第1話 ファーストキス
第2話 プライド
第3話 薄れる違和感
第4話 ユウの変心
第5話 二つの人生
第6話 再会
第7話 小さな疑問
最終話 誓い

掲示板

第3話 薄れる違和感

今日は部活のある日だ。
部活に行くことはユウとの約束だ。
だが、僕はやっぱり行きたくない。
この身体で、友達には会いたくなかった。
友達と会うのが怖かった。

『起きた?部活行くぞ。』
早速ユウからメールが来た。
もう、今更「行かない。」とは言えない。
そんな女々しい事はできなかった。
「分かってる。」
とだけ返事をした。

僕は、仕方なく、部活に行く準備をした。
ラケットやシューズ、タオルなどを準備し、スポーツバッグに詰めた。

学校へは制服を着ていかなければならない。

僕は、美保の制服を着た。
半そでのブラウスに紺のプリーツスカートだ。
ブラウスは袷が男物と逆なので、ボタンが留めづらい。
小さいボタンに指が思い通りに動かずまどろっこしかった。

次にスカートをはいた。
今度は、どこが前だかよく分からない。
スカートの構造をよく見てみた。
ファスナーのところにあるポケットの感じからみて、
ポケットを左にしたところが正面ぽかった。
その位置でファスナーをあげると、ちょうど腰にフィットした。

自分の姿を姿見に映して見た。
いつも学校で見ている美保がいた。
身体をひねったりして全身を確認したが、問題なさそうだった。

身体をひねるたびに、スカートがひらひら揺れた。
(なんとも頼りない感じだな・・・)
と、思った。
いままで、僕は、スカートから覗く美保の白く細い脚を、いつもまぶしく見ていたが、今鏡に映っている美保の姿を見ていても、胸が少しドキドキする。

僕は、ちょっと勢いをつけて腰を回した。
スカートがさらに舞い上がり、美保の太ももが露わになった。

僕は、鏡の中の美保に、その先を期待した。
僕は、自分でスカートの裾をつかんで、少しずつ持ち上げた。
だんだん心臓の鼓動が速くなる。

白いパンツが見えた。
その瞬間、心臓がドキンとひときわ大きく鼓動した。
(美保、エッチだな・・・)

美保のこんな姿をいつもの僕が見たら、僕の下半身は破裂寸前だろう。
僕は思わず股間を確かめた。
何もない。
しかし、さっきのドキンで股間が反応したような感覚があった。
僕は、パンツの中に手を入れて、そっと確かめた。
少し湿っていた。

昨夜のような快楽を求める気持ちが沸いてきたが、僕は、その気持ちを必死に抑え、手を引っ込めた。
「ふう〜っ。」
一息ついて、準備を再開した。

僕は、スカートの下に体操着の短パンをはき、朝食を食べに1階に下りた。

今日は朝食ができていた。
トーストだった。
(げっ。ご飯がいいのに・・・。)
ちょっとがっかりしたが、お腹も空いていたのでキチンといただいた。
お母さんは僕の制服姿を普通に受け入れていた。

僕も美保も自転車通学だ。
僕は車庫から自転車を引っ張り出し学校へ向かった。
毎日いい天気が続いている。
今日も暑くなりそうだ。

スカートで外に出るのは、なんとも気恥ずかしかった。
僕が普段自転車に乗る制服姿の女子高生を、何かを期待しながらエッチな目で見ていたからかもしれない。

スカートが気になっていたせいなのか、それとも、美保の体力のせいなのかは分からなかったが、考えていたよりも、学校まで時間がかかってしまった。

僕は、急ぎながらも、女子の更衣室であることを意識して確認し、更衣室で着替えた。
その際、部員数人と、簡単なあいさつを交わしたが、皆、僕と自然に接した。

卓球部は男女で同じ日が練習日だが、練習自体は男女別々だ。
いつものように、それぞれ別れてをストレッチを始めた。
美保の身体は柔らかかった。
柔軟体操をやっても思い通りに身体が曲がるので驚いた。
(美保に比べるとユウの身体は固いぞ・・・)
男子の方を見ると、案の定、ユウが辛そうにやっている。
(あ〜あ〜、あんなにがんばっちゃて・・・。後で身体痛いぞ・・。)
と、思って眺めていたら、となりの詩織が話しかけてきた。
「なあに?彼のこと気になるの?」
詩織も卓球部だ。
美保と詩織は部活をきっかけに仲良くなったのだ。
「えっ?」
僕がびっくりしていると、
「体調は悪くないみたいね、って仮病だっけ?」
と詩織は笑った。

詩織は、僕のことを美保だと認識しているようだ。
他の部員も皆同じで、僕を美保として受け入れている。

詩織は、石川裕也と香川美保がうまくいったことを素直に喜んでいた。
「ねえ美保、昨日はどこからかけてきたの?」
「え?」
「え?って、電話よ、で、ん、わ。」
「あ、ああ、ファミレス。図書館の近くの。」
「へえ〜、ってことはユウくんと食事?」
詩織と話をしていると、何でも言わされてしまいそうだ。
「う、うん。まあね。」
「えええ〜?ホントにそうだったのお?もうデートしたんだあ。」
先生がこっちを見た。
僕も詩織も気がつき、おしゃべりを止めた。

ひととおりストレッチが終わって、ボールを使った練習に入った。
僕は詩織と組んで、ストロークの練習から始めた。
美保のラケットで打つのは初めてだ。
予想していたとはいえ、卓球台が高い。
今までどおりのスイングでは、サーブもできない。
(しょうがない。もう、適当に打ってやれ。)
詩織にサーブを打った。
ネットにかかった。
もう一度打った。
またネットにかかった。
(やっぱり、感覚が違う・・・)
もう一度打った。
今度はオーバーした。
僕は焦った。
サーブができない。

「何やってるのよ〜美保〜。ちゃんとやりなさいよぉ〜。」
ボールを拾いに行きながら、詩織が言った。
「ごめーん!」
僕は謝るしかなかった。

今度は詩織がサーブした。
僕はレシーブした。
返った。
詩織が返した。
僕はまた打った。
返った。
(あ、できた。)

一度できたら、なんてことはない、すぐに慣れて、ストロークのラリーを続けられた。

サーブもすぐに感覚を取り戻した。
というか美保の感覚を掴んだ。
(俺って、結構順応できるじゃん。)
僕は一安心した。

(ユウは苦労してるかな・・・)
ふと、ユウのことが気になって男子の方を見てみた。
男子もストロークをやっていた。
既に、ユウはパンパンとストロークをやっていた。
(なんだ、ちょっと焦ったの俺だけ・・・?)
僕は、ここでもユウの順応性に負けた。

休憩になった。
体育館の中は蒸し暑い。

僕は、座って水筒の水を飲んだ。
「また、見てたでしょ。」
隣に座っている詩織が僕に言った。
「え?見てないけど・・・」
僕はとぼけた。
「何いってるのよ、あたしは見てたんだからね〜」
「ばれたか。」
詩織は僕のことをよく見ていた。
「美保、今日は調子悪そうだよ。気が散ってるからかな〜?」
「そんなことないよ。」

ほどなく、男子のほうも休憩になった。
ユウは何やら翔と話をしている。
翔も卓球部だ。
(何話してるんだろ?)
翔は夏祭りの日のことを気にしていたはずだ。
僕は気になったが、近づくわけにはいかなかった。
時々笑いながら会話をしている。
(あんなに話しをしていて、翔はユウの変化に気が付かないのだろうか。)
ユウはごく自然に振る舞っていた。

「また、ユウくん見てる。」
隣で詩織が言った。
「あ・・」
「ねえ、気持ちは分かるけど、練習が上の空じゃだめだよ。試合も近いんだから。」
そう、次の日曜は試合だった。
夏の大会の地区予選だ。
3年生はこの大会で引退する。
「うん、ごめん、わかってる。」
「どうしたの?なんか元気ないよ。もしかして、本当に体調悪いの?」
「ううん、大丈夫だよ。」
「それならいいけど・・・。」
勘のいい詩織はいつもの美保との違いが気になっている。

練習を再開した。
僕は美保の身体にだいぶ慣れ、ほとんど違和感なくボールを打つことができるようになっていた。

いよいよ試合形式での練習だ。
今日は先生の指示で、まず、男子対女子で試合をすることになった。
この先生は時々この練習をした。
男子にとっては、全くメリットのない練習だったが、女子との練習試合は楽しかったので、皆喜んで参加した。
僕は美保と何度か対戦したことがあるが、一度も負けたことはない。
もっとも男子が負けることはほとんどなかった。

練習相手は生徒同士で適当に決める。
ユウが僕のところに来た。
「香川さん、やらない?」
ユウは周りを気にしてか、『香川さん』と言った。
「いいよ。」
僕も望むところだった。
美保の身体にもすっかり慣れたので、いつものように捻ってやろうと考えた。

卓球台に向かいながら、ユウが僕の耳元で呟いた。
「よく来たね。ありがとう。」
このとき僕は、来てよかったと思っていたので、
「うん。こちらこそ、ありがとう。」
と笑顔で答えた。

僕らは練習試合を始めた。
が、僕は、試合を開始してすぐに驚いた。
ユウの球のスピードにまったくついていけなかったのだ。
(そんな馬鹿な・・・。)
しかも、僕がスマッシュしても、以前であれば一発で決まったのに、今日は、ことどとく返された。

美保は、どちらかと言えば技巧派だった。
多彩なサーブを駆使して、相手のレシーブを崩し、甘く返ったところを厳しいコースに打ち込む、というのを得意としていた。

それが、今日のユウは全く違う。
シンプルに球を返してくるだけだった。
しかし、僕はそれについていけない。
僕は焦った。

勝負は簡単についてしまった。
僕は大差で負けた。

「もう1回やる?」
ユウはやさしく聞いてきた。
そのやさしさが気に入らなかったが、「やる。」と僕は答えた。
このままでは、納得できなかった。

今度は、ユウはサーブに変化をつけてきた。
美保が得意とする技だ。
コースは甘かったが、僕はレシーブをミスしてしまった。
想像以上に回転がかかっていた。
再度、ユウはサーブに変化をつけた。
さっきと違う切り方なのは分かったが、僕はまた返せなかった。
ユウはサーブの感触を確かめているようだった。

僕は、スピードとパワーで勝負するタイプだった。
フォアのスマッシュはうちの部では僕の右に出るものはいなかった。
ちょっと厳しいコースに来ても、ドライブ気味にパワーをかけて返すことが得意だった。
サーブはあまりバリエーションもなく得意ではなかったが、苦しい体勢でも一発で決められるスマッシュを持っていたので、そこそこ試合では強かった。

そんな僕が、美保の身体でユウと対戦しても勝てるわけがなかった。
僕は、スピードとパワーを奪われ、何の得意技もなくなってしまった。
一方、ユウは、今までの技術にスピードとパワーがプラスされていた。

次の試合も一方的だった。
僕はなすすべなく敗れた。

悔しかった。

「なんか、まだ、慣れなくて変だよね・・。」
ユウが小声で僕に言った。
僕は、慣れていないことが原因ではないことは分かっていた。
たぶん、ユウも気づいているだろう。

もう、これ以上試合を続けても仕方なかった。
「今日はこの辺でやめとく。」
僕は悔しさを必死に抑えてユウに伝えた。
「うん、了解・・。」
ユウは、そのまま僕のところから離れていった。
僕とあまり話をしているのも目立つと思ったのかもしれない。

僕は、しばらく他の試合を眺めていた。

「あれ?もう終わっちゃったの?早いね。」
詩織が試合を終えて、汗を拭きながら戻ってきた。
「うん。」
「どうしたの?ユウくんと試合してたんでしょ?何かあったの?」
僕が、元気のない返事をしたので、詩織は心配している。
「ぜんぜん歯が立たなかった・・・。」
僕は正直に答えた。
「そりゃそうでしょ。勝つつもりだったの?」
もちろん勝つつもりだった。
だが、そうとは言えるはずもなかった。
「そうじゃないけど・・・、ちょっと、ひどすぎた。」
「彼氏との試合だったんで、集中できなかったんでしょ。」
詩織は冷やかし半分にそういったが、僕は返す言葉がなかった。

男子対女子の試合は終わり、また、男女別々の練習に戻った。
試合形式の練習で、僕は、シングルスは誰にも勝てなかった。
ダブルスは詩織と組んだが、僕が足を引っ張り、負け越した。

「ねえ、美保、今日はどうしたのよ?ちょっと、おかしいよ。」
いつも美保と一緒にいる詩織は、美保の変化に敏感だった。
「うん、そうかも・・・。ちょっといろいろあったんで、疲れてんのかな?」
「もう、いくらユウくんとうまくいったからって、ホントに試合すぐなんだから、気をつけてよ。」
詩織は、笑顔で僕を叱った。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


部活を終えて、僕は詩織と一緒に帰ることになった。
「ユウくん、いいの?」
などと、詩織は気を回したが、今まで一緒に帰ったことなどない。
ユウと美保が一緒に帰れば、いい冷やかしの標的になるのは明らかだった。

「美保、お昼食べていくでしょ。」
帰り道に、美保たちがよく寄るパン屋があった。
その店は、買ったパンをその場で食べるためのテーブルとイスが用意されていた。
僕は朝もトーストだったので、できればパンは避けたかったが、断る理由もなかったので、詩織と食べることにした。


パン屋 僕らは店でパンを買い、テーブルについた。
「ねえ、今日はユウくん張り切ってなかった?」
「そうかな。」
「そうだよ、先輩にも勝ってたし。あれは、ぜったい美保効果だよ。」
「なにそれ?」
「もう、とぼけちゃって。付き合ってるでしょ?お、と、と、い、か、ら。」
詩織は、おっとりとしたしゃべり方だが、しゃべりながら、顔の表情をクルクル変えた。
僕は、詩織の表情を見てると、とても気持ちが和らいだ。
「ま、あ、ね・・・。」
僕も詩織のリズムに合わせて返事をした。
「あ、否定しない。美保ずるいなあ〜。」
「でも、わたしには逆効果だったみたい。」
詩織の前で初めて『わたし』と使ってみた。
「うん、今日は美保ぜんぜんダメだったよ。日曜までには絶対立ち直ってよ!」
「うん、がんばる。」
僕の言葉は、詩織にも違和感はなかったようだ。
僕はホッと一安心した。

詩織は他愛のない会話を続けた。
僕は、詩織の豊かな表情を見ながら、詩織のおしゃべりを聞いているのが、とても楽しかった。
詩織の落ち着いたトーンの声質とおっとりとした話のリズムが、僕の耳に心地よく響いた。
僕は、ユウに負けた悔しさも忘れて、ゆっくりパンを食べた。

(今日はパンがおいしいな。)と、僕は思った。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

僕は、部活から帰り、シャワーを浴びて、部屋にいた。
今日の部活は、肉体的にも精神的にもとても疲れた。
だが、美保の部屋にはエアコンがあり、夏の昼間でも快適だった。
ベッドに寝転んでいたら、いつの間にか眠ってしまった。

目が覚めると、もう、夕飯の時刻になっていた。
ユウからメールが来ていた。
『今日はお疲れさま。慣れなくて疲れたね。明日、図書館で一緒に宿題やらない?』
1時間も前の着信だ。
さすがはユウだ。
僕は、夏休みはまだ1か月以上あるので、宿題などまったくやる気にならなかった。
だが、今の僕は美保なので、今までの美保からすれば、僕のことが気が気ではないのだろう。
僕もユウと一緒にやれば楽にできるだろうと思い、「了解。」と返信した。
すぐに返事は来た。
『9時集合でいい?』

僕達は、明日も図書館で会うことになった。
僕はできるだけユウと一緒にいたいので、明日が楽しみだ。
会うための理由などどうでもよかった。
僕達の苦しい事情を知っている唯一の人間であるユウに対しては、自分を偽る必要がなかった。
今の僕には、それが一番の安らぎだった。

今日の夕飯も、お母さんと真との3人だった。
お父さんは大概仕事で帰りが遅く、みんなとは別に夕食をとっていた。
夕飯を食べながら、僕はお母さんに、明日図書館に行くことを伝えた。
「また、詩織ちゃんと?」
「うん。というわけで、明日も朝食お願いします。」
僕は手を合わせてお願いした。
「また、何を改まって。じゃあ、お父さんと一緒に食べなさい。」
「うん、分かった。ありがとう。」
「ありがとう?って、なに?美保。なんか企んでる?」
「えっ!?」
突然の突っ込みに僕は顔色を変えた。
「あんた、本当はどこ行くの?」
(何でこんな展開に・・・)
予想外の展開に僕は戸惑った。
「図書館だよ・・。」
僕はそう答えるしかない。
「まあ、いいけど、夏休みだからって、勉強はちゃんとやんなきゃダメだよ。」
「うん、だから、詩織と宿題やっちゃおうと思って・・・」
やり取りを聞いていた真が、意味ありげにニヤついていた。

どうにか食事を終えて部屋に戻ってきた。
どうも、いつもの美保とは違うリアクションをしてしまったようだが、
とにかく、詩織には事情を話しておいたほうがいいと思った。

僕は詩織にメールした。
『明日、ユウくんと図書館に行くんだけど、お母さんには、詩織と行くって言ってあるんだ。』
すぐに返事が来た。
『何それ、ずる〜い。普通にユウくんと行くって言えばいいのに。じゃあ、そのかわり今度、あたしにも宿題教えてね。』
何がずるいのかはよく分からなかったが、詩織は理解してくれたようだ。

ベッドに入っても、今日はなかなか寝付けなかった。
夕方少し眠ってしまったせいかもしれない。

僕は、昼間ユウに勝てなかったことを思い出し、悔しさが蘇ってきた。
(くそっ。)
ユウの余裕のあるやさしい態度も癪にさわった。

僕は、無意識に胸をギュッと押さえた。
(あ・・・)
昨夜と同じ快感を覚えた。
今度は、意識して乳房をつかんだ。
「んっ・・」
また、快感が走った。
(気持ちいい・・・)
僕は、何度も繰り返した。

やがて、右手を股間に回した。
昨夜と同じように、初めはそっと触れていたが、
快感が高まるにつれて、徐々に力が入っていった。
(だめだ、止められない・・・、気持ちいい・・・)

股間はすっかり濡れていた。
僕は、割れ目に沿って指を動かし続けた。
「んふっ・・・んんっ・・・」
固くなったクリトリスに指が触れるたび、快感に声がもれた。

僕は、右手の指を繊細に動かして股間を刺激し、左手は手のひらで大胆に乳房を刺激した。
刺激するたびに異なる快感が身体中を駆け巡った。

また、昼間のユウのやさしいが、余裕のある態度が浮かんだ。
僕は悔しさを押し込めようと、さらに、オナニーを続けた。

僕は、男として、時々オナニーをしていた。
高校1年の時、翔に言葉に、だまされたと思ってやってみたのが初めてだった。
それ以来、家の中のひとりになれる場所で時々していた。
最近は、風呂場でやることが多かった。
美保の事を考えながらすることもあった。
いや、むしろ最近はそれが一番多かったかもしれない。

そんな僕が、今は美保としてオナニーをしている。
そんな倒錯したこと考えると、切なくなり、ますます、快感が高まった。

男であれば、快感が爆発的に高まり射精で終了する。
今の僕には、この快感がいつ終了するのか分からなかった。

快感が相当高まったところで、ふと昨夜の罪悪感がまた脳裏を横切った。
すると、自然に気持ちが萎えてきた。

僕は、指を動かすのを止めた。
やっと止められた。

まだ、快感の余韻が残っていたが、次第に冷静になっていった。

身体中で汗をかいていた。
股間はびっしょり濡れていた。
僕は、ティッシュを手に取り、その敏感なところを拭いた。
パジャマのズボンをひざまで下ろし、パンティーを太ももまでおろした、美保の白いきれいな脚は、自分で見てもとてもエロティックだった。

僕はまた、胸の鼓動が大きくなったが、
もう一度オナニーをする気にはならなかった。

冷静さを取り戻し、パジャマを直した。

(今日もまた、自分を抑えることができなかった・・・。)
女の快楽に簡単に流されてしまった自分が情けなった。
僕は、自己嫌悪に陥った。

僕は、夏掛けを頭から被り、目を閉じた。
そして、そのまま眠りに落ちた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日は、僕達が入れ替わって4日目だ。

僕とユウは約束どおり図書館に来ていた。

僕は、昨日も一昨日も朝目覚めると、まず、胸と股間に手をやり、自分の身体が女のままであることを確認した。
しかし、今朝は、自分の身体を確認することなく、自分が女であることを前提として行動を始めた。

僕は、自分の声に対する違和感もほとんどなくなっていた。指の細さも、腕の白さも、目線の低さも、髪の毛の重さも、胸の膨らみも、もはや違和感を感じなかった。
日常生活の中で、唯一、違和感が残るのがトイレだった。
尿意を催すたびに、強烈に女を意識する。
こればかりは、入れ替わってからあまり変わっていない。

ユウはどうなのだろうか?
入れ替わった次の日、すでにユウは石川裕也として生活していくことに前向きだった。
昨日の部活でも、翔や他の部員とも積極的にコミュニケーションをとり、練習にも意欲的に取り組んでいるように見えた。
僕が見ていても、石川裕也として違和感なく行動している。
いや、正確には、今までの僕よりも、望ましい石川裕也となっている。

僕は、それが怖かった。

僕達は何が原因か分からないまま入れ替わってしまった。
この先、ひょんなことから、また元に戻るのではないか、と思っていた。
僕は、ユウの石川裕也が本来の石川裕也より「進化」してしまうことが怖かった。
石川裕也が、僕の追いつけないところに行ってしまうことが怖かった。

僕はユウがどのように考えているのか聞いてみたかったが、おとといユウが言った、
「もう、慣れるしかないよ。」と言われれば返す言葉がないので、聞けなかった。
それに、僕が必死になって美保に馴染もうとしてがんばっているのと同じように
、ユウだって必死になって石川裕也になろうとしていることはよく分かったし、その結果として、石川裕也が「進化」してしまうことを僕がとやかく言うことなどできるわけがなかった。

一方で、僕は同じ境遇のユウがそばにいることが心強かったし、共通の悩みを抱えていると思えば、離れたくなかった。
昨日の部活で、ユウにはとても悔しい思いをさせられているのにもかかわらず、
今、こうしてユウと会っていることに、代えがたい安心感を得ていた。
ユウは僕のことを気遣ってか、昨日の部活のことは話題にしなかった。

僕達は予定通り、図書館で宿題に取りかかった。
とりあえず、同じ宿題を一緒に始めた。
僕は、いつになく真剣に取り組んだ。
ユウにカッコ悪いところを見せたくなかった。

お互いに口もきかずに集中し1時間程たった。
僕の集中力は、このくらいが限界だ。
僕は一息ついて、ユウの様子をうかがった。

僕を取り巻く様々な違和感が、どんどん薄れていったのと同じように、僕のユウを見る違和感も薄れていた。
初め、ユウは紛れもなく「自分」であり、その自分を見ることに強い違和感を抱いていた。
いや、むしろ嫌悪感と言ったほうが近かったかもしれない。

それが、今はユウのことは、「ユウ」というひとりの男として自然と見ている。
僕はユウを既に「自分」ではなく、「他人」として客観的に認識するようになっていた。

ユウは、今までの僕の人生の人間関係の中では、最も新しい登場人物だが、一方で、僕の内面においては最も近い人物であると思えた。
僕にとって、今のユウは、親以上に大きな存在だった。

そんなユウは、なおも集中して宿題に取り組んでいる。
(僕はこんなに集中して勉強したことがあっただろうか・・・?)
自分の不甲斐なさに情けなくなり、またしても自己嫌悪に陥りそうになる。

ユウは僕の倍くらい進んでいた。
ノートも今までの僕よりもはるかに整理されている。
僕がユウのほうを見ていると、ユウが僕に気がついた。
「ちょっと休憩しようか。」
「うん。」
ユウは、まだ続けられそうだったが、僕を気遣ったようだ。
僕達はロビーに出た。

「ユウ、さすがだね。もう、あんなに進んでいる。」
「うん、さっさと終わらそうよ。美保、わかんないとこあったら聞いていいよ。」
ユウは僕よりも勉強ができることを自覚している。
僕も、ユウの優秀さは十分わかっているので嫌味ではない。
「ありがとう。」
僕は素直に返事をした。

今のところ、ユウに聞かなければ進めない内容ではなかった。
ただ、ユウのように速くこなせないだけだった。
「ユウ、今やってたところちょっと見せてくれない?」
僕はちょっとユウに甘えてみた。
「美保、ただ写すだけじゃダメだよ。」
軽く叱られた。
「やっぱり・・・。」
僕ががっかりしていると、
「しょうがないなあ・・、じゃあ参考にしてもいいから、ちゃんと自分で考えるんだよ。」
と、ユウは僕のおでこを軽くつついた。
僕は、ユウに感謝しつつも、その女の子扱いはうれしくない。

僕は話題を変えた。
「昨日の部活だけどさ、ユウはもう、すっかり慣れたみたいだね。」
「うん、やっぱり男子は力があるよ。今までと同じように打っても、スピードが違う。
美保には悪いけど、自分でもすごくうまくなったように感じた。」
「やっぱりそうか・・・。俺はぜんぜんダメ・・・。」
僕は、つい『俺』と言ってしまった。
「美保。ダメだよ。そんな言葉使っちゃ。」
また、叱られた。

少し気分がブルーになりかけていた時に、自分でも分かっていることを注意されて、僕は少し腹が立った。
「なんだよ。二人のときくらいいいだろ!」

僕は、美保の家や昨日の部活で美保を演じてきて、そのことに疲れていた。
身体の違和感はなくなりつつあるが、精神的には男のままだった。
僕が本当の姿をさらけ出せるのはユウだけだった。
だから、僕はユウの前では、自然体でいたかった。

僕が急に気色ばんだので、ユウは驚いている。

そもそも、お互い姿に合った言葉遣いをしようと提案したのは僕だった。
自分の姿をしたユウが女の言葉使いで女の仕草をしているのが、見ていて気色悪かったからだ。

にもかかわらず、僕の提案を一生懸命実行しているユウに、僕自身が実行していないことを注意されて、僕は自分の感情のまま腹を立ててしまった。
自分勝手だった。

「ごめん・・・。」
僕は少し冷静になり、そうつぶやいた。
「・・・。」
ユウは黙っている。
「ごめん、気をつける・・。」
もう一度、謝った。
「うん・・、いいよ。美保の気持ちも分かるから・・・。でも、美保にあんな言葉は似合わないよ・・・。」
ユウだって、美保には美保らしくいて欲しいに違いなかった。

僕達は気持ちを入れ直して、宿題を続けた。
僕はユウの助けをかりたおかげで、予想以上にこなす事ができた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


7月最後の日曜日。
僕達が入れ替わってから一週間たった。
今日は、卓球部の夏の大会の地区予選の日だ。

僕は、調子が上がらないまま今日を迎えていた。
一方、ユウは、ますます自信をつけ、調子を上げていた。

この大会はシングルスとダブルスの個人戦の大会だ。
僕もユウも、入れ替わる前にエントリーされていた。

大会は、予選リーグの2位までが、決勝トーナメントに進出できる。
決勝でベスト4に入れば県大会への出場権が得られる。

男女とも午前中はダブルスだ。
ダブルスは僕は詩織と組んでいる。
僕は、ユウから密かにサーブを教わっていたが、やはり付け焼刃では試合いに通じず、予選リーグで敗退した。
明らかに僕が足を引っ張っていたが、僕がここ一週間不調で悩んでいたことを知っている詩織は、僕を責めるようなことは一言も言わなかった。
心の底から詩織に申し訳なく思った。

女子は3年生の1組だけが決勝トーナメントに進んだが、初戦で敗れてしまった。

僕らは女子の結果もそこそこに、ユウたちの様子を見に行った。

ユウと翔のペアは決勝トーナメントに進んでいた。
僕と翔は、過去にも決勝に進んだことはあった。
今回は、予選リーグの対戦相手を見れば、順当といえた。

二人は決勝トーナメントの初戦を突破し、ベスト8に進出していた。
ベスト4に残れば県大会進出だったが、次の対戦相手は強敵だった。
県大会常連の3年生ペアだ。

だが、ユウと翔のペアは互角に戦った。
翔もどちらかと言うと、僕と同じで攻撃型だ。
僕よりも幾分オールマイティで穴が少ない。
序盤は、翔のスマッシュが面白いように決まり、第3セットを終わって2−1とリードしていた。
3セットとれば勝利だ。
第4セットも、好調は続き、一時はマッチポイントを奪ったものの、勝ちきれずにこのセットを落とした。
最終セットに入ると、相手が底力を発揮してきた。
肝心のところで、翔のスマッシュが外れ、結局2−3で試合に敗れてしまった。

だが、大健闘だった。
翔のスマッシュが目立っていたが、ユウの切れのいいサーブとミスのない繋ぎが、このペアを支えていたことは明白だった。
僕は、ユウの技術の高さを改めて確認するとともに、ぎりぎりの場面でも慌てずに力を発揮できる精神の強さに驚いた。

ダブルスが終わり、お昼の時間になった。
僕は、詩織と観客席で弁当を食べていた。
「ユウくん、すごかったね〜。」
詩織が話しかけた。続けて、
「ねえ、美保。あのサーブ美保が教えたんでしょ?」
と僕に問いかけた。
「えっ!?」
「すぐに分かったよ。美保の得意技だもん。あれ、レシーブすると思ったより浮くでしょ。
佐々木君もそれ分かってて、どんどん打ち込んでたもん。」
詩織は、日ごろ美保と組んでいるのでよく分かっている。
「でも、いつ教えたの?どっかで練習したの?」
「あ、ああ、確かに教えたけど、練習はしてないよ。」
僕は、確かにユウから教わった。
「練習してないの?すごいね、ユウくん。もう実戦で使えるなんて。もう、美保効果抜群だね。」
まさに美保効果だったが、
「そんなことないよ。」
と、とりあえずは返事をした。
「ねえ、この分だとユウくん、シングルスでも結構上にいけるんじゃない?」
僕もそう感じていた。

詩織は、僕の不調のせいで自分がよい成績を残せなかったことには一切言及せずに、素直にユウの活躍を喜んだ。
僕は詩織に対する自責の念は消えなかったが、詩織の笑顔を見てると気持ちが軽くなった。

午後はシングルスだ。

僕は、自分では予想通り、周りの期待を裏切り、予選リーグで1勝もできずに最下位で敗退した。
詩織は、健闘したもの予選リーグ3位で敗退した。

いままで美保は、決勝トーナメントに進んだことは数えるほどしかなかったが、1勝もできなかったことはなかった。
ユウにも申し訳なかった。

決勝トーナメントには3年生が2人進んだが、2人とも初戦で敗れた。
うちの部の女子はいつもこんな感じだったが、3年生にとっては最後の大会なので、もう少し結果を残したかった。
結果を残せなかった最たる人物は、もちろん僕だったが・・・。

結局、午後も、僕らは男子の様子を見に行った。

ユウは、案の定予選リーグを危なげなく勝ち上がり、決勝トーナメントでもひとつ勝って、ベスト16に進んでいた。

ちょうどこれから、ユウの決勝トーナメント2回戦が始まるところだった。
相手は3年生だ。
今までの僕ではちょっと勝つのが厳しいかもしれないレベルの選手だ。
ユウは、ゆったりとサーブの構えに入った。
構えは堂に入っており、全身から自信がみなぎっていた。
相手は少し腰が引けているように見える。

ユウがサーブを打った。
さっそく相手のレシーブが甘いところに返ってきた。
ユウはそれを逃さず、確実にスマッシュした。
決まった。
ユウがサーブで崩し、2点を連取した後は、一方的な展開となった。

その後の2セットも、相手はユウの多彩なサーブに対応できず、ユウは3−0であっさり勝利した。

となりの詩織は声を上げて喜んでいる。
「すごいよ!ユウくん!ねえ、これなら、ユウくん、県大いけるんじゃない!」
完勝だった。
相手に付け入るスキを与えなかった。
もともと僕が持っていたスピードとパワーに多彩なサーブが加わったことで、
今のユウは県大会レベルの実力といっても過言ではなかった。

これで、次の試合に勝てばいよいよベスト4だ。
だが、対戦相手を確認すると今大会の優勝候補筆頭の選手だった。
さすがに県大会出場の道は、これで絶たれたと思った。

詩織が、試合を終えたユウのところに行こうと言いだした。
僕は詩織に引っ張られるように、ユウのところへ言った。
「おめでとう。」
僕はユウに声をかけた。
「ありがとう。」
ユウがうれしそうに答えた。
「ユウくん、美保のサーブ、ばっちりだね。」
詩織は『ユウくん』と言って話しかけた。
「あ、黒田さん、分かる?」
「分かるよ。ねえ、美保。」
詩織は僕に振ってきた。
「うまくいってるみたいね。」
僕はユウに言った。
「うん、お陰さまでね。すごく調子がいいよ。」
ユウは話を合わせた。
「次は強敵だね。」
「うん。」
「でも、応援してるからがんばってね。」
「ありがとう。」
僕たちは、ユウに励ましの声をかけて離れた。

「ユウくん、カッコいいね。」
「そうかい?」
詩織の問いかけに僕はとぼけたが、確かにさっきのユウはカッコよかった。
僕は、男に対して「カッコいい」などという感情を持ったことは今まで一度もない。
だが、今のユウを見れば、詩織が「カッコいい」と言うのも理解できた。

「彼があんなカッコよくて、美保うらやましいなあ〜。いいなあ〜。」
詩織は素直に嫉妬した。
僕は悪い気はしなかった。

いよいよ準々決勝が始まった。

やはり相手は優勝候補だけのことはある。
今までの相手には効いていたユウのサーブも、すぐに対応して厳しいところに返してくる。
しかし、ユウも一歩も引いていない。
しぶとく拾いながら、時折スマッシュを決めていた。
第1セットから熱戦となり、ジュースにもつれ込んだ。
ユウは、1点を追いかける苦しい展開に、何度かセットポイントを凌いだが、
ついに、ユウのスマッシュがアウトになり、第1セットを奪われた。
優勝候補相手に内容は互角だった。
最後のほんの少しの差で、勝負がついた。

しかし、ユウは、ジュースになってもミスをしない相手に、最後まで攻めていた。
僕には、追い込まれると攻めきれなくなる悪い癖があったが、今のユウは違った。
セットポイントを奪われていても、攻めの姿勢を貫いていた。
その結果のスマッシュアウトだった。

(これはひょっとして、ユウが勝つかもしれない・・・)
第1セットを取られはしたが、僕はそんな予感がした。

第2セットに入った。
今度は、相手は最初から攻撃的に来た。
積極的にスマッシュを打ち、それがよく決まった。
(やり方を少し変えてきたな・・・)
相手はユウに本気になったに違いない。
一気に勝負をつけようとしているように見えた。
ユウは最初の流れが変えられず、第2セットも落としてしまった。

追い込まれた。
(やはり、ムリか・・・。)
とみんな思った。

ところが、第3セットは、また、接戦になった。
ユウは、第1セットと同じ今のサイドの方がやりやすそうだった。
再び、ユウのスマッシュが冴えだした。
第3セットはユウが攻め勝ち、1セットを取り返した。
ついに、ユウは優勝候補から1セットを奪った。
うちの部では今まで誰もできなかったことだ。

詩織は「すごい!!」を連発し、興奮している。
だが、この熱戦を演じている当のユウは試合開始からまったく表情を変えていない。
体育館の熱気もあり、第1セットから大粒の汗を流していたが、その表情は落ち着いていた。
今1セット奪った瞬間も、ガッツポーズひとつせず、平静を保っている。
いや、おそらく、ユウだって自分の健闘ぶりは予想外だったに違いない。
ユウはこの大会で試合を重ねながら、ユウ自身が持つポテンシャルの高さを実感しているはずだ。

第4セットに入ると、相手がまた攻撃的に来た。
だが、第2セットのときのようにスマッシュが決まらない。
ユウは、試合中にゲームの組み立てを変えているようだった。
いつのまにか、相手はスマッシュができなくなっていた。
第4セットもユウが取り、とうとう2−2に追いついた。

詩織は、この展開にすっかり興奮している。
僕も、ハイレベルな試合に引き込まれていた。
(ユウすごい。)
自分の身体がここまでできていることが信じられない。

第4セットを終えたユウは、肩で息をしながら汗を拭いている。
しかし、表情は相変わらず平静を保っている。
優勝候補相手にここまで来ればもう、「胸を借りる」という気持ちは全くないはずだ。
当然「勝ち」を意識する。
逆に、優勝候補の相手は、まさかの「負け」を意識する。
実力が同じなら、「勝ち」であろうが「負け」であろうが勝負を意識した方が負けだ。
皆、それが分かっていても意識してしまう。
ユウも表情は平静を保っていたが、その内面がどれだけ平静でいるのかは分からない。
この試合は、正に精神力の勝負となってきていた。

今試合の流れは完全にユウに来ている。
しかも、ユウがやりやすそうにしているサイドで始まる。
序盤で有利な状況にしたかった。

だが、そう簡単にはいかなかった。
最終セットが始まると、ユウはなぜか序盤でリードされてしまった。
勝負を意識したのかもしれない。
(ここが勝負だぞ・・・)と僕は祈った。
相手が5点取ったところで、サイドを代えた。

ユウはサーブの位置に立ち、大きく深呼吸した。
ユウは再び集中していた。
ユウがゆったりとサーブの構えをした。
美保の得意技だ。
いいサーブが打たれた。
相手のレシーブはネットにかかった。
ユウは、次も同じ構えからサーブした。
今度は相手のレシーブが浮いた。
すかさず、ユウはスマッシュした。
決まった。

相手が初めて連続でミスをした。
今度は相手が勝負を意識したのかもしれない。
いや、これはミスではなく、ユウの集中力がサーブの切れを増したのかもしれなかったが、傍から見れば相手のミスに見えた。

とにかくユウは追いついた。
ユウは精神力においても、この百戦錬磨の優勝候補に負けていなかった。

ここから試合は一進一退の展開となった。
お互いに手の内が分かり、相手の得意なところには決して返さない。
レシーブを拾い続ける展開が続いた。
ユウは回転の種類を微妙に変えていたが、相手もそれを冷静に読み、甘いコースには返してこない。
二人ともフルセットで、相当疲れているはずだが、もうお互いにミスをしない。

僕と詩織は、本気で試合に引き込まれていた。

ユウがボールを打つたびに、髪から汗が飛び散った。
レシーブで足を大きく踏み出すと、脚の筋肉が躍動した。
ユウは必死にボールを追いかけていた。

その姿はとても美しかった。
僕は素直に「カッコいい」と思った。

人は、すばらしい勝負を目の当たりにすると感動する。
僕は今、このあまりにも身近な勝負に感動していた。
涙をこらえながら、ユウを心から応援していた。

最終セットもジュースにもつれ込んだ。
第1セットと同じ、ユウが1点を追いかける展開になった。
ユウは相手のマッチポイントを凌いだ。
また、ジュースだ。
相手も肩で息をしており、相当疲れていることがよく分かった。

だが、また、相手のマッチポイントとなってしまった。
胃を締め付けられるような緊張感の中、丁寧なラリーが続いたが、相手のレシーブがやや甘くなった。
ユウは、それを見逃さず、懇親の力を込めてスマッシュした。

しかし、ボールはネットにはじかれ、アウトになった。

「ああああー!」
詩織は悲鳴を上げた。

試合は終わった。
あと一歩で勝てなかった。

ユウは技術ではまったく引けを取っていなかった。
最後の最後まで攻めきったことは、ユウの精神力が相手を上回っていた証拠だ。
だが、勝てなかった。
僕には、勝利の女神の気まぐれとしか思えなかった。

スマッシュがアウトになり、ユウは、天を仰ぎ目をつぶって悔しがった。
この時、初めて、感情を表した。
だが、すぐに冷静さを取り戻し、相手と握手を交わした。

さわやかな光景だった。

僕は心からユウの健闘を讃えた。
僕はユウにかける言葉が見つからなかった。
「がんばったね。」「惜しかったね。」「すごかったね。」
どれも、ユウを讃える言葉としては相応しくないような気がして、結局今日はメールもできなかった。

ユウは僕の届かないところに進み始めていた。

<つづく>

拍手する ←よろしかったら

■ 記憶の中の僕 ■

第1話 ファーストキス
第2話 プライド
第3話 薄れる違和感
第4話 ユウの変心
第5話 二つの人生
第6話 再会
第7話 小さな疑問
最終話 誓い

掲示板
  1. HOME>
  2. 第3話 薄れる違和感
inserted by FC2 system