第1話 ファーストキス
第2話 プライド
第3話 薄れる違和感
第4話 ユウの変心
第5話 二つの人生
第6話 再会
第7話 小さな疑問
最終話 誓い

掲示板

第4話 ユウの変心

夏の大会は終わった。
うちの部からは男女とも結局誰も県大会に進めなかったので、3年生はこれで引退だ。

今日の部活は、昨日の大会の結果報告と、新しい部長の選出だ。

女子卓球部は、美保が部長の最有力候補だった。
今の2年生の中では、1、2の実力を持っている上、美保にはリーダーシップがあった。
美保が立候補すれば、すんなり部長は決まるはずだった。
だが、僕は部長に立候補しなかった。
できるわけがなかった。

さらに、昨日の大会でのひどい成績もあって、(美保でなくてもいいのでは)という雰囲気が生まれつつあった。

しかし、僕が立候補しなかったので、他に立候補する人もいなかった。
誰も立候補しなければ、推薦で決める。
詩織は僕のほうを見ていたが、僕の気持ちを察したのか、僕を推薦することはなかった。

結局、澤田由香里が推薦で部長になった。
詩織は副部長に推薦され、断りきれずにそれを受けた。

「もう、美保が部長なら、あたしが副部長でもよかったのに・・・。」
詩織は不満そうだ。
「ごめん。」
「美保も副部長手伝ってよね。」
「うん、わかった。」
僕は答えたが、副部長は部長の代理のようなもので、特段の役割があるわけではなかった。

夏の大会が終わってしまったので、残りの夏休み中の部活は自由参加だ。
ただ、副部長は部長と交代で部活の当番があったので、少なくとも半分は出なければならない。
今日は練習はなく、女子はこれからの体制が決まったので解散となった。

男子も終わったようだ。
ちょうど、ユウと翔が部室から出てきた。

「あ、香川さん。女子の部長は誰になったの?」
翔が僕に話しかけてきた。
香川さんだろ?という顔をしている。
「澤田さん。」
「えっ?澤田さん?」
意外な答えに翔は驚いた。
「で、副部長は詩織。」
僕は付け加えた。
「美保ひどいでしょー。立候補しないんだよ。」
詩織は笑顔で僕を責めた。
「ふーん、そうなんだ・・・。」
翔はうなずいた。
ユウも意外な表情をしている。

「男子は誰なの?」
今度は詩織が尋ねた。
「誰だと思う?」
翔はもったいぶっている。
「佐々木君でしょ。」
「ブー。俺は副部長。」
「え?だれ?」
「こいつだよ。」
翔はユウを指差した。
ユウは笑っている。
「へえ〜。なるほどね〜。」
なぜか詩織は感心している。

僕はびっくりした。
僕は部長のキャラではない。
実力は翔と1、2を争っていたが、役職に付くつもりはまったくなかった。
部長は翔で決まりと思っていた。

「ユウが部長に立候補、俺が副部長に立候補。対抗馬なし。で、すんなり決定。」
(はあ?何で勝手に立候補するんだよ。)
僕は、ユウの勝手な行動に少し不機嫌になった。
勝手も何もないのだが・・・。

以前、翔は僕に、「もし俺が部長になったら、お前副部長やれよ。」と言われたことがある。
僕は「やる奴が誰もいなかったら考えるよ。」と答えていた。
翔は部長に意欲を持っていたはずだ。
副部長で不満はないのだろうか?

「昨日のあいつの活躍を見れば妥当だよ。」
翔はそれが当然のように話を続けた。

翔、本当にそれでいいのか?
今のユウは本当の裕也ではないぞ。
どうして気がつかないんだ。

僕は翔が納得しているのが信じられない。
この1週間の間にどんな変化があったのだろう。
僕には分からなかった。

僕が黙っていると、詩織が僕につぶやいた。
「これも美保効果かな?」
「そんなことないよ。」
僕はぶっきらぼうに答え、その場を離れた。
「あ、美保。待ってよ。」
詩織は僕を追いかけた。

「ねえ、美保。どうしたの?なんか気に障った?」
(しまった。)
僕は、詩織のその言葉を聞いて、我に返った。
「あ、ごめん。ぜんぜん、そうじゃない。」
「じゃ、どうしたのよ。」
「うん、ユウ立候補しないって言ってたのに、してるから・・・。」
僕は、とっさに嘘をついた。
「はあ?そんなことでスネてたの?」
詩織はあきれた表情で言った。
理由は嘘だが、スネていたのは事実だった。
詩織の言葉は、なぜか僕の心に素直に入ってきた。
(なんで、あんな態度を取ってしまったんだろ・・・。)
僕は後悔した。

思えば、入れ替わってから、僕はこの繰り返しだ。
ユウはどんどん裕也に馴染んでいく。
僕はそれについていけず、勝手にスネる。
僕は、男のとき自分が最も嫌っていた「女々しい」ことを繰り返している。

「ユウくん、美保を驚かそうとしたんじゃないの?」
詩織は僕の作ったウソのユウを巧みにフォローした。
「そうかな・・・。」
「そうだよ。きっと、美保をびっくりさせようとしたんだよ。後でユウくんに謝っておいたほうがいいよ。」
「うん。」
僕は素直に頷いた。

詩織はいつも僕に優しかった。
僕はそのやさしさに、この1週間何度か救われた。
また今も救われた。
「詩織、ごめんね。」
僕は自然と言葉が出た。
「何言ってんのよ。謝る相手が違うでしょ。」
詩織は笑って答えた。
「そうだね。詩織、ありがとう。」
といった途端、涙があふれてきた。

「なに?美保どうしたの?花粉?」
詩織はわざとズレたことを言った。
「うん。おっきいのが飛んできたみたい。」
「ははは、美保は目大きいもんねえ〜。」
僕は笑いながらも、詩織の気遣いがうれしくて、また、涙があふれてきた。
詩織ももらい泣きしていた。
2人して泣き笑いになった。


少し落ち着いて、僕はユウに謝りのメールを入れた。
『ユウ、さっきはごめんね。部長、がんばってね。』
詩織がそばにいるので、女の子らしい言葉にした。
すぐにメールが返ってきた。
『ありがとう。がんばるよ。』
シンプルだが、裏のない気持ちが伝わってきた。
僕は心の重石が取れた気がした。
謝ってよかった。

そして、詩織にもう一度感謝の気持ちを言葉にした。
「詩織、ありがとう。」
何度言っても、言い足りなかった。


「ねえ、今日も寄ってくでしょ。」
いつものように詩織が誘ってきた。
「うん。」
僕達はいつものパン屋に向かった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


8月に入っても暑い日が続いていた。
僕が美保になって2週間が過ぎた。
僕達は入れ替わったままだ。

僕は、美保の家で過ごすことのストレスもだいぶ少なくなっていた。
今日も昼間は真夏日となった。
夜になった今も熱気が残っていたが、僕は部屋のエアコンをかけ、快適な中でベッドに寝そべって、いろいろと考えていた。

僕は、美保の家で2週間過ごしてみて感じていることがあった。
それは、美保の家族の中でのポジションとも言えるものだ。

美保の家は裕福だ。
美保の父は会社を経営していた。
中小企業ではあったが、地元に密着した堅実な経営をしている。
この会社は美保の祖父が創業し、ここまで大きくしたものだ。
その祖父は数年前に社長を父に譲っていた。
しかし、祖父が一代で築いた会社であるため、祖父は名目上経営から退いてはいるものの、まだまだ会社への影響力は大きかった。

実は美保の父は婿養子だ。
このことは、僕が裕也のときに母親から聞いていた。
美保の母親は一人娘だったので、父との結婚は養子になることが前提だったのだろう。
当然、経営能力があることも条件だったのだと思う。

父は結婚したときは、大手企業で働いていたらしい。
結婚後しばらくして、祖父の会社に転職したようだ。
そして、父は現在、この会社の社長となっている。

両親は、美保に対して口うるさいことはほとんど言わなかった。
門限は特に決められていなかったが、概ね夕飯までに帰れば何も言われなかったし、外で食べるときは電話1本で済んだ。
勉強や宿題のことは全く口を出してこなかった。
家事については、食事の簡単な下ごしらえの手伝いや、後片付け、掃除や洗濯などを頼まれることがあったが、すべてお母さんの指示通りにやっていればよかったので、特段難しいことを要求されることもなかった。
僕も、自分の家では、同程度の手伝いはやっていたので、意外と困らなかった。
以前ユウ自身も言っていたことだが、大したことはやっていないようだった。

一方、弟の真は、勉強や宿題のことで毎日母からいろいろ言われていた。
また、真は有名学習塾の難関高進学コースにも通っており、まだ、中学2年だというのに、塾の帰りが10時を過ぎることも珍しくなかった。
ただ、真は家の手伝いは一切やらず、いわゆる上げ膳据え膳状態だった。

美保は、勉強に限らず、生活全般において放任されていた。
僕はそのお陰で何とか美保として生活できているようなものだ。
もし、真のように干渉されていたら、すぐに異変に気付かれてしまっただろう。
真は、おそらく将来は会社を継ぐことを期待されており、それに相応しい実力を付けるために、厳しい教育を受けている、と思われた。

美保に対して、両親が何を期待しているのかはまだ分からなかったが、真のような期待のされ方ではないことは明らかだった。
僕は、それはそれで居心地は悪くなかった。

香川家の生活は、第一には父、第二には真、母と美保は三番目という優先順位で回っていた。
つまり、僕のポジションは弟より下だった。
美保がもっと上の高校に行かなかったのは、こんな事情があったのかもしれないと思った。

香川家は意外と封建的な家だったのだ。
美保のお母さんは専業主婦であり、家の中ではお父さんを徹底的に立てている。
ドラマで見る婿養子は、家の中では随分肩身の狭い思いをしているが、美保のお父さんにはそんなところはない。
これは多分にお母さんの考え方によるものと思われるが、お母さん自身も両親からそのように教育されたに違いない。

だから、香川家の女はどんなに勉強ができても、この家や会社を継ぐことはないのだろう。
優秀な男と結婚し、子供を産み、育て、家庭を守ることが女の役割とされているように思えた。
だが、美保の成績や性質からすれば、社会に進出して実力を発揮し、大きな活躍をすることが十分期待できた。
しかし、香川家の女に、そんなことは望まれていないようだった。
美保はそれが不満だったのかもしれない。

今のユウはどうだろう。
裕也は石川家の長男だ。
石川家は普通のサラリーマンの家庭だが、両親は裕也が望むことはできるだけかなえてあげようとするだろう。
ユウが一流大学へ行きたいといえば、喜んでバックアップするし、大きな期待を寄せるだろう。
ユウにとっては、香川家でその能力をもてあましているより、石川家で皆の期待に応えて、十二分に能力を発揮できるほうがいいのかもしれない。

ユウが実力を発揮すれば、裕也は一流の大学に進学できるだろう。
そして一流企業に就職すれば、両親も幸せであるに違いない。

ひょっとしたら、ユウは今自分が置かれた立場をチャンスと考えているのではないだろうか。
石川裕也であれば、ユウは自分の能力を大いに発揮し、それがどこまで通じるか確かめることができる。
ただ、確かめるだけでなく、周囲から期待され、それに応えることに大きな生きがいを見出しているのではないか。

僕は、それを恐れていた。
しかし、すでに僕は今のユウには勝てない。
勉強で勝てないのは分かっていたが、部活でも入れ替わる前以上に実力に差がついてしまった。
もともと、ユウは僕以上に努力家でもあった。
勉強においても運動においても自分で進んで努力をしたし、それを自ら進んで実行できる性質を持っていた。
しかも、これは、香川家の遺伝かもしれないが、リーダーシップを持っていた。
リーダーとして、人をまとめていける力があった。
一種のカリスマ性とも言えた。

ユウと入れ替わってから、僕はこれらのことが一層際立って感じられた。

僕はどうだ。
いままで美保と比較すると、成績は落ちる、卓球の技術も落ちる、リーダーシップもない・・・など、いいところがない。
美保の価値をすっかり下げてしまっている。
まったく情けない。
だが、幸い、それらはどれも香川家が美保に求めているものではなかった。
美保に求められているのは、よい成績やリーダーシップではない。
具体的には、仕事のできるいい男と結婚し、幸せな家庭を持つ、というようなものだった。

もし、僕が初めから美保として生まれたのであれば、僕にとってはちょうどいい目標であるし、
これを普通に受け入れたに違いない。
だが、やはり今まで男として生きてきた僕にとっては、「結婚して家庭を持つことが目標」などということは、やはり到底受け入れられない。

だから、今ユウが石川裕也として僕以上の活躍をし、「進化」し始めていることが怖くてたまらなかった。

このままだと、僕は帰る場所がなくなってしまう。
いや、もう帰れないかもしれない。
仮に今元に戻っても、既に僕は石川裕也になれないかもしれない。

戻れる保証はどこにもないのに、そう思うと、たとえようのない焦りと不安で胸が苦しくなった。

僕は、美保の身体になってから、寝る前にたびたびオナニーをしていた。
初めの頃は、途中で美保への罪悪感が頭を過ぎり、それで終了となっていたが、最近は快感のピークまで止められなくなっていた。

今日も胸の苦しさを紛らせるために、両手で乳房と股間を弄り始めた。

初めは、パジャマ上からソフトに触り、徐々に刺激を強めていく。
自分で自分を焦らすことが快感に繋がった。

気持ちを十分に高ぶらせてから、一番敏感なところを直接刺激し始める。
その瞬間の、歯をかみ締めて眉間にしわを寄せた美保の卑猥な表情を想像すると、日ごろの美保の知的な表情とのギャップに脳が刺激され、一層気持ちが高ぶった。

気持ちが高ぶれば、もう身体は刺激を受ければ受けるだけ快感を発信する。

快感の波が繰り返し訪れ、時々ビッグウェーブになる。
そのビッグウェーブも徐々に大きくなり、最後は快感の津波となって僕の体を駆けめぐる。
今、クリトリスを最大に刺激し快感がピークに達し、僕は内腿に力を込め、身体を硬直させた。

ひたすら風船を膨らませて、破裂の瞬間にピークを迎える射精とは異なる快感だ。
風船の破裂で一瞬にして冷めた男の時と違い、今の僕はゆっくり潮が引いていく余韻に浸っていた。

その快感のピークは、射精の瞬間の方が高かったような気がするが、
今のほうが快感の高い状態をキープする時間は圧倒的に長かった。

僕はもう、オナニーに対する美保への罪悪感はすっかり薄れてしまっていた。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


入れ替わってから3週間が過ぎた月曜日、僕とユウは夏休みの宿題を片付けるために、朝から図書館に来ていた。

僕がこうしてユウと図書館に来るのは、入れ替わってからもう5回目になる。
ユウが効率的に宿題を片付けたおかげで、今日ですべて片付きそうだ。
僕は今まで、夏休みの終わりに必ず苦しんでいたので、この8月の前半にもう目途が付いていることに対しては、素直にユウに感謝していた。

ユウは、僕と図書館に来る日以外は、部活に出ていた。
部長として、責任を持って活動しているようだ。
僕は、詩織と過ごすことが多かった。
あまり部活には行きたくなかったが、詩織が副部長として部活に出なければならないときには、一緒に出た。
また、以前の約束どおり、詩織と一緒に宿題をした日もあった。

僕は美保として家族と過ごしたり、友達と会ったり、町を歩いたりすることに、それほど緊張しなくなっていた。

今日も勉強は順調に進み、予定通りお昼前にはすべての宿題を片付けることができた。
僕達は、図書館のロビーで休んでいた。

「どうにか、終わったね、美保。」
「うん。でも、こんなに早く終わったの、わたしは初めてだよ。」
僕はユウの前でも、特段の意識をせずに『わたし』と言えるようになっていた。
「これで、一応宿題は片付いたけど、これで終わらせちゃダメだよ。ここからは自分で考えて勉強しないと。」
「ええ〜?これで終わりにしないの?ユウは偉いな〜。」
「美保、ひとごとじゃないよ。美保がやる気がないんなら、これからも図書館で一緒に勉強だよ。」
ユウは冗談とも本気とも付かない真面目な表情で僕を諭した。

「それにしても、ユウ、部活がんばってるみたいね。」
僕は、これ以上勉強をやらされてはたまらないので、話を変えた。
「まあね。今まで、うちの部はちょっと甘かったと思うんだ。」
ユウは僕の話に乗って、部活について語り始めた。
「この前の大会で分かったと思うけど、成績を残せるかどうかなんて、紙一重なんだよ。もう少しがんばれば絶対にもっと上にいける。」
「確かに、ユウなら行けると思うよ。」
「俺だけじゃないよ。翔だって、他の2年だってそうだよ。
だから、もうちょっと真剣に取り組んだほうがいいと思うんだ。女子だってそうじゃないかな?」
「うん、そうかもしれない。」
「俺は、今までの部活のやり方を少しずつ変えていこうと思ってるんだ。
いくつかアイデアがあるんで、先生や翔にも話を持ちかけようと思ってる。」
「へえ〜、ユウすごいね。もう、そんなことまで考えてるなんて。まるで、初めからユウだったみたいだね。」
入れ替わった頃の僕だったら、(俺の身体で勝手なことするなよ)と反発したかもしれない。
だが、僕はこの時、ユウの積極性にいい意味で驚き、それが実現すればいいなと素直にユウを応援していた。
ある意味、僕はもう裕也に戻ることをあきらめていたのかもしれない。

ところが、僕のその発言を受けて、ふいにユウの表情が固くなった。
「あのさ、美保。落ち着いて聞いて欲しいんだけど・・・。」
ユウが改まって僕の目を見た。
「え?なに?」
「俺達、本当は入れ替わってないんじゃないかな。」
「えっ!?」
僕は、ユウが急に何を言ったのか理解できなかった。
いや、日本語としての意味は理解できたが、それをユウが言ったということが理解できなかった。
僕は何かの聞き間違いかと思い、キョトンとした。
「美保、俺達は入れ替わってないんじゃないかって思うんだよ。」
ユウは同じ言葉を繰り返した。
「えっ?何言ってるの?」
聞き間違いではなかった。
「だって、入れ替わるなんてありえないだろ?」
「はあ?何いってるのよ!冗談でしょ?」
当然僕は受け入れられない。
「本気さ。」
ユウの表情は真剣だ。
「冗談じゃない!!あの時、ハッキリ入れ替わったじゃないか!!」
僕は、興奮して声が大きくなった。
ユウは、僕を落ち着かせようと、手のひらを僕のほうに向けた。
「俺はさ、今落ち着いて考えれば、あの時、美保と念願のキスができてすっかり舞い上がっていたんだよ。
美保もそうだったんじゃないかな。それで・・・」
「それはこっちのセリフだよ!!俺が舞い上がっていたんだよ!!」
僕はあの時のことを思い出し、男言葉に戻っていた。
だが、この時、僕は自分の発した男言葉に強い違和感を感じた。
女言葉がデフォルトになりつつあった。
「落ち着けよ!美保!」
ユウは僕の両肩をつかんだ。
僕は急に強い力でつかまれて、ドキッとし動きを止められた。
僕は速くなっていた呼吸を落ち着かせようと、胸に手を当てた。

その時、僕はハッと思いついた。
「そうだ!このメモ・・・」
僕は、入れ替わった次の日にユウが美保のことについて詳細に書き記したメモをいつもバッグに入れて持ち歩いていた。
僕はバッグからそのメモを取り出した。
「このメモはユウが書いたんだよ。ほら。」
僕はメモをユウに見せた。
ユウは表情を変えずに、悲しそうな顔をしている。
「美保、よく見てみなよ。これは、俺が書いたものじゃないよ。」
「えっ?」
「これ、美保が自分で書いたものだろ。」
「そんな・・・?」
僕は驚いた。
メモの筆跡は美保の筆跡そのものだったが、それは今の僕の筆跡と同じだった。
ユウに指摘されて初めてそれに気がついた。
この身体になって、自然と美保の筆跡となったのだろうか。

納得できない。
このメモは、絶対にユウが書いたものだ。

「でも、どうして自分でこんなもの書く必要があるのさ。」
僕は、さらに疑問をぶつけた。
「そんなこと、俺に聞かれても分からないよ。」
即答されてしまった。
そう言われてしまえばそれまでだった。

「そうだ!」
僕はもうひとつ思いついた。
「日記!、ねえ、ユウ、あの日記どうしたの?」
「日記?」
「ほら、入れ替わった次の日に、わたしの部屋の机から持っていった日記。」
僕は必死にユウに訴えた。
「日記って何?」
ユウは困ったような表情をするだけで、思い出してくれない。
「なんで、とぼけるんだよ!!あの時うれしそうに日記を持っていったじゃないか!!」
「美保、落ち着けよ。俺も分からないものは分からないとしか言いようがないよ。」
ユウは僕をなだめるようにやさしく言った。
「ユウひどいよ・・・何でそんなこと言うんだよ・・・」
ユウが僕の言うことあまりにも理解してくれないので、涙が出てきた。
「美保・・・。」
僕はユウが、「冗談だよ」と笑って言ってくれることを期待していた。
「ユウ・・・冗談だよね・・・」
「・・・・」
ユウは悲しい目で僕を見ている。
「ねえ、ユウ・・・」
僕はもう一度ユウに返事を促した。

ユウの表情は変わらなかった。
冗談を言っている目ではなかった。

涙が次々にあふれてきた。
「美保、落ち着けばきっと本当の自分を思い出すよ。」
ユウは僕の肩に手を回し、やさしく声をかけた。
「やめてよ。」
僕は、肩に置かれたユウの手を払った。

僕には入れ替わったという確信があった。
ユウはウソをついているに違いなかった。
だが、それを証明できるものがなかった。

「美保、もう、この際だからハッキリ言うけど・・」
ユウは真剣なまなざしでゆっくりと話を続けた。
「美保は、もしかしたら、解離性同一性障害じゃないかと思う。」
「カイリセイ・・・?」
ユウが急に耳慣れない言葉を使ったので、僕は戸惑った。
「うん。解離性同一性障害。多重人格のようなものらしいけど、俺も詳しくは知らない。」
「多重人格・・・って、うそ、そんなことありえない。ありえないよ・・・。」
「でも、俺には、あの日から美保が変わってしまったように思えるんだ。」
「変わったんだよ。だって入れ替わったんだから・・・」
「入れ替わるなんて、ありえないよ。」
「ありえないって言ったって・・・、ユウだって初めあんなに戸惑ってたじゃないか。」
僕は初めの頃のユウの態度をハッキリ覚えていた。
「うん・・・、俺もいけなかったのかもしれないけど、美保の態度が面白くて、一緒に遊んでたつもりだったんだよ。
まさか美保が本気で入れ替わってるって思っているとは思わなかったんだよ。」
「遊びって・・、うそ・・・」
僕はショックで言葉がうまく出てこない。

「いつか美保が元に戻ると思って様子を見てたんだけど、戻らないから・・・。」
「じゃあ、ユウは初めからユウだったって言うの?」
「そうだよ。」
「うそ、あの夏祭り以前はわたしが裕也だったんだよ。ユウは裕也のこと知らないはずだよ。」
「そんなことないよ。」
僕はユウの知らない裕也のことを何か言おうとしたが、なかなか思いつかない。
エッチな本の隠し場所は覚えていたが、それをここでユウに言うことは恥ずかしくてできなかった。
そもそも、入れ替わってすでに3週間もたっているので、ユウはもう発見済みに違いない。
それに、もし、ユウがウソをついているとしたら、頭のいいユウのことだから、裕也の過去のについても十分勉強済みだろう。
僕が美保の身体で裕也の思い出をいくら語っても、ユウがユウ自身について語ることに勝てるわけがなかった。
例えそれがユウが作り上げた思い出だとしても。

「じゃあ、ユウは今までわたしに合わせてたってこと?」
「そうだよ。」
「うそ・・うそ、うそ、うそ、うそっ・・・」
涙がどんどんあふれてきて、僕はもう言葉が出てこない。

「美保・・・」
ユウは優しい目でもう一度僕の肩を抱いた。

「ねえ・・、ユウ・・もしかして、もう美保に戻りたくないから、そんなこと言ってるの?」
「違うよ、そんなことない。」
「ユウが戻りたくないのなら、わたしはそれでもいいよ。だから、入れ替わってないなんて、言わないでよ。」
「美保、落ち着いてよく考えるんだ・・・。人が入れ替わるなんてことあるはずがないじゃないか。」
ユウは僕を諭すように同じことを繰り返した。

「もう、いい・・・。」
僕は再び肩の手を払った。
これ以上、ユウの話を聞いていると、ユウにひどいことをしてしまいそうだった。

僕は、ユウに別れの言葉も言わずに、そのまま図書館を出て、家に帰った。
家に向かう途中何度も涙が流れた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


僕は家に帰ると、自分の部屋のベッドにそのまま突っ伏した。
もう、起き上がれなかった。
エアコンもかけずに、蒸し暑い部屋で、顔をベッドにうずめ涙を流し続けた。

(どうしてユウはあんなことを言ったのだろう。)

ユウは、この信じられない境遇を理解しあえる唯一の人物をだった。
僕は、ユウのことは100%信用していた。
いや、信用する、しない、以前に、ユウと僕は運命共同体だと思っていた。

それが・・・
まさか、ユウがあんなことを言うなんて・・・
僕とユウは、初めから理解しあえていなかったというのか。
100%信用していたユウに裏切られたも同然だ。

僕は、とてつもない孤独感に襲われていた。
誰にも助けを求められず、世界の中でたった一人でもがいている自分がいた。

涙が枯れた頃、僕はようやく蒸し暑さを感じ、エアコンのスイッチを入れた。

僕は、バッグから美保のメモを取り出して、もう一度確かめてみた。
やはり、ユウが言うように、確かに今の僕の筆跡で書かれていた。

だが、これは間違いなくユウが書いたものだ。
僕にはハッキリとした記憶が残っていた。
あの時図書館でこのメモに向かい、黙々と、そして整然と美保のことを書いているユウの姿を鮮明に覚えていた。
メモの内容は僕の知らないことがたくさん書かれていた。いや、そのすべてが僕の知らないことだった。
僕に書けるわけがない。

しかし、今日のユウの表情は、ウソや冗談を言っているとは思えない。

解離性同一性障害・・・。
多重人格・・・?

そんなはずはない。
僕にはあの夜のキスまでの石川裕也としての記憶がハッキリとある。
両親や妹と過ごした日々、学校での生活、自分の部屋の配置、おじいちゃんおばあちゃんのこと、そして美保を好きになったこと、などなど、すべてを鮮明に覚えている。
そればかりではない。
声変わりした自分の男の声、175cmの目線から眺める景色、男としていつも立ちションをしていたこと、股間を打ってその痛みに悶絶したこと、エッチなこと考えてペニスを勃起させたこと、オナニーでの射精の快感などなど、男として経験しなければ分からない感覚でさえ脳が覚えている。

多重人格などであるはずはなかった。

僕に人格はひとつしかない。
ただ、あの時に身体が入れ替わってしまっただけだ。
僕の記憶はひとつの人格で一本に繋がってる。

だが、僕にはそれを証明する術がなかった。
ユウの部屋に押し入って日記を探せば、きっと見つかるはずだが、さすがにそこまではできなかった。

客観的に考えれば、入れ替わったという僕の主張は、まったく論理的でない。
ユウが言う、僕が解離性同一性障害だというほうがはるかに現実的であり、説得力があった。

いくら考えても、僕の主張を受け入れてくれる人はいそうもない。

孤独だった。
孤独で孤独でどうしようもなかった。

僕はベッドに伏せたまま、もう、何もできなかった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「美保〜、ごはんだよ〜。」
夕飯の準備が整い、お母さんが僕を呼んだ。

僕は、今日お昼も食べていなかったが、食欲はなかった。
「いらない」と伝えようとしたが、大きな声はとても出そうになかった。
僕はやっとの思いでベッドから起き上がり、のそのそとリビングへ下りた。

「ごめん、夕飯いらない。」
僕はキッチンにいたお母さんに言った。
「美保、どうしたの?その顔、寝起き?夏休みだからって不規則にしてちゃダメでしょ。」
「うん、ごめん。ちょっと今日は疲れちゃったから、もう寝る。」
「もう寝るって、今まで寝てたんじゃないの?」
「うん、ちょっとだるいから・・・、シャワーだけ浴びて寝る。」
「熱はかりなさい。熱があったらお母さんにいいなさい。」
「うん、そうする。」
お母さんは僕のことを心配してくれたようだ。
僕は、それが少しうれしかった。

僕はどうにかシャワーを浴びて、部屋に戻ってきた。

僕は、考えることに疲れてしまっていた。
考えれば考えるほど、ユウの言うことが正しいような気がしてきて怖かった。

僕はもう何も考えずにベッドに横たわり目を閉じた。
最近では日課のようになっていた就寝前のオナニーも、まったくする気が起きなかった。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


次の日、僕は部屋にこもっていた。
部屋から出たくなかった。
朝食も昼食も食べなかった。
食べたくなかった。

お母さんは心配して何度か僕の部屋に来た。
僕は部屋にこもってはいたが、お母さんを部屋に入れなかったわけではなかった。
「美保、具合が悪いところはない?」
「うん、大丈夫。」
「お腹が空いたら、お母さんに言いなさい。」
「うん、ありがとう・・・」
僕が部屋にいても、特におかしな行動をしているわけではないことを確認すると、お母さんは必要以上に僕を追及するようなことはしなかった。
暗闇の中、独りでもがいていた僕は、お母さんの優しさに少しずつ救われた。

僕は夕方になって、ようやく部屋から出た。
しかし、少しご飯を食べて、また部屋に戻った。
そして、ベッドに仰向けに寝転び、ただ、ぼーっ天井を眺めていた。

「美保〜!電話〜!」
お母さんが僕を呼ぶ声が聞こえた。

僕は昨夜からケータイの電源は切ってあった。
誰とも話をしたくなかったからだ。

僕が返事をしなかったので、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
僕はベッドから起き上がり、ドアのほうへ向かった。
その時、お母さんがドアを開けた。
「美保、電話だよ。詩織ちゃんから。」
ユウからの電話だったら、出たくなかったが、詩織からだったので、僕は下に降りて電話に出た。
「もしもし・・・」
『あ、もしもし?美保?』
「うん・・・」
『なんだー、家にいたの?』
「うん・・・」
詩織は僕の反応を確認しながら話をしている。
『美保、ケータイの電源切れてるでしょ?入れ忘れているよ。』
「え?あ、ごめん・・・」
詩織は、僕がわざと電源を切っていることが分かっているのだろう。
だが、それを責めるような言い方はしなかった。
『美保、なんかあったらあたしに電話しなさいよ。』
詩織は理由を聞いてこない。
「詩織・・・・」
詩織のいつもの穏やかな声が僕の涙腺を刺激した。
僕は詩織の名前を呼びながら涙があふれてきて、言葉にならなくなった。
『美保、落ち着いたらケータイからかけ直してよ。』
「うん・・・詩織・・・ごめん・・・・」
僕は受話器を置いて、またすぐに部屋に戻った。

部屋に戻って、ケータイの電源を入れると、ユウと詩織からのメールがいくつも入ってきた。
一番新しいメールは、さっきの電話を終えての詩織からものだった。
『明日一緒に出かけない?9時に美保の家に行くね。』
僕は詩織の誘いが素直にうれしかった。
『うん、了解。』
耐え難い孤独感を味わったせいか、誰かと一緒にいたくなり、僕は詩織の誘いを受け入れた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「おはよう。美保。」
美保の家の玄関の前で詩織が微笑んでいた。
(だめだ・・・)
僕の涙腺はもはや壊れてしまったようだ。
詩織の顔を見て、そのやさしい声を聞いた途端、涙があふれてきてしまった。

僕は周りの目も気にせずに、詩織に抱きついた。
詩織は何も言わずに僕を受け止めてくれた。
詩織の柔らかな胸と僕の胸が重なった。

「ごめん・・・」
僕は謝りながら、詩織から離れた。
「なあに?また花粉〜?」
詩織はわざと呆れた表情をした。
「うん・・・、最近ひどいの。」
「まったく、この時期に花粉だなんて、美保はデリケートねえ〜。」
「ははは・・・」
涙はいつの間にか止まっていた。
僕は久しぶりに笑った。

今日もいい天気だ。
真夏といっても、午前中のこの時間はまだ過ごしやすい。


僕らはコンビニの近くの公園に行き、ブランコに乗っておしゃべりを始めた。
ブランコは、ちょうど大きなケヤキの木の陰になっており、時々風が吹き抜けることもあって、とても過ごしやすかった。
詩織は、いつもの調子で、部活のことや芸能人のことなど、他愛のない話をした。
僕もしばらく、詩織のおしゃべりに付き合い、気を紛らわしていた。
詩織は、僕のことを気遣って、おとといからのことについては触れなかった。

僕はこのまま詩織の気遣いに甘えるわけにもいかず、頃合をみて説明をしようとした。
「詩織、昨日はごめんね。ケータイ切ってて。」
「え?なに急に。今美保が元気だから、もういいよ。」
「詩織・・・。」
詩織の言葉に、僕はまた泣きそうになる。
「ああ、ああ、また花粉が来たよ。美保気をつけて!」
「もう、詩織・・・。やめてよ。」
今度は、詩織の言葉で、涙が引っ込んだ。
僕は、詩織に感情をコントロールされているようだった。

「美保、実はね、おとといユウくんから電話があったの。」
「えっ!?」
「ユウくんね、美保とケンカしたって言ってた。」
「えっ?あ、うん、そうかも・・・」
「それで、美保のことが心配なんで、気にかけててくれないかって。」
「そうだったんだ・・・」
「美保、ユウくんに連絡取った?」
「ううん。」
「ユウくんね、美保に謝りたいようなことも言ってたよ。」
「そう・・・」
「はい、報告はここまで。あとは美保のお好きにどうぞ。」
詩織は、理由を聞こうともしないし、指図をするようなことも言わない。
だが、ユウに連絡をとったほうがいいよ、という気持ちは伝わってきた。
「美保、あたしコンビニで飲み物買ってくるから、ちょっとここで待ってて。トイレにも寄りたいから、少し時間がかかると思うけど、絶対待っててよ。何かのせいで気持ちが落ち込んでも、あたしが戻ってくるまで、どっか行っちゃダメだよ。約束だよ。」
詩織の言いたいことはよく分かった。
「うん。」
僕は詩織の気遣いに感謝し、素直にうなずいた。

僕はユウに連絡を取ることは気がすすまなかった。
しかし、さっき詩織が言った「ユウが謝りたい」ということは、もしかしたら、考え直してくれたのかもしれない、
と期待し、僕は思い切ってユウに電話をかけた。

「もしもし?」
『もしもし?美保?』
「うん。」
『よかった。おとといはゴメン、急に変なこと言っちゃって。』
「え?じゃあ、入れ替わったこと思い出したの?」
『あ、いや、そうじゃないけど。なんか、俺の考えを一方的に押し付けちゃったような気がして・・・。』
ユウは考え方を元に戻したわけではなかった。
僕は微かな期待も消え、再び落胆した。
『美保、明日部活終わったあと会えないかな?』
ユウの考えが変わらない以上、僕は会う気がしなかった。
会えばまた、イヤな気持ちになるのは明白だった。
「ごめん、会いたくない。じゃあ、切るね。」
『美保・・』
電話を切る直前、ユウが話しかけるのが聞こえた。

僕は、もう涙も出なかった。
心のどこかでユウは変わっていないだろうと確信していたのかもしれない。
詩織が戻ってきても、もう詩織には心配かけまいと心に決めた。

「お待たせ。はい、どうぞ。」
詩織がコンビニから戻り、僕に冷えたレモンティを渡した。
僕はレモンティを受け取った途端、また、涙があふれて来てしまった。
詩織には心配をかけまいと思っていても、涙腺が言うことを聞かなかった。
「詩織・・・」
僕は目に涙を浮かべて詩織をみた。
「美保、どうしたの?」
詩織は心配している。
「今ね、ユウに電話した。」
僕は詩織に報告しなければならなかった。
「うん、それで?」
「ユウ、変わってなかった。」
「え?どういうこと?」
詩織は、僕の意外な言葉にちょっと動揺した。


「詩織、わたしの話聞いてくれる?」
僕はこの時、詩織にはすべてのことを話そうと決心した。
「え?何?改まって。いつも美保の話聞いてるでしょ。」
「うん。でもちょっと、聞いて欲しいんだ。」
「うん、だから、聞くよ。何?」

僕は、夏祭りの夜の出来事から今日までのことを、すべて詩織に話した。
詩織にとっては突拍子もない話しだったが、詩織は話の腰を折ることなく、静かに聴いてくれた。

僕は、詩織にすべてを話したことで、おとといからひとりで抱えてしまっていた胸のうちを、吐き出すことができ、気持ちが楽になった。
この話を、詩織がどう受け止めようと、もうよかった。

「そうだったんだ。」
詩織はそう呟いて、しばらく考えていた。
僕は、詩織に笑い飛ばされるかもしれないとも思ったが、それでもよかった。
詩織に、僕の気持ちを伝えられただけで十分だった。

「ごめんね、変な話しちゃって。こんな話、バカみたいでしょ。」
詩織はブランコからおり、僕の前に来た。
「美保、大変だったんだね。」
詩織は、僕の首に手を回し、そっと僕を抱きしめた。
「うん。」
僕は頷いた。
(詩織は信じてくれたのだろうか。)

「本当はね、あたしもユウくんのこと好きだったの。」
詩織が突然告白した。
「えっ!?」
僕は突然の告白に言葉が出ない。
「美保がずっとユウくんのことを気にしていたから、あたしもいつも間にか・・・。」
詩織は少し照れながら話しを続けた。
「でも、美保は勉強も運動もできるし、ユウくんとは幼なじみだし、それにかわいいから、とても言えなかった。」
「詩織はかわいいよ。」
僕はなぜか慌ててフォローした。

詩織は、身長はほとんど美保と同じで小柄だった。
美保よりも幾分女性らしい体つきで、胸も美保より大きかった。
目はクリッとしていて、表情にあわせてくるくる動いた。
髪は栗色で少しウェーブがかかっていた。
僕は、いままで美保のことばかりで、詩織のことはあまり注目していなかったが、美保になってからは、詩織のことをすごくかわいいと感じていた。

「うれしい・・。」
僕のフォローに照れている詩織は本当にかわいかった。
「詩織、本当にかわいいね。」

詩織は、僕の話を信用しているようだった。
もし、美保が美保のままと思っているのならこんな話はしないはずだ。

「ねえ、美保、っていうかユウくん。」
「えっ?あ、そういえば、そうだよね。・・・でも、ユウくんはちょっと変だよ。」
「じゃあ、やっぱり美保でいいよね。」
「うん。」
僕は詩織との何気ない会話がとても楽しかった。

「ねえ、美保、あたしはね、美保に憧れていたんだ。美保みたいになりたいっていつも思ってた。」
「そうなんだ、ごめんね。でも、もう美保は詩織の憧れじゃなくなっちゃね。
何やっても今までのようにはできない、ダメ美保だよ。」
「ううん、違うの。あたし・・いつのまにか美保のことが好きになってたの。」
「えっ?」
「その理由が今分かった。だって美保がユウくんになってたんだもん。」
「そんなぁ・・・。でも、わたしは美保になってから全然いいとこないよ。詩織に迷惑かけっぱなしだし。」
「うん、そうなんだよねえ。なんでだろうねえ?」
詩織は僕を見て笑った。
「あ〜、そこは何かいいこと言ってよ〜」
詩織の裏表のない発言が心地良く、僕も一緒に笑った。

詩織は僕の話を信用してくれた。
僕には詩織が言った「好き」が、男女の間の「好き」なのか、女友達としての「好き」なのか、その真意は図りかねたが、いずれにいても僕に好意をもってくれていることが分かって、僕は本当にうれしかった。

いつの間にか日が高くなり、ブランコに夏の強い日差しが迫っていた。

「ねえ、美保、ちょっとこれから買い物に付き合ってよ。」
「うん、いいよ。行こ。」

この日1日、僕は詩織と楽しい時間を過ごした。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日は1日詩織と楽しく過ごすことができ、心地よい疲れの中、久しぶりに穏やかな気持ちで、ベッド入った。

『美保のことが好き・・』
僕は、昼間の詩織の言葉を思い出し、ベッドの中でひとりはにかんだ。
僕は詩織の表情や話し声が頭から離れない。
(詩織はどういう意味で「好き」といったのかな・・・?)
詩織のことを考えていると、ユウのこともすっかり忘れて、とても気持ちがウキウキしてくる。
「詩織・・・」
僕は久しぶりにオナニーを始めた。

僕は詩織とのセックスを想像していた。
僕は裕也になって詩織と愛し合っている。
詩織の小さい柔らかい身体はとても抱き心地がよかった。

もちろん僕には、女性経験はなかったので、想像の中で創造したセックスだ。
想像の中の僕がペニスを挿入すると、詩織は眉間にしわを寄せて歯を食いしばっている。

僕は、最近のオナニーでは、膣に指を入れることも覚えていた。
初めて指を入れたときの、おそるおそる無理に拡げる感覚を想像していた。
今の自分は指1本を入れるのが限界だ。
裕也のときの勃起して最大限に巨大化したペニスの大きさを考えると、今の自分の身体に、そんなものが本当に入るのか不安になる。
もちろん、自分が男に抱かれて、そんなもの入れられることは絶対にイヤだ。
僕は、詩織に自分のペニスを挿入したい、という欲望を強く抱いていた。

だから、僕は、想像の中で詩織にペニスを挿入するとき、痛がらないようにやさしく挿入していた。
僕は詩織の反応を見ながらゆっくりと腰を動かす。

ベッドの中の僕も、膣に入れた中指をゆっくりと動かしていた。
いつもと違うシチュエーションを想像し、僕は今まで以上の快感を感じていた。

想像の僕は徐々に腰の動きを激しくした。
詩織はもう、快感に声を漏らしている。

僕は詩織にキスをした。
と、その時、なぜか僕は、想像の中で裕也に抱かれている詩織になっていた。

裕也は射精が近づき、その腰の動きが最大限に激しくなった。
それに合わせて、想像の詩織の快感が急速に高まった。

ベッドの中でオナニーをしている僕も、指の動きが激しくなり、快感のピークを迎えようとしていた。

想像の中の裕也が射精したとき、詩織も絶頂に達した。
僕は裕也の精子を受け止めている詩織になりきり、女の快感のピークを迎えていた。

僕は今までで一番の快感を味わっていた。

が、その一方で、僕はさびしさを感じていた。

僕は詩織のことが好きだ。
そして、男として詩織を愛したい、と思い、詩織を愛している裕也になりきってオナニーを始めたはずだった。
しかし、最後は詩織の絶頂に合わせて終了してしまった。
想像の中で、詩織にキスをした途端、自分が詩織になってしまった。
あの夏祭りの夜と同じだった。

男として詩織を愛せないことが切なかった。

その夜、僕は切ない気持ちを抱えながら眠りに落ちた。

<つづく>

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■ 記憶の中の僕 ■

第1話 ファーストキス
第2話 プライド
第3話 薄れる違和感
第4話 ユウの変心
第5話 二つの人生
第6話 再会
第7話 小さな疑問
最終話 誓い

掲示板
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