サブストーリー2 〜詩織の戸惑い〜


もう時刻は夜の11時を過ぎた。
詩織は、美保からの報告を待っていた。
今日の夏祭り、詩織は予定通り美保と裕也を二人だけにした。
遠目に見て、二人はいい雰囲気だった。
密かに裕也のことが気になっていた詩織にとっては、内心は複雑ではあったが、親友の美保からのうれしい報告を期待していた。

詩織が部屋のベッドに腰掛けもう寝ようかとくつろいでいたとき、詩織のケータイが着信を知らせた。
美保からだ。
やっと来た。

「遅いよ〜、美保。待ちくたびれちゃったよお。」
詩織は、少し口を尖らせながらケータイに話しかけた。
『もしもし・・・』
ところが、ケータイ越しに聞こえた声は、なんと男の声だった。
「えっ!?」
詩織は驚いた。
『もしもし、詩織?』
「えっ?だ、誰?」
美保の着信から聞こえてきたその意外な声に、詩織は動揺した。

『詩織、落ち着いて聞いて・・・。わたし美保なの。』
「美保って・・・、でも声が・・・。」
『そう、ユウくんの声でしょ。』
「そ、そうだよ、ユウくんの声だよ。い、石川君でしょ?」
『違うの。わたしは美保。』
「美保って・・・、何言ってるのよ。石川君の声だよ。」
『詩織、落ち着いて聞いて。わたしは美保なの。今日ユウくんと身体が入れ替わったの。』
「はあ?なにそれ。石川君ふざけないで。美保そばにいるんでしょ?代わって。」

詩織には到底納得できなかった。
裕也の声の電話の主は、詩織を納得させるためにいくつかの情報を伝えた。
詩織の誕生日や好きな芸能人、詩織が中学のときに好きだった男の子のことなど、美保しか知り得ない詩織の情報を話した。

「もう、そんなことまで美保は石川君に教えたの?ひどい。」
『違うよ詩織、信じて。わたしは本当に美保なの。』
「ねえ、じゃあ、今日石川君たちと会うまでのこと言ってみてよ。」
今度は詩織が質問してきた。
電話の主は、美保が裕也たちと意図的に会うことにしたこと、美保と裕也が二人きりになれるように詩織が行動したこと、そのことはあらかじめ二人で立てた作戦だったこと、などを答えた。
「うそ・・・、ホントに美保なの・・・?」
『ホントだよ。だからお願い、詩織、落ち着いて聞いてくれない?』
電話から聞こえる裕也の声は真剣だった。
「う、うん・・。わかった。」

『今日ね、あたしとユウくんは身体が入れ替わっちゃったの。』
「もう、信じられないけど・・・、続けてよ。」
『そう、あたしも信じられないんだけど・・・。本当なの。』
「なんか、オカマみたいだよ。」
『うん。ごめん。でも今この声しか出せないから我慢して聞いて。』
電話の主は続けた。
『今日あたしたちが入れ替わったことは、もしかしたら偶然じゃないかもしれないの。』
「えっ?偶然じゃないって、どういうこと?」
『うん。あたしね、ある雑誌に人が入れ替わることついて書かれていたものを読んだことがあって、ずっと興味を持っていたの。それで、人の入れ替わりについて調べたことがあるのよ。』
裕也声の美保はそういって、入れ替わりに関する論文を見つけたことを説明した。

「それが原因で入れ替わったってこと?」
『わからない。でも結果としてこうして入れ替わってしまったのよ。たぶん、いろいろな条件が偶然に重なって起こったことなんだと思うけど。』
「そんなことが本当に起こるなんて・・・」
『実は、その論文によれば、一度入れ替わった二人が元に戻った記録はないの。』
「ええっ!?じゃあ、ずっとそのままなの?」
『たぶん・・・。元には戻れないと思う。』
「そんなあ・・・。これからどうするのよ?」
『その論文は、あたしの日記の中にコピーを挟んであるの。日記は美保の部屋にあるから、
今は手元にないんだけど、その論文によると、入れ替わった人間て早く死んでしまうことが多いの。』
「ええ?なにそれぇ。急に恐いこと言わないでよぉ。」
『特に男から女になってしまった人は10年生きられない・・・』
「もう、やめてよぉ。」
詩織は、恐怖でもうそれ以上は聞きたくない。

『詩織、落ち着いて聞いて欲しい。だから、そうならないようにするためにも、詩織に協力して欲しいんだ。』
「協力・・・?」
『そう、こんなこと頼めるのは詩織しかいない。』
詩織は少し落ち着いて、再び電話の声に耳を傾けた。
『あたしたちが入れ替わったことは、詩織は知らなかったことにしておいて欲しいんだ。その上で美保になったしまったユウくんを助けて欲しい。』
「え?どういうこと?」
『たぶんユウくんは、入れ替わった現実を受け入れることができないと思う。無理やり慣れない身体にさせられて、精神的にもたないかもしれない。だから、そこを詩織によくフォローして欲しいの。とてもわがままなお願いだということは分かってる。でも、こんなことを頼めるのは詩織しかいないのよ。』
「うん・・・。でも、入れ替わったことを隠しておく必要はないんじゃないの?」
『あたし、ユウくんにはタイミングを見て、入れ替わってなかったことにしようと思ってるの。あの論文にはハッキリとは書かれていないけど、おそらく、入れ替わってしまったと思っていることが本人を精神的に追い詰めるのだと思う。』
「でも、ユウくんもハッキリと入れ替わったって思っているんでしょ?」
『うん。』
「美保の言うようにできるのかなぁ。」
『できるよ。だから、とにかく、詩織は知らないことにしておいて。』
「うん。それは構わないけど・・・。」
詩織はいろいろな意味で半信半疑だ。

『さっきも言ったけど、たぶんあたしたちはもう元に戻らない。だから、あたしはこれからは裕也として生きていく覚悟を決めたの。あたしユウくんのことが好きだったんだけど、一方ではユウくんの立場を羨ましく思ってた。正直に言うと、心の奥では、ユウくんになりたいとも思ってた。もしかしたら、その気持ちが入れ替わりを起こさせたのかもしれない。』
「そんなぁ・・・。」
詩織は美保の意外な告白に驚いた。
『だとしたら、あたしがユウくんを巻き込んじゃったのよ・・・。』
そういって、美保は裕也の声で言葉を詰まらせた。
「美保・・・、大丈夫?」
『ご・・ごめん・・。だから、せめてユウくんには幸せになってもらいたい。だから、絶対に論文のようにはさせたくない。だから、お願い、詩織、あたしのいうとおりに協力して・・・』
「わかったわよ・・・。」
『詩織まで巻き込んじゃって・・本当にゴメンね・・。』
「うん、でも美保のせいかどうか分からないじゃない。そんなに責任感じなくてもいいんじゃない?」
『ありがとう、詩織。』
「でも、あたしはまだ半信半疑だからね。石川君の演技力騙された可能性もあると思っているからね。これからの二人の様子をよく観察して判断させてもらうんだから。」
『うん、それはしょうがないよ。』

(ホントかな・・・)
電話を切って、詩織は改めて思った。
美保のケータイから電話してきた裕也の声の主は、自分は美保だと言っていた。
その美保は確かに詩織と美保しか知らないはずのことを知っていた。
そして、その美保は裕也と身体が入れ替わった、と言っていた。

やはり、信じられない。

やっぱり、裕也に騙されたに違いない。
詩織はそう思い眠りについた。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。


次の日、詩織は、昨夜の美保の告白のことが頭を離れなかった。
(人が入れ替わるなって・・・)
(すっかり騙されてしまったのかな・・・)

そんなことを考えているとき、ケータイにメールの着信があった。
美保からだ。

『今からあたしのケータイに電話して。こっちは一旦保留にして切る。そのあと、ユウくんの美保から詩織に電話させるから、昨日のお祭りのことを聞いて適当に話を終わらせて。』

ユウからの依頼だった。
詩織は美保が本当にユウくんになっているのか確かめるいい機会だと思った。
『了解。』
そう返信して、美保のケータイに電話をかけた。
予定通り、美保のケータイが応答を保留したので一旦切って、美保がかけてくるのを待った。

着信を待ち構えていた詩織は、呼び出し音が鳴ったと同時に電話に出た。
「美保?」
『うん。』
美保のぎこちない声が聞こえた。
「なんで、出てくれなかったのよ?」
『ごめん、ちょっと体調が悪くて・・・。』
「え〜ほんと〜?昨日あんまりうまくいったんでバチがあたったんじゃないの?」
『うん。疲れが出たみたい。』
いつもの美保とは感じの異なるしゃべり方の裏で、賑やかな音が聞こえてきた。
「でも、なんか周りが賑やかだけど・・・?」
詩織は、知っていてちょっと突っ込みを入れてみた。
「ああー!?。ユウくんいるの?」
詩織は内緒話のように話した。
『ええっ!?』
電話の声が動揺した。
「それで、すぐに出なかったのねぇ。いいなあ。美保、ユウくんのことずっと気に入ってたもんね。まあ、美保の声が聞けたから、今はこれくらいにしておくね。あとで、報告よろしく。」
調子に乗ってあまりしゃべると、馬脚をあらわしてしまいそうなので、詩織は会話を切り上げることにした。
『ゴメン。』
「いいのよ〜、じゃあね。」

明らかに、いつもと様子が違っていた。
本当に入れ替わったのかもしれない、と詩織は思った。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


その夜、ふたたび詩織のケータイが着信を知らせた。
今度は裕也からだ。
詩織のケータイに裕也が電話をかけてきたのは初めてだった。
(どうしたんだろ?)
(昼間の電話で何かばれてしまったのかも・・・)
詩織は一抹の不安を抱えながら、電話に出た。

「もしもし?」
『もしもし?詩織?』
裕也の声だった。
昨日は美保のケータイから裕也の声で電話があった。
今、裕也のケータイから裕也の声がしている。
しかし、もし本当の裕也であれば、自分のことを『詩織』とは呼ばないはずだ。
「うん、詩織。もしかして、美保なの?」
『そうだよ。』
「でも、ケータイどうしたの?」
『取り替えた。』
「ええ?どうして?美保のケータイをユウくんに渡しちゃヤバくない?」
『大丈夫。ヤバい履歴は消してから渡したから。それに、お互いに早く慣れたほうがいいでしょ。』
「そりゃそうだけど・・・」

詩織は美保の行動に迷いがないことに驚いた。
一方で、美保らしいとも思った。
美保は一度決めたら、とことんやり抜くところがあった。
詩織は、美保のそういうところが好きだったし、憧れてもいた。

『詩織、今日はありがとね。』
「うん。で、うまくいったの?」
『うまくいったことはいったんだけど・・・』
ユウの言葉が止まった。
「いったけど・・、どうしたの?」
『うん。やっぱり、ユウくん、ちょっと精神的に不安定になってるみたい。明日の部活は来るように言ったんだけど、行きたくなさそうだった。』
「そりゃ、そうかもね。」
『だから、悪いけど、明日ユウくんが部活に出てきたらうまくやってね。』
「うん、わかったよ。もう騙されついでだよ。」
『ありがとう、詩織。その言葉聞いて安心した。本当に騙されたと思ってでいいからお願いね。』

詩織は、少し気を許して減らず口を叩いたが、電話の相手はそれを上手に受け止めてくれた。
電話の相手は、本当に美保だったに違いない。
詩織はそう感じていた。
今、電話のやり取りをして、詩織は二人が入れ替わったことを確信しつつあった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


詩織は心配していた。
やはり、ユウくんは部活に来ないのだろうか。

もう部員はほとんど集まっている。
そして、準備運動のストレッチが始まろうとしたとき、美保が部室の方から慌てて走ってきた。
(あ、ユウくん来た!)
美保は詩織を見つけ隣にやってきた。

「おはよう、遅かったね。」
詩織が美保に話しかけた。
「・・・・・」
美保は、息を弾ませながら、無言で右手をちょこんと挙げた。
(あ、なにそれ、美保の仕草じゃない・・・)
詩織は、美保のその見慣れない動作がちょっと可笑しかった。

ストレッチをしながら、詩織は横目で美保を観察した。
美保は裕也のほうをチラチラ見ていた。

「なあに?彼のこと気になるの?」
詩織は美保に話しかけた。
「えっ?」
美保は驚いた表情をしている。
「体調は悪くないみたいね、って仮病だっけ?」
詩織は笑った。
やはり、美保はいつもの美保ではないようだ。
表情も固い。

「ねえ美保、昨日はどこからかけてきたの?」
詩織は会話を続けた。
「え?」
「え?って、電話よ、で、ん、わ。」
「あ、ああ、ファミレス。図書館の近くの。」
「へえ〜、ってことはユウくんと食事?」
「う、うん。まあね。」
「えええ〜?ホントにそうだったのお?もうデートしたんだあ。」
ぎこちないながらも、少し会話が弾んできたところで、先生がこちらを見たので、詩織はおしゃべりを止めた。

その後、詩織は美保と組んでストロークの練習や、試合形式の練習をした。
やはり、いつもの美保ではなかった。
いつもの美保がわざとおかしくやっているとも思えない。
ユウの言うとおり、本当に入れ替わっているように思えた。
いや、詩織にはそうとしか思えなかった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。


練習が終わり、詩織は元気のない美保をお昼に誘った。
二人でよく行くパン屋に行くことにした。
パン屋では、詩織はいつものようにおしゃべりをした。
いつもと違って、美保はほとんど自分からは話しかけて来ない。
しかし、美保は詩織のおしゃべりを興味深く聞いていて、なおかつ上手に相づちを打っていた。

詩織はいつの間にかリラックスして美保とのおしゃべりを楽しんでいた。
いつものおしゃべりは美保が主導権を握っていた。
今日、詩織は自分が話したいことを自分のリズムでおしゃべりすることができている。
詩織にとっては、思いのほか気持ちよい会話となった。

初めは固かった美保の表情も、だんだん穏やかになり、そして、いつしか美保も自然な笑顔で詩織との会話を楽しんでいた。

二人がおしゃべりしながら美味しそうにパンを食べている姿は、誰が見ても、いつもの本当に仲良しの友達同士に見えた。

。。。。。。。。。。。。。。。。

(美保になったユウくんとうまくやっていけるかもしれない・・・)
詩織は、自分の部屋でくつろぎながら今日のことを振り返っていた。

詩織は、パン屋でおしゃべりを始めた時、美保のことを「入れ替わったユウくん」として意識していた。
ところが、会話をしているうちに、いつの間にかそのことを意識しなくなっていた。
普通に美保という女の子とおしゃべりをしている気持ちになっていた。
そう、正確には美保は美保でも今までの美保ではない。
新しい美保と言う友達ができたような気がしていた。
しかも、詩織はその新しい美保とは思いの他波長が合った。
本当にリラックスしておしゃべりができたし、一緒にいることが楽しかった。

今日の美保の表情を思い出せば、美保もリラックスして見えたし、今までの美保が見せたことのないようなやさしい笑顔も見られたような気がする。
きっと新しい美保も詩織と同じ気持ちでいるのではないか。
詩織は、そう思っていたし、そうであって欲しいと願った。

そんなことを考えているとき、詩織のケータイにメールが届いた。
美保からだ。
詩織は心が弾んだ。
メールの内容に関わらず、美保からメールが来たことが素直にうれしかった。

『明日、ユウくんと図書館に行くんだけど、お母さんには、詩織と行くって言ってあるんだ。』
ユウから誘いを受けたようだ。
新しい美保は詩織にアリバイ工作を頼んできた。
『何それ、ずる〜い。普通にユウくんと行くって言えばいいのに。じゃあ、そのかわり今度、あたしにも宿題教えてね。』
詩織はできるだけ以前の美保にメールを返すつもりで返信した。

やはり、今の美保はユウと一緒にいるのが一番安心するのかもしれない。

ふと、ユウが言っていた入れ替わった人間の不幸なその後のことが頭を過ぎった。
とたんに気持ちが重くなった。

3日前の夏祭り以降の美保と裕也を見る限り、ユウが言うように、二人は本当に入れ替わってしまったとしか思えない。
そんな途方もない話、未だに信じているわけではないが、二人が入れ替わっているにしてもいないにしても、詩織は今までどおり、美保とは親友として付き合っていくつもりだ。
もし、美保に元気がなければ励まし、悩んでいれば一緒に悩むつもりだ。

美保の未来を決して不幸なものにしてはならない。
そして、そのためなら、美保を全力で支えていこう。
詩織はそう誓っていた。

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