■ 記憶の中の僕 Season 2 ■
第1話 再甦の兆し
第2話 カミングアウト
第3話 嫉妬
第4話 革命のカリスマ

掲示板

記憶の中の僕 Season 2

第1話 再甦の兆し


私は閉じていた目をそっと開けた。

そこには、やさしく微笑むユウがいた。

私はキスの余韻を楽しんでいた。

このままずっと・・・

ずっとこのままでいたい・・・

・・・

たとえ夢だとしても・・・

・・・

「ユウ、好き。」
私はユウに話しかけた。

「・・・・。」
ユウは黙っている。

「ユウ。」
私はユウを呼んだ。

「・・・・。」
しかし、ユウは黙って微笑んでいるだけだ。

「ユウ?」
私はもう一度ユウを呼んだ。

すると、ユウは微笑んだまま、その姿がふいに薄くなり、そしてそのままスーッと私から離れていった。

(ユウ!!)
大声でユウを呼び止めようとしたが、声が出ない。

(ユウーッ!!)
心の中で叫び続けた。
夢の中のこととは分かっていても、一生懸命声を出そうとした。

しかし、ユウは私からどんどん遠ざかり、やがて消えてしまった。

・・・

・・・

(まただ・・・。)

。。。。。。。。。。。。。。。。

ユウを失い、同時に真実を知って半年が過ぎた。
私はユウの夢をしばしば見た。

ユウが死んでからというものの、私はふとしたことで強烈にユウが愛しくなる。
ユウの夢を見るたび、私のユウを想う気持ちが甦ってくる。

(ユウに会いたい・・・。)
もう決して叶うことのない望みが、どうしようもなく胸を駆け巡る。

(ユウに会いたい・・・。)
(ユウに会いたい・・・。)
(ユウに会わせて欲しい・・・。)
(そして、ユウと話がしたい・・・。)
(一度だけでいいから・・・。)
行き場のない気持ちが抑えられなくなる。

。。。。。。。。。。。。。。。

私は「香川美保(かがわ みほ)」。
市役所に就職して3年目の25歳。
今年の5月、私は最愛の恋人であるユウ「石川裕也(いしかわ ゆうや)」を失った。
突然の自殺だった。

私は高校2年の夏までは石川裕也だった。
夏祭りの日に美保とキスをして身体が入れ替わってしまったのだ。
なぜ入れ替わってしまったのか、原因は未だによく分からない。

だが、その後私を苦しめたのは、入れ替わったと思っていた相手、すなわち石川裕也になってしまった美保が、入れ替わりを否定したことだった。
美保は自分は初めから裕也だったと主張し、入れ替わったまま新しい裕也「ユウ」として全力でその人生を生きた。

私は、時の流れとともに入れ替わった記憶や拘りが薄れ、いつしか女としてユウを愛するようになっていった。

しかし、ユウの死とともに、入れ替わったことが真実であったことを私は改めて確認し、そのことが徐々に私の内面に影響を及ぼしつつあった。

。。。。。。。。。。。。。。

時計の針は今、明け方の5時を指している。
いつもの6時半の起床時刻まではまだ時間があったが、すっかり目が覚めてしまったので、シャワーを浴びることにした。

浴室は1階にある。
両親の寝室は2階にあるため、こんな時間にシャワーを浴びていても寝ている二人を起こしてしまうことはない。

私はシャワーで汗を流した後、ぬるめの湯船に浸かりリラックスした。

(あの時、自分は裕也だった・・・。そして、本当に美保のことが好きだった・・・。)
私は、あの8年前の気持ちを改めて思い出した。

湯船に浸かりながら、今こうして自分の身体を眺めて見ると、膨らんだ乳房の向こうに、うっすらとした茂みが見えるが、あの時自分の股間に生えていたものはない。
股間に触れてもいつものとおりの割れ目があるだけで、何の違和感もない。

今となっては、ペニスが股間についていることがとても不自然に感じられるし、どのように付いていたのかも思い出せない。
勃起の感覚も射精の快感も思い出すことができない。
ただ、その快感がとても大きかったことは忘れられないのだが、今となっては、それも「実感」としてではなく、脳に刷り込まれた「理屈」として覚えているのに過ぎない。

もし、自分の股間にペニスが付いていたらと想像すると、それはとても邪魔なものに思える。
それがとてもデリケートなものだったこと思い出すと、走ったり、自転車に乗ったりするときなど、普段の生活においての取り扱いが難しそうだな、などということを考えてしまう。
だが、普通男性がそこまで気を遣っている様子もないので、きっとこれは取り越し苦労なのだろう。

入れ替わった頃、女のトイレを面倒に感じたこともあったが、今ではその当たり前の行為を面倒と感じることはない。
自分の中に、立ちションできたら便利だな、と思うことはあるが、あくまでも興味本位でそう思うだけであり、日常的にそうしたい訳でもない。
スッピンで過ごせたなら、生理がなかったなら、上半身裸になれたなら・・・といった男性の解放的な部分に対しては漠然とした憧れがある。

今は、詩織とつきあっていた頃のようにペニスが欲しいわけではなく、男に戻りたいと願っているわけでもないのだが、男だったときの身体に強烈な好奇心があることは自覚している。
この好奇心の強さが、女性として一般的と言える程度なのか、入れ替わりのせいなのかは分からない。
ただ、真実を知って以来、その好奇心が徐々に大きくなっているような気はしていた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「久しぶりね、美保。こうして二人でドライブするの。」
助手席の詩織がうれしそうに私に話しかけた。

彼女は「黒田詩織(くろだ しおり)」
高校の同級生で、私のことを今まで陰日向となり支えてきてくれた親友だ。

「うん、そうだね。え〜と、4年ぶりかな?」
このクルマの助手席に詩織を乗せるのは学生のとき以来だ。
「このクルマも替わってないよね。学生のときと同じ。」
「まだまだ調子いいよ。それに、このクルマ、もう生産中止だから貴重だよ。」
「ふ〜ん。でも、こうしてると、なんだかまた学生に戻ったみたいね。」

同じ問いかけをクルマ好きの父にすれば、この話でもっと盛り上がれるのだが、クルマに興味のない詩織にしてもクルマの話は続かない。
しかし、これは想定の範囲内なので、私にとっては不愉快ではない。
むしろ、その詩織の素直で女の子らしい反応が私は好きなのだ。

私が真実を知って以来、詩織は頻繁に私に連絡をするようになった。
詩織は、ユウが死んで私が精神的に不安定になっていることを最大限に気にかけてくれた。
だが、私は真実を知ると同時に、真実を知らなかったのが自分だけであったことが分かり、一時的に詩織を信じることができなくなっていた。
詩織が私に真実を言わなかったことはすべて私のためだということは頭では理解していても、どうしても心を許すことができなかった。
詩織の親切を負担に感じることさえあり、その結果、詩織に対して冷たい態度を取ってしまうことも度々あった。

そんな私の態度は、当然詩織にも伝わっていたに違いないが、詩織は適度に距離を置きながらも、根気良く私の面倒をみてくれた。
詩織のその太陽のような献身的な気遣いが、凍りついてしまっていた私の心を少しずつ溶かしていった。

11月に入り、急激に秋が深まっていた。
私は、詩織から再三ドライブの誘いを受けていたが、何となく気持ちの整理が付かずに、今まではずっと曖昧な態度を取っていた。
気持ちの整理が付いたわけでもないのだが、今日は詩織の誘いを受けて、久しぶりに二人でドライブすることにしたのだ。

私がOKしたことを詩織は素直に喜んでくれた。
詩織は、今日の土曜日を朝から私とドライブするために、昨日の金曜日は有給休暇を取り、わざわざ実家に帰ってきてくれていた。
そんな詩織の行動が、私は素直にうれしかった。
(OKしてよかった)
そう思った。

「そうだね。あたしたち、まだ学生で十分通じるかもね。」
確かに二人とも小柄で、どちらかと言えば童顔だ。
洋服の趣味も詩織は相変わらずの少女趣味だし、私も仕事でスーツを着る機会がそれほど多くはないこともあり、学生の頃からあまり進歩していない。
「ってゆうか、美保なら今でも高校の制服着れば女子高生で通るよ。」
「やめてよ、そんなわけないでしょ。近くで見たらバレバレだよ。詩織こそまだピチピチじゃない。」
「え?なあに?それ、太ったってこと?」
詩織が急に顔色を変えた。
「違う、違う。若いってことに決まってるでしょ。」
私は慌てて取り繕った。
「でも、もうスカート入んないかもね。体重はあまり変わってないはずなんだけど、何だかウエストがね、ちょっと大きくなったかも・・・・。ねえ、美保、まだ制服持ってる?」
「うん、持ってるけど。」
「今度、二人で着てみない?」
「ええ!?」
意外な提案に少しびっくりしたが、詩織の制服姿を想像すると、ちょっと胸が高まるのを覚えた。

「あの頃の新鮮な気持ちに戻れるかもしれないよ。」
そう言って詩織は、私を誘うような表情をみせ微笑んだ。

あの頃のような関係を詩織が再び望んでいるのか、あるいは軽いジョークなのか、私には判断が付かなかった。
だが、私はその詩織のいたずらっ子のような表情を横目でみながら、詩織を愛する気持ちが急激に大きくなってくるのを感じた。


日が暮れかけてきた頃、私は人気の少ない駐車場にクルマを止めた。
この辺りは、観光スポットがあるわけでもなく、紅葉が美しいわけでもないため、この駐車場はいつも空いている。
学生の頃、何度かこの駐車場に来て、このクルマの中で詩織と愛し合ったこともある。

今日も私たちの他には誰もいない。

「ここも懐かしいね。」
詩織は、助手席で薄暗くなった窓の外の景色を眺めている。
「うん。まだ、あったんだね、ここ。あたしたち専用の駐車場。」
「ホントだよね。いったい何の駐車場なんだろ?」
詩織は不思議がっている。
「もしかしたら、あたしたちには見えないだけで、結構利用されているのかもしれないよ。」
私は意味深に詩織を見た。
「えっ?どういうこと?」
詩織の顔から笑みが消え、真顔になった。
「こういうこと。」
私はそういいながら、胸の前で両手の手首を曲げ、お化けの格好をした。
窓の外では、ススキのシルエットが風に揺れている。
この辺りのいかにも寂しげな景色が、そんな怪しい雰囲気を増長させていた。

「やめてよお〜。」
怖がりな詩織は、運転席に座っている私の左手にしがみついてきた。
「詩織・・・。」
私は、身体を助手席のほうに向け、右手で詩織の髪を撫でた。
「おどかさないで・・・」
詩織は目をつぶって私の腕をつかんだままだ。

私は右手でドアロックのスイッチを操作して、ドアをロックした。
「ほら、ロックしたからもう大丈夫だよ。」
「うん・・・、ありがと・・・。」
もちろん、お化けにドアロックの効果があろうはずはない、とは思っているのだが、詩織は安心して目を開けた。

(相変わらずかわいいな・・・。)
今日の詩織は、ノルディック柄の黒基調のニットのワンピースを着ている。
詩織の女性らしい体のラインがきれいに見え、このニットがよく似合っている。
裾からのぞく白い生脚がとてもきれいでエロティックだ。

(詩織と愛し合いたい・・・)
私の中に、かつて詩織を愛した気持ちがふたたび盛り上がってきた。
私は自分の欲望のままに、右手で詩織の胸に触れた。
「あ・・・。」
詩織が小さな声を漏らした。

詩織はそのまま黙って私の行為を受け入れようとしていた。
私は、詩織が私と同じ気持ちになっていることを確信した。

そして、私は詩織にキスをした。

詩織の身体は、その髪も、その胸も、その唇も、すべてがとても柔らかかった。
(これが、詩織だ・・・。)
私は詩織の感触をハッキリと思い出していた。

私は、詩織の胸を徐々に強く愛撫していった。
すると、今度は詩織も私の胸を愛撫してきた。
「むふ・・・。」
久しぶりに詩織に愛される快感を受け、今度は私が思わず声を漏らしてしまった。

私は右手を下におろし、詩織の太腿に触れた。
見たままの白く滑らかな感触も以前と同じだ。
太腿を2〜3回撫で、その感触を楽しんだ後、徐々にワンピースの裾の中に右手を伸ばしていった。
詩織は身体を少しよじったが、私の動きを待っているようだった。

私の右手がコットンの優しい肌触りを感じた。
詩織は、機能的なコットンの下着を好んでつけていたが、今でもそれは変わらないようだ。
こんなところは少女のままだ。
詩織のつるんとした股間を、その肌触りの良い生地越しに愛撫すると、時折詩織の表情がゆがむ。
その表情がとても愛しい。

今日の私は、黒いインナーにベージュの薄手のジャケットを羽織り、黒いタイツの上に濃い茶系のショートパンツをはいていた。
詩織は左手で器用にショートパンツのフックを外しファスナーを緩め、私の股間に手を侵入させてきた。
その優しい手の感触がとても気持ちいい。

詩織は私のお腹のところからタイツの中に忍び込み、そのまま下着の中には手を入れず、私の太腿を撫でた。
私たちは、しばらくお互いに間接的な愛撫を続けた。

ここからは我慢比べだ。
我慢できずにどちらが先に下着の中に手を忍び込ませるか。
相手の秘部に手を忍び込ませるということは、自分にもそうして欲しいという欲望の現われだ。

私は、太腿の付け根からコットンの生地の中へ少しずつ中指を内側に近づけていった。
すると、詩織も同じように私の敏感なところに少しずつ近づいてきた。
だが、また、ここでお互い様子を伺いながら愛撫を続けた。

私の我慢も限界だった。
これ以上我慢していると、パンツを汚してしまいそうだった。

私は、ついに詩織の割れ目まで中指を入れ、そこに沿って指を動かした。
「んん・・。」
目をつぶって黙っていた詩織が声を漏らした。
そこは既に濡れていて、指を動かすたびに潤滑油のように拡がった。

詩織も私の敏感なところに指を触れ始めた。
その瞬間、全身に電気が走ったように快感が走り、声を上げそうになったが、今度は我慢した。
私の、あそこもすっかり濡れているに違いなかった。

私は、手を一旦放し、今度はお腹のほうから侵入した。
そして、手のひらで詩織の股間を覆うように大胆に触れた。
私の手のひらが詩織の湿り気を感じた。

(詩織も女なんだよな・・・。)
ふと、そんなことが頭を過ぎった。

だが、すぐに詩織も手を入れ替えて、お腹のほうから私の股間を愛撫してきた。
またしても、全身に快感が走った。
二人は、あの頃のように、キスをしながらクリトリスを愛撫し合った。
窮屈な車内で、私たちは久しぶりに愛し合うことに没頭した。

。。。。。。。。。。。。。


「ねえ、詩織。」
駐車場に停めたクルマの中で私は、愛し合った余韻に浸っていた詩織に声をかけた。
「ん?なあに?美保。」
詩織は甘えた声で返事をした。

「詩織はさあ、もし、おちんちんが付いていたらって考えたことある?」
(あっ、なんてこと聞いてるんだろう。)
誰かに聞いてみたいとは思っていたが、いざ自分の口からその質問を発してみると、その大胆さにびっくりするとともに、急激に恥ずかしくなった。
私は質問しながら顔が赤くなるのが分かった。

「あるよ。」
詩織は意外なほどあっさりと答えた。
「え?そ、そうなんだ。」
質問したこっちがドギマギしてしまう。
「うん・・・。まあ、自分に付いてたら、とはあんまり思わないけど、やっぱり、興味あるもん。実は、そのこと美保に聞きたいなって思ったことも何回かあるよ。でも、それを聞いちゃうとねえ、美保に悪いかなと思って・・・。」
「そうなんだ・・・。」
「美保は、やっぱり、昔は、あれ、付いてたわけでしょ・・・?」
詩織は言いずらそうに私に尋ねた。
「うん、そうだけど・・・。でも、もうよく覚えてないんだ。」
「ふーん。」
「それでね、入れ替わったことが本当だったってことが分かってから、何だかね、気になっちゃって・・・。普通の女の子はそんなこと考えるのかなあって。」
「そっかあ〜、どうなんだろうね。あたしもこんなこと誰かと話したことないしね。でもさ、美保に言うのもなんだけど、あれって不細工だと思わない?神様も変な形にしたもんだよね。どう考えても女の身体のほうが自然じゃない?」
「ははは、なるほどね。そうかもしれないね。あたしは今思うと、すごく邪魔なような気がするんだよね。よくあんなものつけたままで自転車乗ってたなあって。でも裕也のときはそんなこと全然気にしていなかったような気がする。不思議だね。」
「美保が不思議なんじゃ、あたしはもっと不思議だよ。ははは。」
「そっか。ははは。」
さっきまでの恥ずかしい気持ちはいつの間にか消えていた。

「それにしても勃起ってすごいよね。自分の身体の一部があんなに大きくなるんだから。クリが固くなるのと同じっていうけど、絶対違うよね。だってあれ、ピクピク動くでしょ?すごいよね。」
意外にも、詩織はこの話題が嫌いではなさそうだ。
「詩織、詳しいね。」
詩織の話が乗ってきたところで、私はわざと冷静な反応をしてみた。
「えっ?」
私が、冷めた反応をしたので、詩織は戸惑っている。
「誰のがピクピク動いたの?」
私は、意地悪に微笑みながら追い討ちをかけた。
「あ・・・。」
今の詩織がどれだけ男性経験があるのかは知らないが、少なくとも学生時代には彼がいた時期があった。
暗闇の中でも詩織が赤くなっているのを感じた。
「冗談だよ。ははは。」
私は恥ずかしがっている詩織の顔を覗き込んだ。
「もう!美保が振ってきたんでしょ。ひどい!!」
そう言って、詩織は両手で顔を覆った。
「ごめん、ごめん。ははは。」
「美保の意地悪っ!!」

詩織のざっくばらんな気持ちが聞けて、私はまた少し気持ちが晴れた。


「ねえ、美保。やっぱり、戻りたいの?」
帰りのクルマの中で、詩織が真面目な声で私に訊ねた。
すっかり日が暮れて、運転しながらでは詩織の表情はよく見えない。
「え?戻りたいって?」
「男によ。もしかしたら男に戻りたいの?」
詩織はストレートに訊ねなおした。
「戻りたくないよ。もう、戻る相手もいないし。」
「じゃあ、もし、ユウくんが生きてたらどうなの?」
「戻りたくないよ。あたしはユウのようには生きられない。」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。」
「よかった。あたし今の美保が好き。ずっと美保とはこのまま親友でいたいの。」
「どうしたのよ、詩織。あたしも詩織が好きだよ。それに、詩織にはずう〜っと迷惑かけっぱなしだもん。あたしの方こそ詩織とはこれからもずっと親友でいたいよ。」
「よかった・・・。」
詩織の声が少し震えている。
涙をこらえているのかもしれない。

例の論文に書かれていた、入れ替わった人たちの不幸な行く末を、詩織はずっと気にしていた。
私が、論文のような悲劇的な人生を送ってしまうことを誰よりも心配してくれていた。
「詩織、今まで本当にありがとう。前も言ったけど、詩織があの論文のことを気にしているのなら、あたしは本当にもう大丈夫だよ。安心してよ。」
「うん。」

ハンドルを握りながら、詩織のことは一生大事にしようと改めて心に誓っていた。


。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。


11月も半ばを過ぎ、今年も残り1か月ちょっととなった。
市役所も、来年度の予算編成や12月の市議会に向け慌ただしさを増していた。


「ふざけんなっ!!」
フロアに突然大声が響いた。

私が所属している課は市役所の5階にある。
市民課のある1階は、いつも大勢の市民が訪れていて慌ただしい雰囲気であるが、私のいる5階は一般の市民が訪れることもほとんどなく、普段は比較的静かで落ち着いている。

その怒声は、私の席のすぐ近くの打ち合わせテーブルで起こった。
ウチの課に許可申請にきていた男が怒鳴ったのだ。

歳は50代半ばといったところだ。
少し薄くなった髪をボサボサにして、無精ひげを生やしている。
汚れた作業着の上に古びたジャンパーを羽織っており、おそらく小さな自分の会社の申請に訪れたのだろう。

「前と言ってる事が全然違うじゃねえか!!」
男は相当頭にきている。
「えっ、あっ・・す・すいません・・・。」
向かいに座っている若い男性職員が消え入りそうな声でおろおろしている。

その若者は「広山祐一郎(ひろやま ゆういちろう)」。
今年の4月に新規採用としてウチの課に配属された職員だ。
私より2年遅れの採用だが、彼はマスターを出ているので歳は私と同じである。

私たちの係は現場に出ることも多いため、いつも作業着で仕事をしている。
私も彼も薄いグリーンの作業着を着ていた。
この作業着は、今流行のペットボトルのリサイクル品なのだが、妙な光沢があり職員の評判はあまりよろしくない。
その色や風合いから『アマガエル』とも呼ばれていた。

「『すいません』だ?じゃ、このままでいいんだな!」
男はそういいながら書類を指でドンドンと叩いた。
「あ・・いや・・・。」
「何だ!?はっきりしろ!!」
このままでは、この男にごり押しされてしまいそうだ。

「すみませーん。失礼します。」
私は見かねて祐一郎の隣に座った。
「ん!?」
男は『何だ?この女は?』という目で私を見た。
「アルバイトのお茶汲みか?」とでも言いたげだ。

「あの、前とどこが違ったのでしょうか?」
私は男に質問した。
「はあ?お前に言ってもしょうがねえよ。誰か来るなら課長が来い。課長だせっ!課長ーっ!!」
男はそう言って、フロアの奥のほうを覗き込んだ。
パーティションがあるため、ここから課長席は直接は見えない。
「大変申し訳ありません。あいにく課長は会議中なので、私が一緒に承りますが。」
こんな状況で課長を呼ぶわけには行かない。

「いるんだろ?呼べよ、課長さんをよおーっ!!」
男の声が再び大きくなる。
状況が分からない中で、課の最終判断者である課長を呼んでしまったら、相手の思う壺だ。
それに、実務を細かく把握しているわけではない課長が話を聞いても仕方がない。
「すみません。本当に会議中なんです。」
もちろん、会議中ではない。

「何で今頃になって別の図面を出さなきゃいけねえんだって言ってるんだよ。もう、3回目だぞ。今までそんなこと一度も言わなかったじゃねえか!!」
「・・・・」
祐一郎はうつむいていて何も話せなくなっているが、大体事情は分かった。
「言った」「聞いてない」のよくあるトラブルだろう。

「この図面ですね。申し訳ありません。これは申請にどうしても必要な図面でなんです。」
私はハッキリと原則どおりに説明した。
「はあ!?じゃあ、何ではじめからそう説明しねえんだよ!!」
「申し訳ありません。故意にしなかったわけではありませんが、説明が足りなかったことはお詫びします。」
「謝って済むなら警察はいらねえんだ!!こっちは遊びで来てるんじゃねえんだぞ!」
「申し訳ありません。」
私は頭を下げた。
「お前らはクビにならねえからいい気なもんだな!だが、こっちは生活がかかってるんだ。今日だって仕事を休んで来てるんだぞ!!」
「申し訳ありません。」
私は再度頭を深く下げた。
とにかく謝るしかない。
本当にカエルになった気分だ。

「何でもいいが、許可が出なきゃウチは潰れちまうんだ。必要な書類はすぐに用意するから、もう1回で済むようにしっかり見てくれ。」
男は言いたいことを言って、少し落ち着いてきたようだ。
「分かりました。大変申し訳ありませんでした。直ちにもう一度チェックしますので、もう少々お待ちください。」
そう言って私は真剣に書類のチェックを始めた。

「チェック表よこして。」
私は祐一郎に指示をした。
「あ、はい・・・」
彼は素直に私の言葉に従い、私の前にチェック表を出した。

(出来の悪い申請書だな・・・。)
これでは祐一郎が苦労するのも無理はない。
祐一郎は、私がチェックするのをうつむき加減に黙って見ている。
男は、落ち着きなく貧乏ゆすりをしながらも、黙って私のチェックが終わるのを待っていた。
出来の悪い書類ではあったが、一応祐一郎が何度かやり取りしていたので指摘事項はほとんどなさそうだ。

「大変、お待たせしました。先ほどの図面を追加していただくのと、ここの記述が間違っていますので、ここを訂正していただければ受理することができます。」
「その2点だけでいいんだな。」
「はい。」
「じゃあ、すぐに直して持ってくるから、今度はちゃんと受理しろよな。」
男は、手続きの終わりが見えて大分機嫌が戻ってきたようだ。
「大変お待たせして申し訳ありませんでした。」
私は深く頭を下げた
「すいませんでした。」
祐一郎も小さな声で一緒に頭を下げた。
男は不満げな態度ながらも、持ってきた書類をまとめて自分のカバンにしまいこんだ。
そして、そのまま何も言わずに席を立ち、帰っていった。

「ふう。」
男が見えなくなるまで見送り、私はホッと一息ついた。

こんな慇懃無礼な対応をサラッとしてしまえるほど、私も一端の小役人となっていた。
ウソも方便とばかりに平気で相手を騙し、人を小馬鹿にしたような口先三寸のやり取りでどれだけ煙に巻けるか、といったことが上手な人間が出世する、そんな世界がお役所なのだ。
おそらく、こんな田舎の市役所に限らず、霞ヶ関の官僚の世界も大差がないのであろう。
専門知識のない市民は、不満に思いつつも、お上に従わざるを得ない。
血の通わない行政といわれるのもむべなるかなである。

「香川さん・・。すいませんでした・・・。」
祐一郎が蚊の鳴くような声で私に謝った。
「広山さん、あの手のお客さんには曖昧なこと言ってちゃダメだよ。」
私は祐一郎にダメ出しをした。
こういう時に指摘しておかないと応えないからだ。
「はい・・、すみません・・・」
祐一郎は恐縮している。
「あんな基本的なこと、説明してないはずないでしょ。」
「・・はい・・、最初の時に言ったと思ったんですが・・・」
「『思った』なんて言ってるから突っ込まれるのよ。」
祐一郎の態度が歯がゆくて、つい言葉がキツクなってしまう。
「・・・・。」
彼はまたうつむいてしまった。
「『最初に説明しました。』ってハッキリ言えば相手だって納得するのよ。」
「・・・すいません・・・。」
祐一郎は小声で謝るだけだ。

「もう!もう少し自信を持ってやりなよ!」
いつの間にか私も声が大きくなってしまった。
「・・・・。」
祐一郎は言葉を返すこともできずにうつむいたままだ。

(女の腐ったような奴・・・。)
つい、そう思ってしまった。

。。。。。。。。。。。。。。


「美保、あんた最近ちょっと祐くんにキツイんじゃない?」
同じフロアで総務の仕事をしている綾香が、給湯器の横でカップにコーヒーを入れていた私に声をかけた。

彼女は「高森綾香(たかもり あやか)」。
私と同期の市役所の職員だ。
私は技術の専門職だが、彼女は一般行政の事務職である。
彼女は技術職の私のように現場があるわけではないので、仕事中はスーツを着ている。
今日の彼女は、ひざ上丈のタイトスカートのスーツを着ていた。
シンプルではあるが仕立ての良さそうな、そのシルバーグレーのスーツをしっかり着こなしている。
身長は165cmくらいあり、細身で脚が長い上メリハリもあるナイスボディの持ち主だ。
ロングストレートの黒髪でメークにも隙がない。
彼女の少しエキゾチックで派手な顔立ちに、深い薔薇色の口紅が印象的に映えている。
『公務員』というより『外資系』という雰囲気だ。

そんなキャリアウーマン風の彼女が、髪を後ろに一本でまとめた背の低い『アマガエル』の私に話しかけてきたのだ。
同じ職場の人間同士とは思えない。

「ああ、綾、聞いてたの?」
綾香は、さっきの一件のことを言っているのだろう。
「『聞いてたの?』じゃないわよ。まる聞こえ。5階全員に聞こえてたわよ。」
「あの男、大きい声で怒鳴ったからね。」
私はコーヒーを口に含んだ。
「それもそうだけど、あんたが祐くんを叱ってる声もみんなに聞こえたよ。」
「ええっ!?」
思わずコーヒーを吐き出しそうになった。
(そんなに大きな声だったかな・・・)

「あんまり祐くんのこと苛めないでよね。」
「はあ?人聞きの悪いこと言わないでよ。」
「でも、あたしには美保が祐くんを苛めてるように見えたわよ。」
そういって綾香は微笑んで私を見下ろした。
「全然そんなことないよ。やり方を教えてただけだよ。ただ、最近広山さん見てるとちょっとイライラするのは事実だけど。」

祐一郎は、美保にとっては初めてできたの仕事の上での後輩だ。
上司からもよく面倒を見るように言われている。
私自身も新人のときには、すぐ上の先輩にお世話になった。
だから、私も張り切って祐一郎の面倒を見てきた。

だが、祐一郎は思いのほか仕事の覚えが悪かった。
頭が悪いというわけではない。
有名私立大学の大学院をでているし、この就職難の時代に市役所とはいえ公務員に合格する実力がある。
専門分野の知識もしっかりしている。

しかし、学校での勉強の実力と社会での仕事の実力が必ずしも一致しないことはよくある。
祐一郎は正にその典型だった。
仕事上で自分の考えを言葉で表現することが致命的に不得意な上、自信をもってかつ臨機応変に物事を判断する能力に欠けていた。

私は、いつまでたっても一人立ちできない祐一郎に、苛立ちを覚えるようになっていた。
とはいいながら、私自身も1年目のときは必死に仕事を覚え、先輩に助けられながら、それこそ死にそうな思いでどうにか仕事をこなしていたのだ。
にもかかわらず、いざ自分が助ける側になると、相手のマイナス面ばかりが気に障る。

「あんなに可愛い後輩、めったにいないわよ。」
以前から綾香は祐一郎のことを気に入っているようだった。
祐一郎は細身で長身な上、きれいな顔つきをしていた。
また、性格が温和でやさしいので、女子職員の受けはよかった。

「後輩っていったって同い年だからね。」
私は冷たく言葉を返した。
「祐くん、あんなに素直なんだから、あたしならやさしく教えてあげるのにね。」
綾香はそう言ってうれしそうにウインクした。
彼女はそんな仕草が妙に小慣れている。
「綾は一緒に仕事をしてないから、そんなのんきなことが言えるのよ。あのボンクラに仕事を教えるこっちの身にもなってよ。」
あまりにも綾香が祐一郎を庇うので、反動で強い言い方になった。
「あーあ、それそれ。美保ったら、ホント祐くんにキツイんだから。」
「さっきみたいなことがあると、キツイことも言いたくなるよ。」
私は本音をぼやいた。

私は、綾香たち女子職員が祐一郎のことを『ゆうくん』と呼ぶことも気に入らない。
そもそも自分がそう呼ばれていたので、彼のことを『ゆうくん』とは呼びたくない。
それに同じ『ゆう』でもユウと祐一郎では、私にとって、男としての魅力、いや人間としての器が違いすぎる。
『ゆうくん』と言えば、私にとってはユウなのだ。
それが、『ゆうくん』と呼ばれて出来の悪い祐一郎が反応しているのを見ると、大きな違和感を覚え、癇に障るのだった。

「ねえ美保、大事な人を失ってとても辛いってことは分かるんだけど、そのせいってことはないわよね?」
私が最愛の恋人を亡くして一時期精神的に不安定だったことは、公然の秘密だ。
「そんなことないよ・・・。」
「ならいいけど、最近の美保はときどき他人にすごく厳しいときがあるから・・・。」
「ええ?そうなの?全然そんなつもりないよ・・・。」
綾香が、私のことをそんな風に見ていたなんて少しショックだ。


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(何だか今日は少し疲れたな・・・)
今日一日を終え、私はベッドに入って今日の昼間のことを思い出した。

「祐くんを苛めないで・・・」「最近他人に厳しいから・・・」
そう言った綾香の言葉が蘇ってきた。
(そんな風に見えるのかなあ)
確かに最近は、自分の仕事にやりがいを覚え、自信も付いてきたように思う。
祐一郎に仕事を教えるようになったことで、他人に分かりやすく伝えることを意識するようになり、改めて自分の仕事のやり方や意味を再認識していた。
教える立場になったことで、私自身も一皮向け、さらに自信を深めている。

一方で、相手に求める要求も高くなり、それに応えられない相手には厳しい対応をしているのかもしれない。

そんな自分を少し反省しつつ、最近の自分の行動を振り返るいい機会かもしれない、と思った。

私は、美保になってから、できるだけ周囲とはトラブルを避けるように生きてきた。
積極的に困難に立ち向かうようなことはなかった。
この性格は、おそらく石川裕也本来のものだと思っている。
だが、最近の自分は少しづつ変化してきているのかもしれない。
私自身もその変化を感じつつある。

その変化の根源が、元々裕也の精神が持っていた性質なのか、それとも美保の身体の中に眠っていたものなのかは分からない。
真実を知って以降、今まで私の中に抑圧されていた性質が、徐々に表面に現れ始めているのかもしれない。

(祐一郎のやつ、なんであんなに優柔不断なんだろう・・・。)
祐一郎のあの自信のない表情が思い浮かんだ。

私は、仕事をはじめてから感じていることがあった。
それは、やはり男と女ではスタートラインが違う、ということだ。
あの今日怒鳴っていた男も、最初に私を見た時は、明らかに祐一郎より下に見ていた。
いや、あの男に限った話ではない。
私が仕事を教えるために祐一郎と一緒に接客をしていると、必ずといっていいほど、まず相手は祐一郎と話をしようとする。
同じような年齢の男女が相手なら、まずは男を信用するのだ。
しばらく話をするうちに、ようやく私の話に耳を傾けてくれるようになる。
そこでやっとスタートラインに立てるのだ。
とても些細なことではあるが、これに限ったことではなく、男と女では万事においてスタートラインが異なる。
昨年まで自分が一番の若年であったときは、それは年齢や経験のせいだと思っていたが、祐一郎と一緒に仕事をするようになってから、男女の差によるものが大きいことを痛感していた。
あんな優柔不断な祐一郎にすら、私は第一印象で負けるのである。

(私が祐一郎だったら、もっと野心を持って仕事に取り組むのに・・・。)
(男ならそれができるのにもったいない・・・。)

私は、祐一郎への苛立ちとも嫉妬ともとれる感情を抱きながら眠りについた。

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次の日、私はいつものように市役所の5階で仕事をしていた。
今日は午後から祐一郎と現場に行く予定なので、その準備のため、書類に目を通していた。
時刻は10時を回ったところだ。

(ちょっと休憩しようかな。)
ふと、給湯室のほうを見ると、祐一郎が綾香たち女子職員に囲まれておしゃべりをしているのが見えた。

(あいつ・・・)
祐一郎は、仕事相手と話をすることはからっきしダメなくせに、ああやって女子と他愛のない話をすることは大丈夫なようだ。

私は内心面白くない気持ちを抑えて、給湯室に向かった。
近づいて来た私に気づいた祐一郎は、さっきまでのリラックスした表情が一変して、緊張の面持ちになった。

「広山さん、午後の準備はできてるの?」
祐一郎のいつものオドオドした表情を見たら、私はつい、言わなくてもいいことを言ってしまった。
「あ、はい、す、すいません・・・。」
祐一郎はそう言って、あわてて自分の席に戻って行った。

「あ〜あ、祐くん行っちゃった。」
綾香が残念そうな表情で私を見た。
「まったく、やることやってから休めっていうの。」
私は、サーバーのコーヒーを自分のカップに注ぎながら呟いた。
「おお、こわ。」
綾香は首をすくめた。
「だってそうでしょ。人より出来が悪いんだから、せめて準備くらいは人一倍時間かけてやんなきゃ。」
自分でもちょっと言い過ぎのような気がしてきたが、勢いで言ってしまった。

「それにしても、さっきのあんたの表情は迫力あったわよ。『準備できたの!?』って。」
綾香は、さっきの私の話し方を大げさにマネした。
「そんな言い方してないでしょ。」
「表情よ、表情。あれじゃ、祐くんじゃなくてもビビるわ。」
綾香は私が否定するのを面白がっている。
「人を鬼みたいに言わないで。」
確かに祐一郎に対して面白くない気持ちを持っていたが、自分では抑えてたつもりだ。
しかし、抑えきれずに厳しい表情をしていたのだろうか。
「鬼かあ。合ってるかも。」
そういって、綾香は手で口を押さえてプッと笑った。

「ひどいよ、綾。でも、そんなことより、今、広山さんと何話してたの?」
私は話を変え、綾香に訊ねた。
「あ、なあに美保。あんな態度とっていても、やっぱり祐くんのこと気になる?」
どうも綾香は私の反応を楽しんでいるようだ。
「別に気になるわけじゃないよ。教えたくないなら別にいいよ。」
祐一郎に苦労している私の気持ちを逆なでするように、綾香が能天気なカマをかけてきたので私はちょっとだけ不機嫌になった。
「ああ〜、ごめん美保、怒らないでよ。どうってことない話よ。」
「怒ってないよ。」
本当は課長がいるのにいないと言ったり、怒ってるのに怒ってないと平気な顔で言ってみたり、私も相当擦れてきたものだ。

「祐くん、結構おしゃれでね、洋服とかファッションに詳しいのよ。以前、あたしが1着だけ持ってるシャネルのスーツを着てきたときも、彼すぐ分かったの。」
「へえ〜。」
と言っても私はあまり興味がない。
「ほら、美保つまんない話でしょ。あっ、もしかしてあんたの悪口でも言ってると思った?」
「そんなこと思わないけど・・・。」
またウソを言ってしまっている。
昨日の一件があったばかりだ。
その話題が出ていてもおかしくはない。
私が一番気になっているのは正に祐一郎の本音だ。

「それがね、祐くん、あんたのこと悪く言ったこと一度もないのよ。少なくともあたしが聞いてる限りは。」
「何よ、その意外なことのような言いぶりは。」
私は内心ホッしたが、その気持ちを素直に口に出すことはない。

「でも、普通あれだけ怒られたら、愚痴のひとつでもこぼすと思わない?」
「だから、怒ってないっていってるでしょ。」
「それは、あんたの認識でしょ。祐くんから見れば怒られているのと同じよ。」
「もう、みんなそうやってあいつのこと庇うんだから。あたしだって本当はガミガミ言いたくないけど、言わなきゃ分かんないでしょ。」
「まあ、それもそうなんだけどね。でも祐くん、あんたには本当に感謝しているみたいなの。というか『尊敬』に近いかも。」
「ええ?ほんと?」
「ホントよ。日ごろのあなた達のやり取りからは信じられないわよ。というか、そういう信頼関係があるからこそ怒れるんでしょ?違うの?」
「どうなんだろ?」
祐一郎が私のことをそんな風に話しているなんて初耳だ。
「はあ?どうなんだろって、こっちが聞きたいわよ。」
「うん、あたしは広山さんとは仕事の話しかしないから。」
「近すぎるってことかな。あたしはね、もしかしたら祐くん、『尊敬』じゃなくて美保のことが好きなんじゃないかなあって感じることがあるよ。」
「からかわないでよ。」
(いくらなんでもそれは無いだろう。)
「でも、もしそうだとしたら、相当な『M』だよね。ははは。」
そういって綾香は明るく笑った。

綾香が最後に言ったことが、本気なのか冗談なのかは分からなかったが、今までは考えもしなかったことだったので、私の心に響いた。

私は今まで、ユウ以外の男に女として心を動かされたことはない。
そのユウにしても、入れ替わってから何年もの間、恋愛の対象となることはなかった。
私の中に残っていた「男」が、男を愛することを拒んでいたためだ。

ユウが死んで半年、私は未だにユウ以外の男を恋愛の対象と考えることはできない。
ユウ以外の男を愛すなんて考えられない。
ユウ以外の男から愛されるなんて考えたくもない。

この感情は、女としてユウを深く深く愛した証拠なのだろうか。
それとも、私の中で息を殺して潜んでいた「男」が再び甦ってきているからなのだろうか。

今の私には分かるはずもなかった。


(つづく)

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■ 記憶の中の僕 Season 2 ■
第1話 再甦の兆し
第2話 カミングアウト
第3話 嫉妬
第4話 革命のカリスマ

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