裕也の友達にも美保の身体で相談することは憚られた。
あの頃、私が本音で話ができたのはユウと詩織だけだった。
ユウと付き合い始めてからは本当の両親や妹にに会う機会は増えたが、その頃は既にユウの彼女としての付き合いとなっていたし、ユウは入れ替わりを否定していたので、彼らに入れ替わりのことを話すことはなかった。
だから、ユウが死んでしまった今、私の入れ替わりを知っているのは詩織しかいない。

では、詩織から耕介に情報が流れたということはないだろうか?
学生の頃、私は詩織に耕介の話をしたことはある。
だが、詩織が私の知らないところで何の面識もない耕介に逢うだろうか?
耕介も私と同じ入れ替わりの当事者であることを知っていたのであればまだしも、詩織が耕介に逢う理由はまったくない。

もし、詩織が私たちの入れ替わりのことを誰かに話をしていたとすれば、それが間接的に耕介に伝わった可能性は全くないわけではない。
だが、詩織はユウから入れ替わりについてあれだけ口止めされていて、しかも私はそのことにユウが死ぬまで全く気が付かなかったほどだ。
やはり、耕介が私のことを知っているとは思えない。

それに、今の耕介の話が作り話とも思えない。
単なる作り話が、私の状況とこれほど合致はずがない。

耕介はバツが悪そうに窓の外を見ている。
「ねえ、耕介。」
「ん?」
耕介が振り返った。
「もしかして、入れ替わった場所は中央公園じゃない?」
私は思い切って訊ねた。
「えっ?そ、そうだけど・・・。」
今度は耕介が驚いている。
「時間は?夜って何時頃?」
「ええ?なんでそんなこと聞くん?でも、えーと、日が暮れてそんなに経ってなかったから7時頃だったと思う。」
「やっぱり・・・。」
「やっぱりって・・?」
「実はね、あたしもあの時、中央公園で入れ替わったの。」
「はあ!?」
耕介の顔色が変わった。
私の思わぬカミングアウトに言葉を失っている。
「あたしは昔ユウだった。高校2年のあの日までは石川裕也だったの。」
「マジかよ・・・。」
耕介は信じられないという顔をしている。
耕介のこの表情をみれば、私の入れ替わりを耕介が知っていたということはなさそうだ。

ということは、あの時2組の入れ替わりが起こったことになる。
いったいあの時あの場所に何があったというのだろうか。

「どうやら耕介もあたしと同じなんだね。あの時にキスをして入れ替わったんだね。」
「驚いたな。あの時美保も中央公園にいたのか・・・。しかも入れ替わってたなんて・・・。ユウが特別っていうのはこういうことだったんだな。」

思いがけない展開にお互いに顔を見合わせた。

「ねえ、耕介。耕介はどうして入れ替わったのか、その理由っていうか、原因を知ってるの?」
私は一番知りたいことを訊ねてみた。
「ううん、知らないよ。あの時、歩美になった耕介と一緒にいろいろ調べたんだけど結局分からなかった。」
「そう・・・。」
「じゃあ、美保は知ってんのか?」
「ううん、あたしも知らない。あたしの場合はユウが入れ替わりを否定していたから・・・。」
「はあ?何だよそれ。」
「ユウは死ぬまで入れ替わりを認めなかったの。だから、あたしたちは調べなかった・・。」
「ひでえな。ユウほどの頭の良さだったら何か分かったかもしれないのに。ユウっていうのはそんな勝手な奴だったのか。」
「違うのよ。」
「何が違うのさ。あんなことが起こったらお互いに協力するのが普通だろ!」
「違うのよ。ユウはあたしのために入れ替わりを否定していたの。」
「どういうことだよ。」

私はあの論文のことを話し、ユウが徹底的に否定してくれたからこそ今自分が生きていることを説明した。

「ホントかな。俺にはユウが都合よく論文を利用しているように思えるぜ。」
「そんなことないよ。きっとユウは本気で悩んで、本気であたしのことを想って、本気で騙してくれたんだよ。」
「まったく美保もお人好しだな。お前はユウに利用されんじゃないか?」
「何言ってるの?そんなことあるわけないじゃない!」
「冷静に考えてみろよ。ホントにお前のことを想っているのなら、ウソをつく必要はないよ。それにお前を置いて勝手に死んだりするもんか!」
「ユウのこと何にも知らないくせに勝手なこと言うのはやめて!」
「美保、落ち着けよ。」
「ユウが自殺したのは限界まで追い込まれてしまったからなのよ・・。あたしが何の役にも立てなかったから・・・」
「どうして自分を責めるんだよ。美保は何も悪くないぜ。」
「もうやめて!これ以上ユウのことを悪く言わないでよ・・・。ユウは悪くない・・・。悪くないのよ・・・」

耕介が私たちのことを理解できるはずがない。
今の話だけでどれだけのことが分かると言うのか。
今の私には耕介の理屈など到底受け入れられるはずもなかった。

「美保・・・。本当にユウのことを愛していたんだな・・・。」
耕介が静かに呟いた。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

耕介と喫茶店で別れ、私は家に向かって歩いていた。

今日は本当に穏やかな天気だ。
太陽の日はだいぶ傾いてきたが、路地の陽だまりでは野良猫が日向ぼっこをしている。

だが、私の心は穏やかではなかった。
(お前はユウに利用されたんじゃないか?)
さっき耕介に言われたことが頭の中でリピートしている。

そんなはずはない。
そんなはずあるわけないじゃないか。
あんなに私のことを大切にしてくれたのに。

私は耕介に言われたことに動揺していた。
(本当はユウに利用されただろか。)
耕介のひと言で、ユウのことを1%でも疑ってしまっている自分が情けなかった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

ベッドについても、耕介の言葉が邪魔をして寝付けなかった。

(ユウ・・・)
(どうして死んでしまったの?)
(ユウ、本当のことを言って・・・)

ユウに会いたい気持ちが抑えきれない。
目を閉じていても、まぶたから涙があふれて止まらない。

胸が苦しい・・・。

私は胸の苦しさを押さえ込むために、両手で乳房をぎゅうっとつかんだ。
こうすることで胸の苦しみが少しずつ解消されることは分かっている。
何度も繰り返し、そして徐々に力を入れていく。

(もう一度ユウに抱かれたい・・・)

ユウの逞しい腕に抱え込まれて優しく愛撫されていることを想像しながら、いつものように右手を股間に下ろし割れ目に沿ってそっと指で撫でた。
(ユウ・・・)
ユウの手はいつも優しかった。
私を乱暴に扱うようなことは決してしなかった。
既に溢れてきている愛液を指に感じながら自分自身で優しい愛撫を続けた。

時折指がクリトリスを刺激する。
その度に身体が反応してビクつく。
やがて、その敏感な場所を刺激し続けるようになる。
もう、快感の波は止められない。

今度は左手でその下の穴を弄る。
人差し指、中指と徐々に滑り込ませ、中の壁を擦る。
右手はクリトリスを刺激し続ける。
左手も一番敏感なところを突き止め、そこを刺激し続ける。
ユウに抱かれていることを考えながら自分自身を慰め続けた。
(あ、いく・・・いく・・・)
ついに頂点が訪れた。
私は内股に力を込め、全身でオーガズムを受け止めた。

その時、ユウの優しい笑顔が目に浮かんだ。
やっぱりユウは私の信じているユウに間違いない。
(ユウ・・、ごめんなさい・・。少しでも疑ってしまったことを許して・・・。)
また、涙があふれた。
枕が乾く間もなくまた濡れた。

ユウに抱かれているとき、私は身も心も女だった。
男が現れることはなかった。
ユウのことを考えているときも同じだった。
今、ユウのことを想い自分自身を慰めた。
私は女でいられた。

。。。。。。。。。。。。

それにしても、耕介の話は本当なのだろうか?

少し時間が経って冷静に考えてみると、耕介の話はちょっと信じがたい。
自分がそうだったにもかかわらず、人の話となるとは俄かには受け入れられなくなってしまう。
入れ替わった人間である私でさえこうなのだ。
他人には信じてもらえないだろう。
私の話を誰かにしたところで誰にも信じてもらえないのは明白だ。
耕介自身「誰にも信じてもらえなった」と言っていた。
あんな話を私にしたところで私が信じるはずがないと思っていたはずだ。
にもかかわらず、耕介は私に打ち明けた。
なぜだろう。

私は耕介の話を真に受けて自分のことをしゃべってしまったが、ひょっとしたら、やはり巧妙に誘導されてしまったのではないか?
迂闊に自分の話をしてしまったことが少し後悔される。
もう少し様子を見てからでもよかったかもしれない。


今でもふと思うことがある。

本当は入れ替わっていないのではないか。
私は初めから美保だったのではないか。

裕也だった頃の思い出はすでに記憶の彼方だ。
ユウに入れ替わりを否定され、ユウを愛するしたがって、裕也だった頃の記憶はどんどん薄れていった。
自分が男だったなどとは私自身が信じられない。
裕也のときのことはもう夢のようだ。

夢・・?

まさか本当に夢なのだろうか?
裕也のことが好きで、裕也が羨ましくて、裕也になりたくて・・・
そんな気持ちが生み出した妄想なのではないか?

男の声、力強さ、自由、開放感・・・
高い背、逞しい胸、引き締まったお尻、勃起したペニス、射精の快感・・・

今、自分が考えている「男」は私が勝手に創り出した虚像なのではないか。

ユウが死んで、真実が明らかになったはずなのに私の気持ちは揺れていた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。


また、いつものように一週間が始まった。
おととい土曜日の突然の耕介のカミングアウトの影響なのか昨夜もよく眠れなかった。
少し頭が重い。

「ねえ、美保。この間あんたのところに来ていた業者、何てとこ?」
私が机で申請書のチェックをしていると、綾香が隣に来て話しかけてきた。
「この間?どの業者のこと?」
「ほら、あんたがひとりで4人くらいを相手にしていた時よ。」
綾香の言っている業者は大体想像できている。
おそらく耕介たちのことだろう。
今も私は耕介のことを考えていたところだ。
だが、私はそれを悟られないように、微妙にとぼけた。
「ああ、H建設のことかな?」
「建設会社なの?」
「そうだよ。結構大きなプロジェクトやるみたい。」
「カッコイイ人いたね。」
(やっぱりそういうことか・・・)
綾香はプロジェクトのことには興味がない。
「はあ?いた?」
「もう、あんたホントに何見てるのよ。いたでしょ、若い男が二人。」
「あ、もしかしてコンサルのひと?」
「ふ〜ん、コンサルか。で、なんてコンサル?」
綾香はそういいながら、折りたたみイスを持ってきて座り込んだ。
「そんなこと聞いてどうすんの?」
話が長くなりそうな雰囲気を感じ、私は迷惑そうに聞き返した。
「決まってるでしょ。っていうかどうでもいいでしょ、教えてよ。」
「TSコンサルタント。」
「TS?聞いたことないね。」
「うん、まだ新しい会社みたい。だから今回のプロジェクトには力入れてるみたいよ。」
「名刺交換したでしょ?名刺見せて。」
プロジェクトの話は無視だ。
「まったくもう。」
私は綾香に耕介の名刺を渡した。
「香取耕介・・・」
綾香は名刺を見ながら呟いた。
「うん。」
「この香取さんって一番若かった人?」
「そうだよ。」
「じゃあ、もう一人のひとは上司?」
「多分ね。はい、もういいでしょ。」
「ちょっと待って。」
そう言って綾香はイスから立ち上がると、近くに置かれたコピー機で名刺を手早くコピーした。
いつも使っている機械なので手馴れている。
「何考えてんのよ。」
「いいじゃん。サンキュ。」
やっと名刺を返してくれた。
「綾、変なことしないでよ。」
「固いこと言わないの。」
綾香が何を企んでいるのかは大体想像がついたが、今ウチと耕介のところは利害関係にある。
このデリケートな関係を、綾香が変にかき回さないことを祈った。

。。。。。。。。。。。。。。

「まだ直すところがあるんですか?」
「すみません・・・。」
「もう、いい加減にしてくれませんか!さっき一度に言ってくれれば1回で済んだじゃないですか!!」
「す、すいません・・・。」

(またやってる・・・。)
祐一郎が、窓口に申請に来た若い女性からクレームを付けられていた。
その若い女性は行政書士事務所の人間だ。
彼女は何度も申請に訪れているし、私も対応をしたことがあるので知っているが、話の分からない相手ではない。
祐一郎の手際の悪さが原因だろう。
(自分の尻は自分で拭うもんだよ。)
私も安易に助け舟は出さないことにした。

それにしても、毎度祐一郎の情けない姿を見るたびに、私は大きな苛立ちを覚える。
(もっと男らしくできないのか!)

やり取りを聞いているうちに、ついついひと言祐一郎に言いたくなってしまったが、この前綾香から、最近祐一郎に厳しいと指摘されたことが頭を過ぎり、ここは我慢することにした。
私は大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。


ようやく祐一郎が疲れた顔をして自分の席に戻ってきた。
どうにか自分で話を収めたようだ。

すると、今度は山田主任が祐一郎のところへ言って話しかけた。
「広山君、今度『指導』に行ってみるかい?」
「え?あ、し、指導ですか・・・。はい・・行きます・・。」
祐一郎は少し驚いたような表情をしたが、主任の提案を素直に受け入れた。

『指導』というのは、無許可業者などルールを守らないアウトローに対して現場で是正指導をすることだ。
アウトローにはやくざ紛いの人間も多く、その対応にはトラブルが絶えない。
職員が暴言を受けることは日常茶飯事であり、過去には職員が暴行を受けて傷害事件になったこともある。
『指導』の業務マニュアルには公務執行妨害とか現行犯逮捕といった物騒な単語がたくさん出ている。
さすがに殉職した人はいないが、この仕事は刑事ドラマでしか使わないような言葉も身近に感じられるような仕事なのだ。

そんな『指導』の業務があるせいで、うちの課は異動希望が少ないらしい。
つまり、こんな仕事は皆やりたがらないので、ここに異動してくることは島流しのように言われているのだ。

この課に半年いれば、祐一郎もその過酷さは感じているはずだ。
「そんなに構えることはないよ。今回は俺と一緒だし、そんなにやばい所じゃない。」
山田主任はそう言って祐一郎の肩を叩いた。
「は、はあ・・。」
お客さんに叱られた直後に主任から気の重い話をされて、祐一郎は浮かない顔だ。
「まあ、マニュアルをよく読んでおくことは大事だよ。」
主任はもう一度祐一郎を励ましつつ、さりげなく指示をだした。


そのやり取りを自分の机で聞いていた私は、人知れず落ち込んでいた。
私は『指導』にはまだ一度も行ったことがなかった。
というか、一度も声をかけてもらったことがない。
今まで2年半この職場にいて、『指導』から戻った先輩達が皆心身ともに疲れているのを見ているので、私自身も積極的には『指導』に行きたいとは思わなかった。
そもそも新米の自分にできる仕事ではないし、それに、なんとなく女は行かないものだとも漠然と思っており、それはそれで納得しているつもりだった。
だから『指導』帰りの先輩達には勧んで労いの言葉をかけてきたし、お茶入れをすれば先輩達も喜んでくれたので、それで少しでもバックアップしているつもりでいた。

ところが、今この仕事を始めて半年の、しかも私より遥かに仕事のできない祐一郎が『指導』に行くことを命じられたことに対して、自分でも驚くほどの焦りと憤りが湧き上ってくるのを感じた。

(祐一郎が行くより私のほうがよっぽど・・・。)

「主任、広山さん大丈夫ですか?」
祐一郎が席を立ってどこかに行ったのを確認して、私は隣の席に戻ってきた山田主任に思わず話しかけた。
「ん?何が?」
「指導ですよ。広山さんにはまだムリなんじゃないですか。」
「あれ?香川ちゃん、広山君のこと心配してるの?普段あんなに彼を厳しく指導してるのに。」
山田主任は私が祐一郎のことを心配しているのだと思っているようだ。
「茶化さないでくださいよ。広山さんにはまだ早いんじゃないかなってことです。」
私が心配しているのは祐一郎のことではない。
うちの業務に支障をきたすことを心配しているのだ。
「そんなことないさ。皆経験して覚えていくんだよ。」
「でも、私は行ったことないですよ。」
「そりゃ、そうだよ。あれは女の子のする仕事じゃない。『指導』なんて割に合わない仕事誰もやりたくないよ。」
(女の子・・・。)
女扱いされたことがなぜかいつも以上に面白くない。
「香川ちゃんは『指導』のことは心配しなくていいよ。」
「でも、同じ給料なんですから仕事も同じじゃないと・・・。」
「あれ?香川ちゃん『指導』行きたい?」
「あ・・、いやそういう訳じゃないですが・・・。」
ここで「ぜひ行きたいです。」と言えない自分が情けない。
「そうだろ?みんなそれぞれ与えられた役割があるんだし、それで組織はうまく動くんだよ。だから『指導』は俺達に任せておけばいいよ。」
主任はそう言うが、祐一郎が指導をやると、係の中で指導に行かないのは私だけだ。
私だけ与えられた役割が少ないのではないだろうか。
私の仕事が技術系の専門的なものということもあるだろうが、この課では女だからといってお茶汲みを強制させられたり、コピー取りを命じられたりすることはなかった。
体力的な差はあるので力仕事などは男性職員に頼らざるを得ないときがあるが、その分は時々コーヒーを淹れたり、簡単なお使いを頼まれたりすることでバランスを取っていると思っていた。

(自分は本当の戦力として見られていないのではないか・・・)

今まではそんなことは当然と思っていたし、男女の役割の差だって理解した上で、むしろそれに甘え、さらにはそこに居心地の良ささえ感じていたはずだ。
この仕事だって、ユウに影響されてなんとなく公務員試験を受けたからだし、しかも結果として香川家のコネを最大限に利用して合格したに違いない。
だから、仕事が面白くなければ、いつやめても香川家が受け皿になってくれると思っていたし、そうでなくてもユウと結婚すれば仕事をやめるつもりでいた。

だからといって、私だって今までずっと遊んでいたわけではない。
私なりにがんばってきた。
特に就職して初めの1年は、美保になってから一番苦しい1年だった。
いや、裕也のときにもあんなに苦しんだことはない。
甘えきった学生生活を過ごしてきて、初めて身にしみた社会人としての厳しさ。
想像していた市役所の仕事とは全く異なり、時間に追われて与えられた仕事を必死にこなす毎日。
自分の仕事の影響の大きさ、責任の重大さに押しつぶされそうになり、何度辞めようと思ったことか。
自分の限界を知ることの恐怖も経験した。

しかし、いろいろな逃げ道が用意されていたにもかかわらず、その都度乗り越えてこられたのは、ユウの存在があったからだ。
こんなことで負けたらユウに呆れられる。
こんな時ユウだったらどうするのだろう。
ユウはもっともっと苦しい状況でがんばっているのに。
そう思ってがんばれたからこそ今の自分がある。

だからこそ、私から見ればまだまだがんばりの足りない祐一郎が、こうして私には与えてもらえない役割を命じられたことがどうにも納得できない。
出世しようなどとはこれっぽちも考えていなかったのに、あの祐一郎にだけは先を越されたくないし、そんなことは絶対に許せない。

(祐一郎に指導などできるものか。)

「香川ちゃんの女性ならではのきめ細かい丁寧な対応は誰にも真似できないよ。それに、そのうち女のアウトローが出てきたら、香川ちゃんにも『指導』行ってもらうよ。だから油断するなよ。」

そう言って主任はフォローしたが、私の中で祐一郎に対する嫉妬心が大きく膨れ上がっていた。

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耕介は今頃何をしているだろうか?

耕介に入れ替わりを打ち明けられてから耕介のことが気になって仕方ない。
あの時は耕介がユウのことを悪く言うので、あまり話を続けたくなくなって分かれてしまったが、耕介に聞きたいこと、確認したいことは山ほどある。
耕介だって、もっと私のことを聞きたいのではないか。

しかし、あの時私たちは特段再会の約束をしなかった。
またそのうち仕事で会うはずだし、お互い連絡先を知っているのでいつでも会える、そう考えていたからだ。
ただ、何となく私からは積極的に動きたくなくて連絡をしていないのだが、かといって耕介からも連絡が来ることはなかった。
(耕介め〜、どうして連絡してこないんだ・・・)

詩織に相談しようかとも考えたが、もう少し耕介の事情を確認してからにしようと思った。
話の信憑性も含めて、まだ、耕介の話を消化しきれないでいた。

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年も押し迫り、今年も最後の1週間となった。
今日は今年一番の寒さだ。

「美保、今日時間ある?忘年会やらない?」
給湯室脇の長いすに座ってひとりで熱いコーヒーをすすっていた私に、綾香が声をかけた。
「え〜?今日?ダメだよ、クルマで来ちゃったもん。」
「大丈夫大丈夫。あんたの家から近いところだから、一旦クルマ置いてきてよ。」
「ええ〜、めんどくさいなあ。」
私は何となく乗り気がしない。
それに、一度家に帰ってもう一度出てくるのは億劫だ。
「そんなこと言わないでさあ。実はメンズが一緒なのよ。」
「はあ?」
私はますます乗り気がしなくなった。
「いいオトコだよ。」
「ええ?誰?何課?」
「残念。同業者じゃないよ。あんたの知らない人。」
「はあ?何それ。もう、忘年会じゃないじゃない。合コンでしょ。」
「何でもいいじゃない。年末なんだから忘年会よ。いいでしょ。」
「あたしはパス。」
男に興味のない私が合コンに言っても目的がない。
「そんなこと言わないの。別に用事ないんでしょ?」
「まあ、そうだけど・・・」
「もう人数に入っているからパスはダメだよ。」
「はあ?勝手に・・・。」
「今日は3:3。あとひとりは奈々子。」
奈々子というのは今年新規採用された野崎奈々子(のざき ななこ)だ。
「もう。で、向こうは?」
「民間企業の人よ。どんな人かはお楽しみ。」

結局綾香に押し切られた。

もしかしたら、ユウが死んでから内に篭りがちな私のために、綾香なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
(だとしたら余計なお世話だな・・・)

。。。。。。。。

待ち合わせの店に行く前に、私たち3人は店から程近いコンビニで落ち合った。
約束の7時まであと10分ほどだ。

「美保、ちゃんとしてきた?」
そう言って綾香は、私が羽織っていた紺のウールのロングコートの裾をめくって中の服装をチェックした。
「え?ちょっと・・」
私は思わず腰を引いた。
「もう〜、合コンだっていったでしょ。なによこの格好は。時間たっぷりあったのに。」
「え?おかしい?」
「あんた、スーツそれしか持ってないの?」
綾香は呆れてる。
私が今着ているのは、膝丈スカートの黒のスーツだ。
就職に合わせて父に買ってもらったもので、それなりに値の張ったいいものだ。
スーツなどあまり着る機会もなかったので、まだまだよれてもいない。
いつもは縛っている髪も下ろして、メークもやり直してきた。
私なりに準備したつもりだ。
「ええ〜、だめ?」
「もう、就活じゃないんだから、いい加減そのスーツは卒業しなさいよ。ほんとにあんたはお嬢様離れしているわね。もちろん悪い意味でね。」
「ほっといて。」
「素材は悪くないんだから、もうちょっと服装とメークをどうにかすれば結構イケるのに。」

そういう綾香はグレーのシックなコートの襟元のマフラー越しに、細かい花柄のワンピースがのぞいている。
いつものビジネススタイルとは違い、ぐっとフェミニンな印象だ。
コートを着ていても綾香のモデルのようなスタイルがよく分かる。
綾香が動くたびにストレートの長い黒髪が揺れ、上品な香水の香りが広がった。
(まったく綾香は何を着ても似合うね。)
これでは今日の主役が綾香になることは間違いない。

一方の奈々子も昼間とは印象が違っていた。
第一、いつもかけている眼鏡をしていない。
「奈々ちゃん、眼鏡は?」
「コンタクトですよ、コンタクト。」
私の問いかけに、奈々子は明るく答えた。
職場ではあまり見せない華やかな笑顔だ。
よく見ると、口紅もグロスを効かせてあり、奈々子なりに気合の入ったメークをしてきている。
言われて見れば、普段の奈々子よりも大人びた印象だ。

(やっぱり、来なけりゃよかった。)
私はみんなとの温度差を感じた。

「香川先輩、先輩もかっこいいですね。」
私がなんとなく憂鬱になっているときに、奈々子が話しかけてきた。
「ありがと。でも、今綾に就活って言われたばかりだからねえ・・・。」
「先輩のスーツ姿あまり見たことなかったですけど、すごくいいです。」
私はみえみえのお世辞に苦笑いするしかない。
だが、奈々子のストレートなお世辞のお陰で少し気が楽になった。
(奈々ちゃん、いい子だね。)

「ははは、奈々子そんなに気を使わなくていいわよ。さ、行こう。」
綾香が私たちに号令をかけた。
周りからは、綾香お姉さんが新人二人を引き連れているように見えただろう。


今日の会場はちょっと小洒落た感じの居酒屋だ。
若いOLやカップルが多い。
今年開店したばかりの新しい店だ。
内装もまだ清潔感がある。

「お待たせしましたあ〜。」
先に席についていた男性陣に綾香があいさつした。
6人掛けのテーブルだが、パーティションで区切られていて個室に近い。

「あ、どうも。」
先に来てテーブルに座って待っていた3人の男性陣が一斉に立ち上がり、私たちを奥の席に促した。
綾香が初めにテーブルに近づき一番奥に入っていった。

「奈々ちゃん、どうぞ。」
席に着くとき、私は小さい声で奈々子に先に行くように促した。
「え?でも・・」
「早く、行って!」
躊躇する奈々子に再度小声で促した。
私が綾香の次に入っていくと、テーブルの真ん中に座ってしまうことになる。
それはちょっと耐えられそうになかったので、ここは断固として奈々子を先に行かせることにした。
「は、はい・・・」
奈々子はどうにか綾香の後について行った。
(ふう・・・。)
真ん中の席になってしまうことはどうにか避けられた。

私たちがコートを脱ぎ席に着くと、向かいの男性陣も着席した。

「あっ!?」
その顔を見て、私は思わず小さく声を発してしまった。

「え〜、皆さんこんばんは。今日はよろしくお願いします。」
綾香の対面、私からは最も離れた右手前方の席にいた男が口火を切った。
耕介だった。

(綾のやつ・・・。利害関係者なんだからマズイって言っただろ!)
綾香がこっちを向いて嬉しそうに微笑んでいる。
先日の名刺の件があったことだし、ひょっとしたらとは思ってはいたが、綾香のこういう能天気なところには時々驚かされる。

それにしても、耕介も耕介だ。
あれ以来、私には全く連絡しなかったくせに、綾香とは連絡を取っていたのだろうか。
それに女に興味がないとか言っておきながら、なんでこんなところにノコノコやって来るんだ。
私は自分のことは棚に上げて心の中で耕介を責めた。

綾香にしても、あの名刺だけでどうやってこの場をセッティングしたのか、私にはまったく想像がつかない。
綾香と耕介に対して様々な感情と疑問が一辺に湧いてきた。

「こちらこそ、よろしくお願いしま〜す。」
耕介のあいさつに綾香が答えた。
どうやら向こうは耕介が幹事のようだ。

まずはお互いに自己紹介をした。
男性陣は皆TSコンサルタントの社員で同期入社だが、年齢は耕介が一番年上で真ん中の男がひとつ下、私の前の男は耕介よりふたつ下とのことだった。

私には何とも気乗りしない合コンではあるが、男性陣がいろいろなことを期待して参加していることはよく分かる。
私の前に座っている男はとてもイケメンとは言えないが、清潔にスーツを着こなしており、真面目で誠実な雰囲気があり、第一印象は悪くない。
私が裕也だったらいい友達になれそうなタイプだ。
だが、相手は友達を求めに来ているのではない。
彼女を見つけに来ているのだ。
それを考えると何とも複雑な気分になってしまう。
私はとりあえず目の前のこの男とあまり弾まない会話をした。

耕介と綾香はとても楽しそうに会話をしている。
「お役所って言ったって所詮そんなところですよ〜。」
「へえ〜そんなもんかな〜、ははは」」
仕事に関連した話のようだったが、奈々子たちも巻き込みながら盛り上がっている。
職場の綾香は毅然としたビジネスウーマンだが、今の綾香は意外なほど女の子らしい。
コートを着ているときはよく見えなかったが、綾香のワンピースはかなり丈が短い。
多分ショートパンツを合わせているだろうが、もし立ち上がれば綾香のきれいな脚に男性陣の目は釘付けになるだろう。
そんな服装のせいかどうかは分からなかったが、こんなに女の子らしい雰囲気の綾香は初めてだ。

綾香なら普段どおりの女王様キャラでも十分モテると思うのだが、今日はすっかりネコキャラだ。
(化けてんのかな?)
綾香の豹変ぶりが少し可笑しかった。

それにしても耕介め、ずいぶん楽しそうじゃないか。
女嫌いとか言っておきながら、こんなフェロモン出しまくりの綾香といい感じで談笑しているなんて。
確かに、普通の男なら綾香は魅力的に違いない。
でも耕介は元女のはずだ。
こんな女の中の女のような今日の綾香に惹かれるのだろうか。
それとも、入れ替わりの話は作り話なのだろうか。

(くそ!)
私は心の中に何とも歯がゆい感情が湧き上がってくるのを感じた。

耕介と私はあんなに衝撃的な告白を互いにしたのに、話がそれっきりになってしまっている。
私が意地を張らずに連絡をとればいいのだが、耕介だって私のことをもっと知りたくないのだろうか。
(耕介のことをもっと知りたい・・・)
あれからいつもそう考えていた。

今、そこにいる耕介は綾香と楽しそうに談笑している。
私のほうは見ていない。
耕介と私は旧知の仲だ。
少しくらい目配せでもしてくれてもいいのに、まったく他人のようだ。

(こんなに耕介のことばかり気にするなんて・・・)
もしかしたら、この感情は「嫉妬」なのだろうか。
(そんなはずはない・・・)

私は耕介に対して他の男とは違う感情を持ち始めていた。
私は認めたくはなかったが、それはユウに対する感情に似ていた。


「よし!じゃ、ちょっと席変えようか。」
耕介が男性陣に声をかけた。
男性陣はひとりずつ右にずれ、一番右に座っていた耕介が私の前に来た。
(耕介め、ずいぶんと手馴れているじゃないか。)

「どうも。」
耕介が私に向かって他人行儀にあいさつをしてきた。
「どうも。」
私もそれに合わせて軽く会釈した。
「香川さん、仕事のときとはずいぶん雰囲気が違いますね。」
とても優しい笑顔だが、相変わらず他人行儀だ。
「そうですか?」
私も他人行儀に答えた。
「スーツ姿も凛々しいですね。」
(はあ?何言ってやがる。)
同じお世辞でも、奈々子に言われた時は素直に受け止めたが、今は何だか嫌味に聞こえる。
「そんなことないです。」
私は無愛想に答えた。
「やっぱり、市役所の女性は皆さんキッチリしてますよねえ。」
(何が言いたいんだ・・・)
「そんなことないですよ。香取さんこそいつもスーツをキッチリ着こなしていて、とてもカッコイイですよ。」
「あ、本当ですか?それは嬉しいですね。」
耕介は頭をかきながら素直に喜んでいる。
だが、この会話はこの前二人であったときと同じだ。
お互いに猿芝居を続けている。
「本当ですよ。まるで坂口憲二みたいです。」
カッコイイ事を自覚している耕介には、少し大げさなお世辞が必要だ。
「あはは、そりゃ言い過ぎですよ。でも嬉しいなあ。」
耕介はそう言って、自分の席から一緒に持ってきたグラスに入っていたビールを一口飲んだ。

「さっき綾香さんにも話したんですけど、市役所の女性ってめちゃめちゃ人気があるんですよ。」
(「綾香さん」だと!?いつからそんな仲なんだ!)
「そうなんですか?どうしてですかね?」
「ほら、やっぱり安定しているから。それに、結婚して子供産んでも続けられるでしょ、仕事。奥さんがキチンと稼げるっていうのは、今の時代ものすごく魅力的ですよ。」
「ずいぶんと実用的な話ですね。」
「俺達いつクビになってもおかしくないですからね。でも本当のところ、公務員って結構可愛い子が多いんですよ。」
「ホントですか?」
「今日だってほら、皆さん可愛いでしょ?」
(かー、調子のいいこと言いやがって・・・)
「はあ・・・」
「こいつらも今日来てよかったって絶対思ってますよ。」
耕介はそう言って自分の左側の二人に視線をやった。
隣の男が耕介に促されてにこやかに頷いている。
「それにしても綾香さんて芸能人みたいですよね。」
(やっぱり、綾のことかい・・・)
「そうですか。」
ここで他の女の話をされても面白くない。
「あんな伊東美咲みたいな人がいたら、職場で目立つでしょうねえ。」
(そこまで言うかい。)
「あはは、それは言い過ぎですよ。」
耕介が突拍子もないことを言うので思わず苦笑いをして、さっきの耕介と同じ反応をしてしまった。
とはいいながら、その実私も前々から似てるとは思っていたのだが。
(まさか、耕介は本当に綾香のことが気に入ってるのだろうか?)


男性陣の席替えも一巡して、また最初の配置に戻った。
私はトイレのために一旦席を外した。
私が女子トイレから出てくると、ちょうど耕介が男子トイレに入るところで鉢合わせになった。

「あ!」
お互い顔を見合わせた。
耕介が私の後をつけてトイレに来たのかどうかは分からなかったが、耕介も少しびっくりした表情を見せた。
「美保が来るとは思わなかったよ。」
耕介から声をかけてきた。
いつもどおりの耕介だった。
私は少しだけ安心した。
「ほんとに?でも、耕介こそなんで合コンに来てるのよ。」
「別にいいだろ。」
「みんなを仕切っちゃって、ずいぶん慣れてるみたいね。」
「まさか。今日だってせっかく綾香さんから誘われたから、うちの独身男連れてきたんだぜ。俺は付き合いだよ。」
「調子いいこと言っちゃって。きれいな綾香とずいぶんと楽しそうだったよ。」
「あれ?俺のこと気になる?」
「え?」
「あ、もしかして、お前妬いてんの?」
(カチン!!)
「はあ?何言ってんの?そんなわけないでしょ!!」
耕介の思い上がった言葉に、私はつい気色ばんでしまった。

「ま、いいや。あー、しょんべん、しょんべん。」
耕介はそう言って足早にトイレに入っていった。

(何を自惚れたことをいってやがる。)
私は、耕介に半分図星をつかれたことに動揺していた。

だが、そのことよりも、耕介に「お前」呼ばわりされたことが癪に障っていた。
今まで耕介からは何度となくそう呼ばれてきたのにも拘らず、耕介が元女だと思うと、なぜかそれが許しがたい。

耕介のひと言が、私の中に眠っていた男のプライドを刺激していた。


(つづく)

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第1話 再甦の兆し
第2話 カミングアウト
第3話 嫉妬
第4話 革命のカリスマ

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