サブストーリー3 〜友情のバランス〜


「美保ちゃん!」
4限の講義が終わり、筆記用具をカバンにしまっているとき、いつものなれなれしい声が聞こえた。
(耕介だな・・・)
「うん?」
振り返ると、案の定耕介が立っていた。
彼の名前は香取耕介(かとりこうすけ)。
私と同じ学科の同級生だ。
同級生といっても二浪しているので、大学1年の今12月にして既にに21歳だ。
明るい性格だが、意外に苦労人らしい。
身長は180cmくらいあり、また、日焼けしていて色黒なので、一見遊び人に見える。
クラスの中では年長者ということもあり、みんなからは「香取さん」と「さん」付けで呼ばれ慕われていた。

「今日の講義、これで終わりだろ?これからうちで遊ぼうよ。」
耕介は、私を遊びによく誘ってきた。
今から耕介が下宿しているアパートでテレビゲームでもしようというのだろう。
「またゲーム?」
「俺さ、また腕あげたんだぜ。なあ、修一。」
耕介はそういって後ろにいた修一に同意を求めた。
修一は笑顔で頷いている。
彼の名前は田中修一(たなかしゅういち)。
彼も同級生だが、私と同じ現役組だ。
耕介は修一をよく連れまわしている。

「修ちゃんホント?耕介は調子がいいからねぇ。」
私は修一に返事を求めた。
「あ、美保ちゃん、ひでえな。証拠見せるからさ、だから遊ぼうよ。」
ニコニコしているばかりの修一を尻目に、耕介は再び私を誘った。
「しょうがないなぁ。分かったよ。」

私もテレビゲームは嫌いではない。
むしろ好きなほうだ。
特に裕也の頃はよく親に叱られるまでのめり込んでやっていた。
美保になってからも、好きでよくやっていたが、詩織はそれほど好きなほうではなかったし、私は詩織と会うときにゲームをすることはあまりなかったので、ひとりで黙々とやることが多かった。

だから、耕介たちとテレビゲームで遊ぶことは楽しかったし、自分のテクニックを見せ付けるのにもちょうどよかった。
そう、耕介はそれほどテレビゲームは得意ではない。
おそらく、私といっしょに遊ぶ口実のためにやっているのだろう。

耕介とは入学してすぐに友達になった。
名前の順がすぐ前後同士だったこともあり、講義でも席が隣になることがよくあった。
耕介は初めて話をしたときから、私のことを勝手に「美保ちゃん」と呼ぶほどフランクに接してきた。
私は、自分の距離の中にズケズケと入り込んでくる、この手の人間は好きなほうではなかったが、あまりにも一方的に話をしてくるので、私が選り好みするまでもなく友達となった。

実は、耕介は入学してからこの半年あまりの間に、私に二度告白している。
私は、男を恋愛の対象とすることは全く考えられなかったので、その都度、きっぱりと断っている。
初めは、知り合って一週間も経たない頃、いきなり告白された。
耕介の気持ちはうれしかったが、私が迷うことなく断ったので、耕介は私には彼氏がいるものと考えたようだった。
耕介は、私にふられて2〜3日は会わなかったが、その後はまた友達として付き合い始めた。

2回目は夏休み前だった。
私に彼氏がいる様子もなかったし、もう一度気持ちを伝えたかったのかもしれない。
やはり私が断ると、今度は随分とその理由を求められれた。
私は、この頃耕介のことは特に嫌いではなかったし、普通に友達として付き合っていることは楽しかったが、男から告白されることにはいまだに強い違和感を持っていた。
私はこの時、詩織という恋人がいたので、それをもって「彼氏がいる。」と伝えてもよかったのだが、なんとなくそれはウソになるような気がして、「今は誰とも付き合いたくない。」という漠然とした理由を貫いた。

耕介は一応納得してあきらめた様子だったが、どういうわけか、その後もずっと友達の関係を続けている。
(もし、自分が耕介の立場だったら、友達でいられるだろうか?)

耕介は2回目の告白以降、時々挨拶をするように告白してきた。
「美保ちゃーん。気持ちは変わった?」
「変わんない。」
「相変わらず冷たいねぇ。俺はずっと待ってるからね。」
「気持ち悪いなぁ。早く彼女見つけなよ。」
「美保ちゃんが『うん』って言ってくれればすぐ見つかるんだけどな〜。」
「無駄だからやめなよ。」
こんな会話を定期的に繰り返している。
耕介は本当に私のことが好きなようだ。
告白したくらいだから当たり前のことではあるが、耕介には他に彼女を作った様子もないので、今のところは本当に私一筋なのかもしれない。

普通2回もフラれたら、友達づきあいもしにくくなるものだが、耕介がこうして友達の関係を続けてくれていることは、大学での友達づきあいに苦労していた私にとってはありがたかった。
私は、男女の湿っぽい関係より、やはり男同士のような友達関係が心地よかった。

だから、耕介は少しでも私のことを理解しようと思って、積極的に私の好きなテレビゲームという土俵にあがって来ているのかもしれない。

一方で、修一は耕介とは見た目も性格も正反対だ。
身長は170弱で、少しぽっちゃりしている。
色白でメガネをしており、一見気の弱いオタク風だ。
修一は自分から積極的に会話をするタイプではない。
話をしていても、気の利いたことを言うわけでもなく、お世辞にも女の子にもてるタイプではない。
もっとも私も裕也の頃は、女の子と話をするのは本当に苦手だったので、修一が女の私に見せる顔と男の耕介に見せる顔では違うのかもしれない。

耕介はそんな修一をいつも子分のように連れまわしていた。
修一は使いっぱしりのようなこともやらされていたが、修一自身もいやいや付き合っている様子はなく、むしろ耕介のお陰で交友関係が広がり、楽しく付き合っているようだった。

私たちは耕介の部屋でテレビゲームを始めた。
「あれ?くそっ!あっ・・・・」」
耕介は頭を捻りながら、ゲームのコントローラーを握り締め、画面に向かって呟いている。
「あんまり腕上がってないみたいだね。」
私は耕介のテクニックを冷静に分析しながら、得意の格闘ゲームで耕介をいつものようにやっつけた。
「おっかしいな〜?」
「ホントに腕上げたの?」
「上げたよ。うん、もう美保のやり方はわかった。次は勝てる。もう一回やろう。」
耕介はそのときの気分で「美保ちゃん」と呼んだり「美保」と呼び捨てにしたり私の呼び方を変えた。
「いいけど、同じだと思うよ。」
私は、相変わらずゲームの下手な耕介の願いを聞いた。

結果は同じだった。
耕介相手では本気になる前に決着がついてしまう。
「ちくしょー!ちょっと美保は強すぎるよ。修一!次お前やれよ。」
耕介はあきらめて修一と交代した。

女への免疫のない修一は、私と遊ぶことが多分うれしいのだろう。
いっしょにゲームをするというだけで、なんとなく耳が赤くなっており、照れているのが見ていて分かる。
だが、修一はかなり手ごわかった。
いつも私とは接戦になり、最後にはどうにか私が勝つ、というのがいつものパターンだ。
ゲームが始まると修一はのめり込む。
さっきまで照れて赤くなっていた顔色が、ゲームに集中して今度は紅潮してきていた。

今日も接戦になった。
そして、いつものようにどうにか私が勝った。
「危なかった〜。」
私は素直に感想を言った。
「もう少しじゃねえか、修一。もう一回やれよ。今のはウォーミングアップだよな。」
耕介が修一の気持ちを代弁した。
「修ちゃん、もう一回やる?」

私は修一のことは「修ちゃん」と呼んでいる。
耕介のことは「耕介」だ。
耕介は修一のことを明らかに年下として扱っている。
私も基本的に耕介目線なので、私と修一は同い年にも拘わらず、何となく修一のことを年下のように感じていた。
だからというわけでもないが、いつのまにか私は修一のことを弟を呼ぶような親しみを込めて「修ちゃん」と呼んでいた。

「うん、やる。」
返事の仕方も弟のようだ。
修一は私に負けたことが結構悔しそうだ。

2回戦が始まると、また接戦になった。
だが、今度は私が修一にやられてしまった。
いつも接戦にはなるものの、私が負けるのは10回やって1回くらいだったので、2回目にして私がやられたのは初めてだった。

「おお〜!!やったな修一。どうだ美保、まいったか。はっはっは。」
どういう訳だか耕介が自慢している。
「何で耕介が威張ってるのよ。勝ったのは修ちゃんでしょ。」
修一も珍しく「どうだ」という表情をしている。
「いいだろ。これでおれもがんばればお前に勝てることが分かったぜ。」
耕介は調子に乗っている。
「無理無理、耕ちゃんじゃ10年がんばってもムリ。修ちゃんとはセンスが全然違うよ。」
私は負けた悔しさも手伝って、耕介にキツイことを言ってやった。
「耕ちゃんって言うなって言ってるだろ。おふくろじゃねえんだから。」
耕介は「耕ちゃん」と呼ばれることを嫌がっている。
私はそれを知ってて腹いせにそう呼んだのだ。

「耕ちゃんがあたしに勝ったらやめてやるよ、ねえ耕ちゃん。」
「ちぇっ、くそっ。絶対に勝ってやるからな。覚えとけよ。」

私はこうして3人と遊んでいるとき、時々思うことがあった。
(もし、自分が裕也だったらこの2人と友達になっただろうか?)
耕介は、私が女だから声をかけてきたに違いない。
だから、私が裕也だったら積極的に声をかけてくることはなかっただろう。
一方で私から耕介に声をかけることもしなかっただろう。
ただ、修一とは波長が合いそうなので、友達になったかもしれない。
そうなったら、たぶん二人して耕介の使い走りだったかもしれないな、などと考えていた。

「腹へったな。」
ひとしきりゲームで遊んで、耕介がそういった。
「そうだね。」
6時を過ぎ、私もお腹が空いてきていた。
修一は何も答えないが、きっと同じだろう。
「今日は、外に食べに行こうぜ。美保ちゃんも行くだろ?」
「そうね。たまにはいいかも。」
私は、友達と夕飯を食べることは滅多になかった。
いつもは、ちゃんと家に帰って夕飯を取っていたが、今日は母が外出していて帰りが遅くなるので、自分の分は自分で済ますことになっていた。
だから今日、耕介たちと夕飯をとることは私にとっても都合がよかった。

「おっ!?珍しいね。誘ってみるもんだ。これで寒い思いをしないですむよ。」
そう言って、耕介は私の目を見た。
「はあ?そういうことね。わかったよ、車出すよ。」
「やったー!じゃあ、せっかくだから隣町のパスタ屋に行こうぜ。」
そのお店はちょっと遠いが安くてボリュームがあるので有名だった。
二人はクルマを持っていない。
この辺りは公共交通機関の便はよくない。
普段の移動方法は二人とも原付だ。
さすがに12月になると原付で遠出するには覚悟が必要だった。
「しょうがないな〜。もう、調子がいいんだから。」
私は二人の気持ちはよく分かったので同意した。

今日は12月最初の金曜日だ。
今月に入ってから、急に寒さが厳しくなっていた。
今日は北風も強く、原付で移動するにはちょっと厳しい寒さだった。

今日の私は、ネイビーの厚手のニットのワンピースを着て、黒いタイツに黒いドライビングシューズを履いていた。
外を歩くときのために、ダッフル風のフード付きコートを後部座席に置いてある。

「このクルマいいよな〜。」
助手席に乗り込んだ耕介が言った。
「クルマのこと、分かるの?」
私はクルマを始動させ、ゆっくりと暖機運転をはじめた。
「分かるよ。今このサイズのクルマでマニュアル作ってるのは、日本ではこのメーカーしかないからね。貴重だよ。」
「へえ〜、詳しいね。」
「まあね。おれも一応免許持ってるし、マニュアルも運転できるよ。」
「そんなの当たり前でしょ。」
「そうでもないぜ。まあ、マニュアルを運転することなんか普通ないからね。」
耕介もクルマは好きそうだが、おそらく実戦経験はあまりないだろう。
修一は狭い後部座席で黙って会話を聞いている。

「それにしても、美保ちゃんがこんな硬派なクルマ乗ってるなんて、ホントに意外だよなあ。イメージと全然違うからね。」
耕介は会話を続けた。
「よく言われるよ。でもそのギャップがいいでしょ?」
シフトがようやく暖まってきたので、私は少しペースを上げた。
「そうなんだよ。俺は美保ちゃんのそういうところが好きなんだよ。だから付き合ってくんない?」
耕介は、修一の存在を全く気にしないように私を口説いてきた。
「くんない、くんない。」
私は耕介の独特のしゃべり方を真似して、いつものように拒否した。
「何でかなあ、俺のどこがダメ?」
「別にどこもダメじゃないよ。あたしは彼氏を作る気はありません。」
「何だよそれ。じゃあ、彼女なら作るのか?」
「ああ、そうかもね。」
私は詩織のことを思い浮かべた。
「聞いたか?修一。美保ちゃん、女が好きなんだと。お前、あきらめろ。」
耕介は後部座席に顔を向け、修一に話しかけた。
「えっ?はっ?」
突然振られた耕介の言葉に修一は動揺したのか、うまく言葉を返せない。
「耕介、からかうのはよしなよ。」
「別にからかったわけじゃないよ。」

おそらく修一も私に気があるのだろう。
いや、たぶん修一は本当にウブなので、女なら誰でもいいのかもしれない。
たまたま友達づきあいをしている私のことが気になるのは当然のことだ。

今は金曜日の夕方ということもあって、道が混んでいる。
「ちょっと、裏道行くね。」
私はそういって、細い路地に入っていった。

「よくこんな道知ってるね。まったく意外だな〜。女の子は普通こんな細い道通りたがらないでしょ。それを自分から進んで行くとはね。しかも、何その運転テクニック。ゲームもうまいけど、運転はゲーム以上に上手いね。」
「・・・。」
私は、狭い路地は最大限に気を遣って予測運転をしているので、耕介の会話にはあまり反応しない。
父の教えどおり、公道では安全運転第一だ。
だったら、危険な裏道などは通らなければいいものだが、渋滞で手をこまねいているのも性に合わない。
「まったく、笑っちゃうほど上手いね。美保ちゃんまだ初心者マークだろ?男でもこれだけ運転できる奴はそういないよ。っつうかうちの大学にマニュアル乗ってる奴なんか見たことねえな。昔は自動車部があったらしいけど、今は無いからな〜。」
耕介はしきりに感心していた。
運転に集中しながらも、私の運転テクニックを認めている耕介の言葉は素直にうれしかった。。

目的のパスタ屋についた。
もうすぐ7時だ。
「今日はどこも混んでるな〜。」
店の外までお客が溢れているのを見て、耕介はため息をついた。
私はダッフルコートを羽織って、3人で店の外に並んだ。
「美保ちゃん、寒いから車で待ってていいよ。」
「ありがとう。でも、いっしょに並ぶよ。」
耕介は、こういうところによく気を回す。

この身体になった当初、私はユウから女の子扱いされることが面白くなかった。
私の中の男のプライドがそれを良しとしなかった。
美保は小柄で色白なので、確かにちょっと男子が手助けしたくなるようなルックスだ。
美保のその見た目のせいなのか、女子一般がそうなのかは私には分からないが、日常生活でユウ以外の男子からも同じような扱いをしばしば経験するうちに、やがてその扱いが気にならないようになっていった。
むしろ今はその扱いに自然と甘えることができるようになっていた。

「美保ちゃん、飯食ったら俺んとこで一緒に飲まない?」
順番を待ちながら耕介が私に話かけてきた。
「飲むって、お酒?」
「他に何飲むんだよ。」
「あたしはクルマだからダメだよ。」
「いいじゃん、たまには。俺んとこに泊まっていけよ。」
「やだよ、耕介と一緒じゃ危なくて。」
「俺、今日は修一のとこで寝るよ。」
修一も耕介のアパートの近くに下宿している。
「また、そんな勝手なこと言って。修ちゃん迷惑でしょ。」
「大丈夫だよ、修一のとこにはよく泊まってるから。」
「耕介に聞いてるんじゃないよ。修ちゃん、いいの?」
「僕は大丈夫・・・」
「ほれ、決まり。な、美保ちゃん、飲もう。」
耕介は修一が言い終わる前に言葉を重ねた。
「う〜ん、まあ、いっか。」
この週末は詩織とのデートの予定はなかった。
「よーし!じゃあ、帰りに酒屋寄って行こうぜ。」
結局、耕介の強引な誘いに押し切られた。

私は母に今日は女友達のところに泊まるとメールをした。
母からはあっけなく了解のリターンが来た。

3人で夕食をとり、帰り道の酒屋でお酒とつまみを買って耕介のアパートに戻ると、時刻は10時近かった。
「まったく今日はどこ行っても混んでたな〜。」
耕介はぶつぶつ言いながら部屋の鍵を開けた。
耕介の部屋は男くさい独特のにおいがする。
部屋の中はすっかり冷えてしまっていた。
耕介は手早くコタツのスイッチを入れた。
そして押入れから電気ストーブを取り出した。
「美保ちゃん、これ使いなよ。電気代がかかるから普段は使ってないけど、今日は特別だぜ。」
「はい、はい、ありがと。」
耕介は恩着せがましい言い方をしたが、きっと本当のことなので私は素直に感謝している。

私たちは小さなコタツに3人で足を突っ込み、まずは買ってきたビールで乾杯した。
「どうだ、修一。ビールだぜ、ビール。いつも飲んでる『その他の雑酒』じゃねえぞ。」
「何言ってるのよ。みんなあたしが買ったものだよ。」
そう、結局酒屋では私が支払ったのだ。
二人ともウチが裕福なことを知っており、私が気を遣って支払いを申し出たことに素直に甘えてくれた。
「悪いねえ、美保ちゃん。出世払いでいい?」
「払う気あるんだ。期待しないで待ってるよ。」
「修一、お前出世したらちゃんと払えよ。だから、心して飲め。俺も心して飲む。」
耕介はいつもの調子で修一に話しかけているが、修一はニコニコ頷いているだけで、相変わらずほとんどしゃべらない。
本当に無口だ。
いや、修一は女の私がいるからしゃべらないのかもしれない。
耕介とはもっと会話をしているはずだ。
私自身、裕也だったときのことを思うと、修一の心理は何となく分かるような気がした。

「っつうか、お前ら未成年だよな。だが、今日は特別におれが許可してやるよ。」
「はあ?無理やり未成年を誘っといて何で上から目線なのよ。あんたも同罪だからね。」
本当に耕介はお調子者だ。
だが、それが決して他人に不快感を与えないのは、耕介が私たちより少し余計に人生を経験しているからかもしれない。

三人とも程よくアルコールが回ってきたところで、お酒が無くなってしまった。
「美保がこんなに飲むんならもっと買ってくりゃよかったな〜。」
耕介はもっと飲みたそうだ。
「そう?でも、もうあたしはいらないよ。」
私はもう十分酔っていた。
お酒を飲むようになったのは大学に入ってからだが、今日はいままでで一番飲んだかもしれない。
(美保の身体は意外とアルコールに強いかも)
そう思っていた。

「ちょっとコンビニに行って酒買ってくる。」
耕介はそういって立ち上がった。
「え?今から?結構遠いよ。原付乗っちゃダメだよ。」
「分かってるよ。」
「あ、お金大丈夫?」
私は一応耕介に確認した。
「大丈夫だよ。今度は俺が払うよ。」

耕介が部屋から出て行くと急に静かになった。
修一は黙ってつまみをつまんでいるが、アルコールのせいで顔が真っ赤だ。
私と二人きりになってしまって、緊張しているのが分かる。
こっちまで緊張が伝わってくる。
「ちょっとトイレ・・・」
私は、その緊張感から逃れようとトイレに立った。

(少し暑いな・・・)
身体もすっかり温まっていた。
私は用を済ますと、履いていたタイツを脱いで素足になった。
(ちょっと修一には刺激が強いかな・・・)
そう思いながらも、修一がどういう反応を示すか試してみたくなった。

部屋に戻ると、修一は相変わらずつまみを食べている。
(修一はコタツに入って何かを食べている姿が似合うなあ)
そう思うと、ふと修一が可愛くなった。

部屋もすっかり暖かくなっていたので、私はコタツに入らずにわざと修一から私の足が見えるように座った。
修一は、私がタイツを脱いだことを目で確かめた。
私は修一を注意深く観察していたので、私の足を確認した瞬間、修一がまた緊張したのが分かった。

「ねえ、修ちゃん。いつも耕介と何話してるの?」
私は、身体を乗り出し、コタツにひじを掛けて修一に話しかけた。
「えっ?べ、別に、いろいろ話してるけど・・・」
私が急に距離を縮めたので、修一は身体を後ろにそらしながら答えた。
が、私の漠然とした質問に、修一はうまく答えられない。
「彼女の話とかするの?」
少し具体的に聞いてみた。
「えっ?し、しないよ。」
修一は私の質問にいつも「えっ?」と軽く驚いてから答える。
「ふ〜ん。」
私はそう言いながら、足の崩す方向を変えた。

その時、修一のメガネの奥の瞳が、また私の足を追いかけているのが分かった。
(やっぱり、気にしてる・・・)

アルコールのせいだったかもしれない。
この時私の心に悪魔が囁いた。

『修一を誘ってみな』

「ねえ、修ちゃん、好きな娘いるの?」
「えっ?べ、別にいないけど・・・」
修一は何を聞いても同じような答えだ。
「そう・・・、じゃあ、女の子の胸触ったことある?」
私は突飛な質問をしてみた。
「えっ?な、ないよ・・・」
予想通り修一は動揺している。
「触ってみる?」
私はさらに身体を乗り出し、修一の前に胸を突き出した。
「えっ・・・」
「いいよ。触って。」
「い、いいよ・・・」
修一は言葉では遠慮しているが、明らかに触りたそうだ。
「ほら。」
そう言って私は修一の手をつかみ、私の胸にくっつけた。
「あ・・・」
修一は慌てて手を引っ込めた。

私は、コタツの修一の側に行き、ひざが触れそうな距離に座りなおした。
そして、もう一度修一の手を取り、私の胸にくっつけた。
修一は、今度はそれほど抵抗しなかった。
「どう?」
私は修一の手を胸にくっつけたまま、修一を見つめた。
「どうって・・・・」
修一は真っ赤なってうつむいている。
心臓の音が聞こえてきそうだ。
「ほら、自分でつかんでみてよ。」
私はさらに修一を誘った。
すると、修一は自分から私の胸をつかみ、軽く揉むように力を入れてきた。
「あ・・・」
私は軽く声を漏らし、感じているような表情を作った。

「修ちゃん、両方触って・・・」
修一は私の誘いに乗って、両手で両胸を一度に触ってきた。
修一が少しずつ大胆になってきているのが分かった。
「どう?」
私はもう一度修一に尋ねた。
「う、うん、柔らかいよ・・・」
「でしょ?ふふふ」

修一は私の胸を触りながら、私の脚にも度々視線を落としていた。
「ねえ、パンツ見たい?」
私は調子に乗って誘惑を続けた。
「えっ・・・・」
「見ていいよ。」
私は、ワンピースの裾を少しずつめくり上げ、そして白いパンティーが見えたとことでまたすぐに元に戻した。
「見えた?」
「・・・・」
修一は赤くなったまま黙っている。
だが、修一は私のワンピースの裾の動きを凝視していたので、見えたはずだ。

私は、もう一度裾をめくり上げ、完全にパンティーが見えている状態で修一の様子をうかがった。
修一は私のパンティーを見た後、驚いたような表情で私の顔を見上げ、そして視線をそらした。
(ホントにウブなんだな)
私は修一のことが本当に可愛く見えた。

その時、ドアの開く音が聞こえ、私は慌てて自分の位置に戻った。
「お待たせ。」
耕介がコンビニの袋を重そうにぶら下げて戻ってきた。
「寒かったでしょ。ストーブ使いなよ。」
私は、そしらぬ顔で電気ストーブを耕介のほうに向けた。
「サンキュー。あれ?美保ちゃんタイツどうしたの?生足?いいねえ〜。」
耕介が私の脚をみてにやけた。
「何いやらしい目してんのよ。」
私は両手でワンピースの裾を引っ張って脚を隠した。

修一はうつむいたまま、私たちのやり取りを無視している。
「修一どうした?飲みすぎたか?横になってていいぞ。」
「うん・・・」
修一はちょっと元気のない返事をした。

「よし、美保飲みなおすぞ。ギネス買ってきた。俺好きなんだ、これ。」
「へえ、あたし飲んだことない。」
「飲んでみなよ、ほら。」
耕介は私にギネス缶を渡した。
私は缶を開け、ギネスを一口含んだ。
「なにこれ?」
私は渋い顔をした。
初めて飲んだ黒ビールはあまり美味しいものではなかった。
「ははは、お子ちゃまにはまだ早かったかな?」
そういって耕介は私の頭を撫でた。
久しぶりに男のプライドが頭を擡げ、少し不愉快になった。
「ふん、平気だよ。」
私は、思い切ってごくごくと飲んだ。
「あーあー、ムリすんなよ。残してもいいんだぜ。」
「やだ、残してやんない。」
「ははは、ムキになるなって。」
私は、気を遣わないやり取りですぐに気が晴れてきた。

(ちょっとのみすぎたかな。)
そう感じた頃、耕介と修一は修一のアパートに帰っていった。
その晩、私は耕介のパジャマを借りて、男くさい耕介の布団で寝た。
(男同士なら、もっと気楽に飲めるのかな。)
そんなことを考えながらも、酔っ払った私の身体はすぐに眠りに落ちた。

。。。。。。。。。。。。。。。

次の朝、私が帰り支度を整えていると、耕介がアパートに戻ってきた。
修一は連れていないようだ。
「あ、おはよう、耕介。」
「ああ、おはよう。」
挨拶をかわしつつも、なぜか耕介の表情が固い。
「昨夜はありがとう。おかげさまでよく眠れたよ。」
私は耕介にお礼を言った。
「美保、お前ゆうべ修一に何した?」
耕介は、私のお礼を無視して話をはじめた。
「えっ?何って、別になにも・・・」
私は耕介のただならぬ雰囲気に驚いた。
耕介は静かに私の様子をみている。
「胸を触らせたり、パンツ見せたりしたって本当か?」
耕介は、修一から昨夜の私の行動を聞いたに違いない。
「ちょっと修ちゃんと遊んだだけだよ。」
私は、もしかしたら耕介がヤキモチを焼いているのかもしれないと思って言い訳をした。
「遊び?遊びってどういうつもりだよ。修一をからかったのか?」
耕介の表情には怒りが感じられる。
「・・・・」
私は耕介の気に押されて言葉がでない。
「まあいい。だいたい修一から聞いたから。あいつは説明は下手だが、うそつくような奴じゃない。」
「うん・・・。」
「修一だってお前のこと好きなんだぜ。それを、その気もないのに思わせぶりなことしやがって。少しは修一の気持ちを考えたことあるのか?」
「ごめん・・・。」
「お前は修一のことなんか眼中にないんだろうが、だからといって傷つけるようなことするなよ。」
「そんなつもりはないよ・・・。」
私は、耕介も修一も大事な友達だと思っていた。
だが、昨夜の自分の行動を振り返って見れば、修一のことを軽く見ていたと取られても仕方がなかった。
いや、無意識のうちにそう見ていたのかもしれない。
「お前がそんな女だったとは思わなかったよ。男だったら一発ぶん殴っているところだ。」
いっそ殴ってくれたほうがどんなに楽だろうか。
「悪気はまったくなかったの。本当にごめんなさい。」
「わかってくれればいいよ。今回は酒が入ってたせいもあるだろうし。だが、もう二度とするなよ。次は許さないぜ。」
「うん・・・・」
「今日はもう帰れよ。修一はちょっと動揺しているから、しばらくは会わないでくれ。」

私は、耕介とはちょうど高校時代の翔とのような関係を望んでいたし、現にそうあると思っていた。
翔もどちらかといえば親分肌で面倒見がよかった。
だが、耕介が私に男女の関係を求めてきていることを考えれば、そんな関係が成り立つはずもなかった。
むしろ耕介にとっては、耕介が翔だとすれば、修一が裕也にあたる関係だったのかもしれない。

耕介は二浪していて他の多くの同級生より年上なので、クラスの中でいい友達関係を築くために自分の位置づけには細心の注意を払っていた。
現に、クラスの中で皆から慕われているのは、私にはとても真似ができないような気の遣い方をしているからだろう。
修一に対しても、普段は子分のような扱いをしているが、あれは彼独特の愛情表現であり、耕介の気遣いは修一もよく分かっているはずだ。
だから、きっと修一は耕介の前では本当の自分を表現できているのに違いない。

私は、耕介の気遣いに甘えているうちに、知らず知らずのうちに修一を軽く見るようになっていた。
そして、その結果、修一に対して軽率な行動をしてしまった。

感覚の鋭い耕介には私の気持ちが丸見えだったのかもしれない。

耕介は自分自身を傷つけられるより、親友である修一を傷つけられることが許せなかったのだろう。
だから、昨夜私が修一にした行動がどうしても許せなかったに違いない。
いや、その行動そのものより、私が修一を下に見ていたことが許せなかったのかもしれない。
耕介も一見修一を下に見ているかのような態度をとっているが、実は修一に対しては細心の気遣いをしており、決して軽く見ているわけではないことを改めて私は悟った。

私はその繊細な関係を壊してしまった。

もし、私が裕也としてこの二人と付き合っていたとしたら、耕介は私を甘やかすようなことはしないだろう。
だから、私も調子に乗って修一を傷つけるような行動はとらなかっただろうし、自然と友達関係のバランスを取っていたに違いない。

『お前がそんな女だったとは思わなかったよ。』
耕介に言われた言葉が頭から離れない。
女の私に、私が望むような男友達との関係を得るのはもう無理なような気がした。

酔っていたとはいえ、私は昨夜の自分の行動を心底悔やんだ。

この出来事の後も、耕介と修一との友達づきあいは継続したが、それ以前のような気楽な関係には戻れなかった。

そして、それ以降、耕介が私に告白することも二度となかった。

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