第1話 ファーストキス
第2話 プライド
第3話 薄れる違和感
第4話 ユウの変心
第5話 二つの人生
第6話 再会
第7話 小さな疑問
最終話 誓い

掲示板

第2話 プライド

いつものように、目覚まし代わりのケータイの音が鳴った。

僕は目を覚まし、ケータイを手にとって時間を確認した。
7時だ。
時刻を認識したとき、自分の細い指を見てハッとした。
(そうだった・・・)
思い出した。

髪に手をやった。
そして、胸と股間に手を当てた。
女の身体だ。

部屋を見渡した。
見慣れない部屋だったが、夕べ帰ってきた美保の部屋であることを認識した。

僕は姿見に自分の身体を映した。
パジャマを着た美保が立っている。

(変わってない・・。夢じゃなかったのか・・・。)

身体が尿意をもよおしていた。
いつもなら、起きてすぐは朝立ちしているので、用を足すには少し鎮めなければならなかったが、今日はその必要はなかった。

僕は、すぐにトイレに向かい用を足した。
トイレでは身体が女であることを強く意識させられた。

部屋に戻り、ケータイのメールを確認したが新しい着信はなかった。
(美保はどうしてるかな・・・)
と、思い美保にメールをした。
『おはよう。予定通り、9時に図書館に行くよ。』
すぐに返事が来た。
『おはよう。了解!』

同じ境遇の人間と繋がっていることが確認でき、僕は一安心した。
美保が、僕の家のどこでどのようにメールを打っているのか分からなかったが、僕の家は、美保の部屋のように完全にひとりになれるスペースはあまりなかった。
メールが短いのはそのせいかも知れないと思った。

僕は勇気を出して、リビングに行ってみることにした。
リビングには、美保のお父さんとお母さんがいた。
お父さんはダイニングテーブルで新聞を見ながら朝食を食べている。
今日は月曜日なので、これから仕事に行くのだろう。
お母さんはソファーに座り、折込みチラシを見ている。

お父さんが僕に気が付き、「おはよう。」と声をかけた。
僕も、「おはよう。」と答えた。

「あら、どうしたの、早いわね。どっか出かけるの?」
お母さんが僕に聞いてきた。
「う、うん。ちょっと図書館に行こうと思って。」
緊張のせいで、自分でもぎこちないのが分かる。
「そう。でも、朝ごはん作ってないから、適当に自分で食べて行きなさい。」
「うん、わかった。」

二人とも、僕のことを美保と認識しているようだ。

(「適当に自分で」と言われてもな・・・)
今の僕には「適当」のやり方は分からない。
なんだか、あまりお腹もすいてなかったので、食べずに出かけることにした。

部屋に戻り、出かける準備した。

寝るときにはブラジャーをしていなかったので、チェストの中から適当にブラジャーを選んで取り出した。
付けようとしたが、紐がねじれたり、ホックの位置が分からなかったりして、てこずった。
肩紐の長さや胸の収まり具合がこれでいいのかどうか不安だったが、正解が分からなかったので適当に付けた。
思ったより締め付けられ感が強かった。

クローゼットにはいろいろな服が掛けられていた。
形も色も僕のワードローブに比べるとずっと多彩だ。
何を着て行こうか考えているとき、メールの着信があった。
美保からだった。
『8:30に大通りのコンビニに集合できる?』
昨日の約束では、図書館が開く9時に図書館に集合することにしていた。
集合時間までは、まだ1時間以上あるし、コンビニなら朝食を調達できるので、僕にとっても都合が良かった。
『了解。』
僕は返信した。

女の子の服のコーディネートは僕にはよく分からないが、これだけ多彩なら、服を選ぶのも楽しいかもしれないなと思った。
僕は、白いポロシャツにベージュのコットンパンツを選んだ。
とりあえず無難と思える組み合わせにした。
姿見に、自分を映してみた。
服を着ると、いつも見慣れた華奢なイメージの美保になった。

ブラッシングをして髪型を整えた。
昨夜いい加減に乾かしたにもかかわらず、寝癖もなく、少しブラッシングをしただけで髪はまとまった。
昨日髪を束ねていたゴムを使って、昨日と同じように髪を後ろで束ねてみた。
どのくらいの強さで止めればいいのか加減が分からず、何度か縛っては解きを繰り返した。
前髪だけ残したり、サイドの髪も少し残してみたり、縛る位置を頭の上のほうにしたり、下にしたり、少し横にしたり、束ね方によってバリエーションができることがわかった。
その都度、鏡に映った顔の印象が変わり、ちょっと楽しかった。
結局、昨日と同じように、前髪だけを残して真後ろに束ねた。

図書館は自転車で10分くらいの距離だ。
コンビニまでは2、3分で行ける。

今8時を少し過ぎたところだ。
集合時間まではまだ時間があったが、家にいると馬脚をあらわしそうだったので、出かけることにした。
僕は、バッグにケータイを入れて部屋を出た。

リビングに行くと、お母さんがいた。
お父さんはすでに仕事に出かけたようだ。
僕は、お母さんに声をかけた。
「じゃあ、でかけてくるね。」
相変わらず、声をかけるのは勇気がいる。
「もう行くの?ごはん食べてないでしょ?」
お母さんが質問してきた。
「うん、大丈夫。」
「今日も暑いよ。ちゃんと食べなきゃだめだよ。」
「うん、わかってる。外で食べるよ。」
僕はそう答え、すぐに玄関に向かった。
本当は歩きやすいスニーカーか何かを履きたかったが、下駄箱にある靴の、どれが美保のものか分からなかった。
仕方なく、昨日と同じミュールを履いた。

車庫にまわり、自転車を探した。
自転車が2台あったが、美保が乗りそうな自転車はすぐ分かった。
もう1台は真の自転車だろう。今の僕にはサドルの位置が高かった。
鍵はかかっていなかったので、車庫から自転車を引っ張り出した。

いざ、自転車に乗ろうとすると、身体が違うせいか、自転車が大きく感じ、ちょっと緊張したが、問題なく乗れた。
だが、ミュールはペダルを漕ぐには向いてなかった。
(やっぱり、乗りづらいなぁ・・・)
乗ってしばらくは、いつもと違う自転車の感覚に戸惑ったが、それもやがて慣れた。

コンビニに着いて、僕はサンドイッチ1つとペットボトルのお茶を買った。
バッグに入っていた財布のお金で支払った。
(後で美保に報告しておこう。)
美保の財布には、ぱっと見2万円くらいありそうだった。
(随分入ってるな。)
ちょっと羨ましかった。

一旦コンビニを出て、近くの小さな公園に行った。
僕は、その公園のベンチに座り、サンドイッチを食べた。
思えば、この身体になって初めての食べ物だ。
サンドイッチはおいしかった。
(もうひとつ買えばよかったかな。)
食べ初めたら、お腹が空いていたこと分かった。

集合時間になった。
僕はコンビニに戻った。
既に、僕の姿をした美保がコンビニの脇で待っていた。

その姿を見て、僕はものすごく安心した。
「あ、ごめん、待った?」
僕は美保に話しかけた。
「ううん、今来たとこ。」
自分の姿を外から見るのは、相変わらず強い違和感があったが、その「自分」が笑顔で僕に答えたのを見たら、なぜか、涙が出てきた。
「あ、あれ?、なんだ・・・これ・・」
僕は動揺した。
「自分」の姿をした美保を見て、ほっと安心したのは確かだ。
だが、こんなところで涙をながすとは、僕自身がびっくりした。
と、同時に何だかカッコ悪くて恥ずかしくなった。
「どうしたの?石川君。」
「あ、ごめん、わかんないけど・・、なんかホッとしたのかな・・・」
自分では気がつかなかったが、昨夜からずっと緊張していたのかもしれない。

「あ、あのさ、このカッコ変じゃないかな?」
僕は自分の服装に自信がなかったので、さっそく美保に訊ねた。
「ううん。ぜんぜんおかしくないよ。わたしもその組み合わせよくするよ。石川君、結構うまいじゃない。」
僕は一安心したが、ついでにもうひとつ確認した。
「それから、ブ、ブラジャーなんだけど、これでいいのかどうか・・・」
訊ねる声がだんだん声が小さくなる。
僕は、今自分の胸を締め付けているものが本当にこれでいいのかどうかを知りたかった。
「ん?どれ?」
美保はいきなり僕の胸に手を触れようとした。
僕は反射的に、腰を引いて胸を隠す動作をした。
「あ、ごめん、ちょっと触っていい?」
「あ、う、うん。」
美保は、ブラジャーのカップの具合や谷間の隙間、背中のホックの位置や肩紐のかかり方などを、ポロシャツの上から確認した。
誰かに見られたらちょっと勘違いされそうで、僕は周りを気にしていたが、美保は堂々とした仕草で確認した。
「うん、見た感じは大丈夫みたいだけど、身体を動かしても大丈夫?」
僕は、身体をひねったり、ひじを張って両手を回してみたりした。
「うん、大丈夫。」
「なら、平気だよ。」
美保から合格をもらってホッとした。


「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど。」
今度は「自分」の姿をした美保が真剣な表情で言った。
「私の部屋から持ってきてもらいたいものがあるの。」
「えっ!?」
僕は、できれば、もう美保の家に戻りたくなかった。
だが、美保は続けた。
「日記なの。私の机にしまってあるんだけど・・・。」
話しかけるその表情から、とても大事なものだということが分かった。
「うん、分かったよ。」
僕は了解するしかない。
すると、美保は僕に小さな鍵を渡した。
「これ、私の机の鍵。日記は、一番上の引き出しに入っている、茶色いカバーのやつ。」
いつのまに手に入れたのか、美保は自分の机の鍵を持っていた。

僕達二人は自転車に乗り、美保の家の近くまで来た。
「日記を見つけたら、すぐに持ってきてね。それから、中は絶対に見ないで。」
美保の表情は真剣なままだ。
「石川君を信用してるからね。」
美保は僕に念を押した。

僕は、また、家に入るために緊張しなければならなかった。
玄関を上がり、すぐに2階の自分の部屋へ行った。
幸い、お母さんにも弟の真にも会わなかった。
美保から預かった鍵を使い、机の一番上の引き出しを開けた。
日記はすぐに見つかった。
僕は日記をバッグに入れて、すぐに部屋を出た。

「美保〜?」
1階に下りたときリビングからお母さんの声がした。
「うん、忘れ物した。行ってきまーす。」
僕はあわてて答え、また家を飛び出した。

美保のところに戻り、日記を渡した。
「これかな?」
「そう!これ。ありがとう!よかったー・・・」
「自分」の姿の美保は、さっきまでの真剣な表情が解け、日記を抱きしめ喜んだ。
(おいおい、誰かに見られたら、ちょっと変な人と思われそうな仕草だぞ・・)
と思い、つい周りを見渡してしまったが、近くに人はいなかった。

美保は、僕に見られないように日記の中身を確認してから、僕の部屋から持ってきたバッグに日記をしまった。
美保は、僕がいつも学校に持っていく手提げかばんを持ってきていた。

「香川さんが日記を書いていたとはね。」
「意外だった?」
「そういう訳ではないけど。」
「それより、石川君は何か勉強道具持ってきたの?」
美保が話を変えた。
「あ!」
うっかりしていた。
僕は何も持ってきていなかった。
「よくそれで、お母さん何も言わなかったね。」
「自分」の姿をした美保は笑った。

僕は、もう美保の家には戻りたくなかったので、困っていると、
「まあ、しょうがないよ。今日は勉強するわけじゃないし。このまま行こう、図書館。」
と美保が言ってくれた。
その表情は和らいでいた。

僕達は自転車に乗り、図書館に向かった。

すでに日差しは強く、今日も暑くなりそうだった。
(帽子を持ってくればよかったな・・・)
自転車をこぎながらそう思ったが、もちろん、家に取りに帰る気はなかった。

もう首筋が汗ばんでいた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「あのさ・・」
僕は、図書館に向かう途中、自転車で隣を走る「自分」の姿をした美保に話しかけた。
「さっき、思ったんだけど、その姿で女言葉はちょっと変だね。」
「うん。私もそう思ってた。この声だとおかしいよね。」
「やっぱり、これはお互い様だとは思うんだけど、それぞれの姿にあった言葉遣いをした方がいいかもしれない。」
「うん、そうだね。よし、今からは俺は石川裕也だ!」
「順応早いなぁ・・・」
「ほら、美保もちゃんとやれよ。」
「はぁ?、美保って、俺もそうは呼んでなかったよ。」
「美保、そんな言葉使っちゃだめだよ。」

(ちぇっ、調子に乗るなよな)
僕は何だか面白くなかった。
美保が簡単に男言葉を使ったこともあったが、急に上から目線で話されたような気がした。
それよりも、僕はそんな簡単に女言葉を使うことはできなかった。
僕が言い出したことではあったが、いざ自分が女言葉を使おうとすると、僕の中の男のプライドが邪魔をした。

僕は話すのを止めた。

「あ、ゴメン。何か気に障った?」
美保が気を遣ってきた。

美保だって、簡単に男言葉を使ったわけではあるまい。
僕の提案を受け入れて、一生懸命にしゃべったはずだ。
にもかかわらず、僕は大人気ない対応をしてしまった。
「あ、ゴメン。何でもない。」
僕は素直に謝った。
そして、今の気持ちを美保に伝えた。
「自分は香川さんのように、うまくしゃべれなくてさ・・・、それで・・・、ゴメン。」
「いいよ。私もちょっと調子に乗りすぎたかな。でも、やっぱりできるだけ、姿に合わせないと変だよね。」
「うん・・・。」
「石川君、自分のこと『わたし』って言うことはできるでしょ?」
「うん・・、ちょっと抵抗があるけど・・・。」
「それだけで、随分違うと思うよ。」
「そうだね・・・。」
「それから、お互いの呼びかたどうにかしたほうがいいよね?」
「え?」
「さっきみたいに、『美保』って呼びたいんだけど。いいかな?」
「まあ、いいけど・・。」
いつのまにか、また美保のペースになっていた。
「美保は俺のこと何て呼んでくれる?」
美保はすっかり『石川裕也』になっている。
(俺は「自分」に向かって『裕也』とは呼びたくないな・・・)
「自分が美保だったら『ユウくん』って呼びたかったな。」
美保が提案してきた。

確かに、子供の頃、僕は「ユウくん」と呼ばれていた。
美保のお母さんからも「ユウくん」と言われたことがある。
だが、自分を「くん」付けで呼ぶのもなんだか抵抗があった。

「『ユウ』でいいかな?」
僕は、どうにか呼べそうな言い方を提案した。
「『ユウ』?」
美保はちょっと意外な表情をしたが、
「了解。そうしよう。」
と、受け入れてくれた。

「美保、俺のこと呼んでみて。」
早速美保が僕に言った。
「なあに?ユウ。これでいい?」
僕は、できる限り女の子らしく言ってみた。
「そうそう、その調子。」
美保はうれしそうだ。
僕は、すっかり美保にのせられてしまった。


図書館に着いた。
自転車を止めると、首の汗が胸の谷間に流れた。
館内は既に冷房が効いていて、汗ばんだ身体には心地よかった。

席はまだほとんど空いていた。
僕達は、一番隅の窓際の机に座った。

「美保、これからのことだけどさ・・、」
早速ユウが僕に話しかけた。
「しばらくはこのまま生活することを覚悟する必要があると思う。」
僕は、ユウが何か解決策を言ってくれることを心のどこかで期待していた。
しかし、原因も分からないのに、解決策があるはずもなかった。
「そうかもね・・・」
僕はちょっと落胆した。

館内は静かだったので、僕達は自然とヒソヒソ話になっていた。
「話しずらいね・・・」
ユウが言った。
「ちょっとロビーの方に行こう。」
「うん。」
机には、ユウが持ってきたノートやペンケースを置いておいて、僕達は図書室を出て、ロビーに行った。

暑い中自転車で来たので、二人とものどが渇いていた。
ユウは自動販売機でコーラを買った。
僕は、さっきコンビニで買ったお茶がまだ余っていたので、それを飲んだ。
もうぬるくなっていた。

ユウが見慣れた僕の財布から小銭を出したのを見て、僕は思い出した。
「あ、そうだ。わたしさっきのコンビニでサンドイッチを買ったんだけど、それでその時、財布のお金使っちゃったけど、よかったかな?」
僕は意識して『わたし』と言ってみた。
「そんなのは構わないけど、朝ごはん食べてこなかったの?」
ユウは、僕が『わたし』と言ったことを自然と受け流した。
そのおかげで、僕も照れずに会話を続けられた。
「うん。お母さんに適当に食べていきなって言われたけど、どうしていいかわかんなくて・・・」
「それもそうか。いつもは適当に卵やベーコンでも焼いて食べるけどね。」
「そう・・・。」
「パンくらいは焼けるでしょ?バターは冷蔵庫にあるし。」
「でも、パンの場所を探したり、トースターの使い方を考えたり、台所であたふたするのは怖いよ。」
「大丈夫だよ。わたしもそんなに料理してたわけじゃないから。学校行くときは、お母さんにまかせっきり。」
美保の言葉に戻っている。
「おっと、言葉使いは意識しなきゃ。」
ユウが自分自身を戒めた。
「美保も、そのうち、うちのやり方に慣れるよ。」
「そのうちって・・・」
ユウは積極的にこの状況に慣れようとしているようだった。
僕は、ユウとの意識の違いを感じた。

「ユウは朝ごはん食べてきたの?」
今度は僕がユウに聞き返した。
「食べたよ。」
あっさり答えた。
「ご飯に納豆と味噌汁。シンプルだった。」

僕は、朝はパンよりもご飯を好んだ。
忙しい朝に、パサパサしたパンを食べるのはまどろっこしいからだ。
我が家はみんな納豆が好きだったので、朝はよく納豆を食べた。

「おいしかったよ。俺も納豆好きだし。」
ユウは続けた。
「朝起きて、お母さんに図書館に行くって言ったら、『あら珍しい』って言われた。
でも、何も言わずに朝ごはんがテーブルに用意されたよ。」
僕は、ユウがどんな会話をしてきたのか興味あったが、それよりも、ユウは一晩でかなりの会話をしているようで、その度胸のよさに驚いた。
(自分にはできない・・・)

コーラを飲み干してユウが言った。
「夕べ一晩泊まってみて、美保に確認したいことがたくさんあるんだ。美保もそうだろ?だから、これから机に戻って、ノートに書きながら確認しよう。」
「うん、わかった。」
僕は素直にユウに従った。

家族や親戚の人をなんと呼んでいるか、起床や就寝の時刻、朝起きてからやること、下駄箱の中の自分の靴、食べ物の好き嫌い、いつも見るテレビ、家の中での服装、洗濯のやり方、食事のとり方、掃除のやり方、夏休みの予定、などなど、夕べのメモでは足りないことについて、家の中のことはもちろん、友達関係についてもできるだけ詳細に書いた。

ユウはこれらのことを整然とノートに書いた。
生理の予定日まで書いていた。

僕もノートに書いたが、ユウが書いたものと比較するすると、
自分でも乱雑で分かりにくいと思った。
美保は普段から成績が抜群だったが、こんなことも上手にまとめられた。

僕は、ノートに書くネタがそろそろ尽きてきた頃、ユウに訊ねた。
「ねえ、このこと、誰かに相談しなくていいかな?」
「うん、それは俺も考えてたんだ。もしかしたら、何かの病気かも知れない。病気なら専門家に聞けば治し方がわかるかも、って。」
ユウはごく普通に男言葉を使いながら続けた。
「でも、これひとつ間違えると、精神鑑定されるかもしれないと思わない?」
「確かにね。頭おかしいんじゃないの、で済まされちゃうかも・・・」
「美保はどこか身体の調子悪い?どこか痛い所とかある?」
「ううん。どこも悪くない。」
「だろ?俺も身体はなんともなさそうなんだ。だから、このこと誰かに話すのは、ちょっと待ったほうがいいような気がする。」
「そうかな・・・」
頭のいいユウにそう言われると、僕は反論することはできなかった。

図書館
そろそろお昼だ。
今日も日差しが強い。
真夏日は確実だ。

僕達は、一旦図書館を引き上げ、近くのファミレスでランチをすることにした。
図書館を出ると、熱気で身体がとたんに暑くなった。
図書館の駐輪場は日陰だったので、自転車はそのまま置いておくことにした。
僕達は歩いてファミレスに向かった。

並んで歩くと、ユウの背がとても高く感じられ、それが頼もしく思えた。
ファミレスまでは1分ほどだが、それだけで汗が吹き出た。
また、ポロシャツの中の胸の谷間に汗が流れた。

ファミレスの中は期待したほど冷えてはいなかった。
「げっ、図書館の方が涼しいよ・・・」
ユウも少しがっかりした。

「こちらへどうぞ。」
ウエイトレスに促されてユウがついて行った。
僕もユウの後ろからついて行った。
僕達は2名がけのテーブルに案内された。
テーブルの近くに来ると、ユウが「どうぞ。」と、後から付いてきた僕を奥のソファー側に座るように手のひらで促した。
僕はそれに従ってソファーに座った。

「どう?自然にできたろ?」
「え?」
「レディを奥に座らせたんだけど。」
確かに自然だった。
僕は、自分がユウの思惑通りに動いてしまったことが、面白くなかった。
また男のプライドが僕の中で頭を擡げていたが、今さらそんなものに拘っていても仕方がないことは、さっき思い知ったばかりだ。
「うん、自然だった。上手だね。」
僕は感心したように答えたが、内心は複雑だった。
ユウはちょっと得意そうな表情をしていた。

メニューを見ながら僕はユウに言った。
「ユウの財布、お金あんまり無いだろ?」
「そうだね。」
「だから・・もし、ユウがよければ、ここの支払いは美保の財布からでもいいかな?」
「うん、いいけど・・美保はいいのかい?」
「いいよ。もともと自分のお金じゃないし。」
「今は美保のお金だよ。美保の財布のお金をいついくら使うかは、美保が自分で決めていいんだよ。」
「そうかなあ。」
僕はどうも自分のお金とは考えられなかった。
「そうだよ。」
ユウはまったくこだわっていなかった。
「俺も今日は懐具合も寂しいからね。女の子に支払ってもらうのは、ちょっとカッコ悪いけど、ここは美保にゴチになりますか。」
ユウは男言葉で笑顔で言った。
僕は、ユウが「カッコ悪い」といったことも、何だか気に入らなくて笑えなかった。

僕達は日替わりランチを選んだ。ドリンクバーも付けた。

ランチが来るのを待っていると、ユウが話しかけてきた。
「こうしていると、俺達恋人同士に見えるかな。」
僕と美保が恋人同士であるということは、僕もそれを強く望んでいたので、とてもうれしかったが、僕の恋人が自分の姿のユウであることはうれしくなかった。
(ユウは美保が恋人でもうれしいのかな?)
「見えるかもね。」
僕は素っ気なく答えた。

ランチが来た。
美保の身体になって、初めてのキチンとした食事だ。
僕はお腹が空いていたので、ランチがとても美味しく感じられた。
本当は、もっとどんどん口に入れたいのだが、今の身体は、そんなに早く食べられなかった。

半分くらい食べたところで、もう空腹感はなくなっていた。
いつもなら、ファミレスのランチなどでは満腹にはならない。
(お腹減ってたんだけどな・・・)
と、思って、ふと、ユウのお皿を見た。
もう食べ終わりそうだった。
(もしかしたら、ユウには足らないかもな・・・)

「少しとっていいよ。」
僕はお皿のライスをユウに差し出した。
「うん、ちょっと物足らないと思ってた。」
「おかずも少し取っていいよ。」
「ありがとう。でも、こんなに食べて大丈夫かな。」
「ユウの身体なら、ぜんぜん平気だよ。」
僕は笑って答えた。

ランチをたくさん食べるユウを見たら、僕は少し気持ちが和んだ。

窓の外は、相変わらず強い日差しが照りつけていた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


ランチを食べ終わると、僕はドリンクバーからアイスコーヒーを取ってきた。
ミルクとガムシロップを入れて、いつものようにちびちび飲んだ。

「ユウ、美保は化粧してたの?」
僕は、昨日ちょっと気になったこと聞いてみた。
「ううん、ほとんどしてない。」
「ほとんど?」
「うん、この顔に化粧なんか必要ないだろ?」
ユウは僕の頬っぺたを指で押した。
ふいに顔を触られて心臓がドキンとなった。
「でも、昨日はリップだけ塗ってたんだ。わかった?」
「え?そうだったんだ・・」
僕は美保と念願のキスをしたにもかかわらず、全く気が付かなかった。
「一応部屋には、リップやマスカラとかあるよ。チェストの一番上にケースに入れて仕舞ってあるから適当に使いなよ。」
「使えって言われても、分かんないよ。」
「今年は、もう少しいろいろやってみようと考えていたんだけど・・・」
ユウは急に言葉を止めた。
それができないことが寂しいのかもしれないと、僕は思った。
「化粧しなくていいならしないよ。面倒だし。」
僕はユウの意を汲んでこの話題は切り上げた。

とその時、ケータイのバイブの音がした。美保のケータイだ。
「ああ、また詩織だ。どうしよう・・・」
ユウが困った顔をした。
「2回目だよ。さっきも着信があったんだ。留守電にして後からメールしておいたんだけど・・・。」
僕も昨夜からこれを一番恐れていた。
ケータイを持っていても電話に出られない。
そういえば図書館でもユウは何度かケータイをいじっていた。
ユウは応答保留にしたようだ。

詩織が昨日の話を聞きたいらしかった。
彼女は黒田詩織(くろだしおり)。
詩織も同級生だ。
昨日、美保と一緒に夏祭りに来ていた中のひとりだ。

「美保、ちょっと詩織に電話してくれない?」
ユウが困った表情で僕に頼んできた。
「やっぱり・・・。でも、何話せばいいのか分かんないよ。」
「詩織はね、昨日のことを聞きたいんだよ、多分。」
「なんて話せばいいのさ。」
「ちょっと体調が悪いとか言っておいてよ。昨日の疲れが出たって。」
頭がよくて機転の利く美保の発想にしては、ありきたりだったが、仕方がないので僕は、その作戦で詩織に電話をすることにした。

呼び出し音が鳴るかならないかで詩織は出た。
『美保?』
「うん。」
『なんで、出てくれなかったのよ?』
「ごめん、ちょっと体調が悪くて・・・。」
『え〜ほんと〜?昨日あんまりうまくいったんでバチがあたったんじゃないの?』
(えっ?)
詩織は僕達のことを知っているようだった。
(美保がメールしたんだな。)
「うん。疲れが出たみたい。」
僕は作戦通りに答えた。
『でも、なんか周りが賑やかだけど・・・?』
(まずい・・・)
『ああー!?。ユウくんいるの?』
詩織の声がケータイの向こうで内緒話になった。
「ええっ!?」
僕は詩織の勘の鋭さに動揺した。
『それで、すぐに出なかったのねぇ。いいなあ。美保、ユウくんのことずっと気に入ってたもんね。』
(ホントかよ!?)
『まあ、美保の声が聞けたから、今はこれくらいにしておくね。あとで、報告よろしく。』
「ゴメン。」
『いいのよ〜、じゃあね。』

昨夜の翔のメールと同じ展開になった。
緊張でどっと疲れた。
作戦通りには行かなかったが、どうにか電話を終えることができた。


電話を終えて、ユウと目が合った。
電話が作戦通りに行かなかったことは、ユウも感じているようだ。

詩織との電話の中には、いくつか僕の知らない情報があった。
「黒田さん、『ユウくん』って言ってたよ。」
僕が言うと、ユウは少し表情を変えた。
美保は、僕の前では僕のことを「石川くん」と呼んでいたが、詩織との間では「ユウくん」と呼んでいたのだろう。
「美保はユウくんのこと気に入ってたって言ってたけど・・・」
「詩織、余計なことを・・・」
ユウは動揺し、耳が赤くなった。
僕はこの時、今日はじめて、ユウより優位に立ったような気がした。
ユウの表情を見れば、それを言葉で確かめる必要はなかった。

僕は、美保の予想外の気持ちに飛び上がりたくなるほどうれしかったが、それを抑えて報告を続けた。
「彼女、僕らが今一緒にいることに感づいたみたい。」
「はあ?なんでそうなるのよ?」
ユウは動揺して女言葉になった。
「こんな賑やかなところでかけちゃまずかったかもね。」
「まあ、しょうがないか。事実だしね。」
(それもそうだ。)
むしろ付き合っていることにしておいたほうが、この先都合が良さそうだと思った。

「それにしても、いつまでもケータイこのままにしておけないよね。」
ユウは表情を戻してそう言った。
「え?どういうこと?」
「このままじゃ、電話かけられないでしょ?」
「まあ、そうだけど。」
僕はケータイをそれほど積極的に使うほうではなかった。
ごく限られた仲間とのメールくらいだ。
通話料が高いから必要なとき以外はこっちからかけるなよ、と親から言われていたので、ほとんど音声通話はしなかった。
そんな僕でさえ、自分のケータイを他人に渡すことには抵抗があった。
ユウはなおさらだろう。

「だから、ケータイも取り替えよう。」
ユウは思い切った提案をしてきた。
「構わないけど・・・、ユウはいいの?」
「いいよ。もう決めた。はい、これ美保のケータイ。」
ユウは僕に美保のケータイを手渡した。
昨夜から、美保の決断の早さ、決意の強さには驚かされっぱなしだ。
もう僕は躊躇している場合ではなかった。
僕も、自分のケータイをユウに渡した。

これで、僕の持ち物には、石川裕也のものは無くなってしまった。
僕は、自分に残っていた、最後の「男」の部分が失われてしまったように感じ、軽い喪失感に襲われた。

僕達はお互いのケータイを確認した。
僕は、美保のメールの履歴を見ることには抵抗があった。
「履歴もちゃんと確認しなきゃだめだよ。」とユウが言ったので、僕は履歴を確認した。
思ったとおり美保は、僕よりも頻繁に履歴があった。
入れ替わってからも、詩織とやり取りをしている。
アドレスは概ね名前で登録されていたので、だいたい誰かは分かった。
メールの履歴をみれば、美保の交友関係ややり取りの内容はすべて分かってしまう。
こんな自分の心の内を丸裸にできるものを僕に渡してしまうと言うことは、ユウの決意が相当のものであることは間違いなかった。

「美保のケータイに来た着信は、これからは美保が対応するんだよ。」
「うん・・・。」
「今から、このケータイに来た電話は、俺が石川裕也として対応する。」
ユウは、僕が使っていたケータイを持ちながら、男言葉で毅然と言った。
ついさっき、照れて耳まで赤くなっていたユウは、もういなかった。
「うん・・・。」
僕はうなずくしかなかった。
「もう、お互いに慣れていくしかないよ。」
ユウは僕に決意の後押しをするように言った。

僕には、ちゃんと対応できる自信はなかった。
とにかく、履歴をよく見て、その内容を確認しておこうと思った。
以前の僕であれば、美保のケータイを興味本位で見てみたい、と思ったかもしれないが、今の僕は、これからの自分のために必要なこと、と必死だった。

僕は、言いようのない焦りと不安な気持ちでいっぱいになっていた。

「ちょっと、トイレ行ってくる。」
ふいにユウが席を立った。
「あ、うん・・。」
僕は、ユウの突然の行動に胸がドキンとした。
(ずいぶん、あっさり行ったなぁ・・・。もう、慣れちゃったのかな?)
ユウが用を足すことを想像したら、僕は、また恥ずかしくなった。
席で待ちながら、今度は僕がひとり耳を赤くした。

ほどなく、ユウが戻ってきた。
すると、ユウが僕に顔を近づけてきた。
少しにやけている。
そして、僕の耳元でそっと言った。
「はじめて、立ってした。」
「えっ!?」
「楽でいいね。気に入った!」
「はあ〜?」
想定外の発言に僕は言葉が出なかった。
「あそこ、直接触るのは、ちょっとイヤだったし、家では座ってしてたんだ。でも、今度からは立ってすることにした。」
だんだん、声が大きくなり、隣の人に聞こえそうだ。
「声が大きいよ・・・」
僕は、周りを見回しながら言った。
「それにしても、あの便器いいね。すごく便利。」
ユウはうれしそうに付け加えた。

僕が恥ずかしがっていたのがバカバカしいくらい、ユウはあっけらかんとしていた。
変に深刻にならなかったおかげで、僕は気が楽になった。

少しホッとしたら僕もトイレに行きたくなった。
「わたしも、行ってこようかな・・。」
「うん、行ってきなよ。」
(僕がトイレに行くことにユウは抵抗ないのかな・・?)
と思えるほど、普通に答えた。

僕は、意識して女子トイレに入った。
トイレに入る前には、自分の姿を確認してからでないと怖くて入れなかった。
(「楽でいいね。気に入った!」)
さっきのユウの言葉が頭に浮かんだ。
(それに引き換え、いちいちズボンを脱ぐのはめんどくさいよな・・・。)
一連の動作に少し慣れてきたものの、トイレの時の強い違和感は変わらなかった。

ユウも本当は、僕がトイレに行くのはイヤなのに違いない。
しかし、ユウが嫌がれば、僕は我慢してしまうだろう。
だから、ユウはわざとあんなに明るい態度をしたのかも知れない。
と、僕は思った。

僕は席に戻ったが、特にトイレの話をすることもなく、平静を装った。

窓の外は、真夏の光に包まれていたが、店の中は快適だった。
初めに感じた店内の暑さは、もう感じなかった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「美保、明日の部活どうする?」
ユウが、僕にたずねた。

僕達は卓球部に所属していた。
うちの高校の卓球部は弱小で、大会でも目立った成績は残していない。
ただ、僕も美保も中学の時からやっていたので、一応レギュラーとして大会に出ていた。
卓球部は部員が少なく、同じ先生が男子も女子も見ていた。
そのため、夏休みは男女が同じ日の同じ時間に部活が行われることになっていた。

今の僕は、部活のことを考えられる心理状態ではなかった。
今日、家に帰ってどう過ごせばいいのか、それが大きな問題だった。
「ちょっと、明日はやめとこうかな・・・。」
「え?なんで?予定通り、部活行こうよ。」
僕は、行きたくなかった。
「無理だよ。こんな状況じゃ。」
ユウにも行ってほしくなかった。
僕はユウ以外の人間とは一緒にいたくなかった。
ひとりにもなりたくなかった。

「無理って何?行かないほうが変だよ。」
「ユウは大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
「入れ替わったままで部活に行けるの?」
「行けるよ。しょうがないじゃん。」
「しょうがないって・・・」
「しょうがないよ。もう、慣れるしかないよ。」
「そりゃそうだけど・・・」
「明日休んだって、いつかは部活やるんだから、明日行ったほうがいいよ。」
ユウは部活に行くことを決めているようだった。
「ホントに、行くの?」
僕は念を押した。
「俺は行くよ。ほら、美保も行くよな。さぼるなよ!」
ユウが部活に行く決意は固かった。
僕はユウと離れてひとりでいるのは、もっとイヤだったので、仕方なく僕も部活に行くことにした。

いつの間にか、周りのテーブルにはお客は少なくなっていた。

僕達は、ファミレスを出ることにした。
支払いは僕がした。
「ごちそうさま。」
ユウが隣で僕を見下ろしながら言った。
「もともとユウのお金だよ。」
「まだそんなこと言ってる。もともとも何もないよ。美保のお金は美保のお金。現実を受け入れなよ。」

外に出ると、日差しが相変わらず強かった。

「ユウは現実を受け入れたんだね。」
僕は、さっきユウに言われたことが、心に残っていた。
「受け入れるしかないよ。」
「ユウは強いなぁ・・・」
僕は涙が出そうになった。

僕達は図書館に戻った。
ロビーは冷房がよく効いていた。

「美保、今日はもう帰ろう。」
ユウが静かに、しかしハッキリと言った。
「え?何で?」
僕は帰りたくなかった。
「さっきも言ったろ。早く慣れなきゃって。こうやって二人でいたら、いつまでたっても慣れないよ。」
「ええ?そんなぁ・・・」
「もう美保のことはみんなノートに書いたから、大丈夫だよ。」
ユウは笑顔で僕を励ました。
僕は、その言葉を聞いたら、また、涙が出そうになった。

僕は入れ替わってすっかり感受性が強くなっているようだった。
僕が黙っていると、ユウは僕の顔を覗き込んだ。
「美保、どうした?泣いてるの?」
僕の涙ぐんだ瞳を見て、ユウが言った。
「そんなことないよ・・・」
僕は顔を背けた。

すると、ユウが唐突に言った。
「美保、かわいいね。」
一瞬ドキンとして、涙が引いた。
「茶化すなよ・・・」
僕は少し動揺したが、そのおかげで落ち着いてきた。

「さ、帰るよ。」
「うん・・」
僕は、ユウに促されて家に帰ることにした。

帰り道も暑かったが、僕は不安で暑さをあまり感じなかった。
僕はユウの自転車の後ろをどうにかついて行った。
ユウと別れたくなかったので、僕は家に近づきたくなかった。

二人が別れる場所まで来てしまった。
「じゃ、がんばろう。」
ユウは落ち着いている。
「うん・・・」
僕はまだ別れたくないので、生返事だ。
「大丈夫だよ。何かあったらメールしなよ。」
「うん・・・」
僕が煮え切らない態度を取っていると、
「何だよ、また泣いてんのか?」
ユウが笑いながら僕を冷やかした。
ユウは元気のない僕を何とかしようと、冗談半分に言ったに違いなかったが、僕はこの言葉に過敏に反応した。
「そんなわけないだろ!」
僕はヒステリックな声をだしてしまった。
「何だよ、急に。」
ユウは不服そうな表情をした。

僕は面白くなかった。
ユウに女の子扱いされることが癪にさわった。
一方で、ユウと別れてひとりになるのも怖かった。

ユウは、もう話を続けてこなかった。
「じゃあ、また。」
別れの言葉を残して帰っていってしまった。

僕は不安を抱えたまま、憂鬱な気分で家に帰った。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

僕は、家に帰っても誰とも話すことなく部屋に入った。

(どうして、あんな態度をとってしまったんだろう・・・)
僕は、ユウとの別れ際のことを後悔した。
僕は、今日ユウの前で何度か涙を見せてしまっていた。
そのこと自体も情けなかったが、それを指摘されて過剰に反応してしまったことを、もっと情けなく思った。
(男らしくない・・・)
と思っていた。

僕はしばらくベッドに仰向けになり、ボーっと天井を眺めていた。

ケータイにメールが来た。
美保のケータイにして初めてのメールだ。
ユウからだった。
『大丈夫?さっきは、調子に乗ってゴメン。』
こっちが悪いのに、先に謝られてしまった。
『こっちこそ、ゴメン。今日はいろいろありがとう。がんばるよ。』
僕も謝るしかなかった。
『よかった。じゃ、明日部活で。』
僕は少し心が軽くなった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「美保〜、ごはんよ〜!」
下からお母さんが呼ぶ声がする。
僕は、図書館から帰ってから、ずっと部屋にこもっていた。
何をするわけでもなく、ボーっとしていた。
憂鬱で、何もする気がおきなかった。

「はーい。」と、精一杯の声を出して返事をした。
僕は勇気を出して、1階に降りた。

リビングの隣がダイニングキッチンだ。
ダイニングテーブルには、すでに食事が並べられていた。
真はもう席に座っていた。
お母さんはキッチンで何か作業をしている。

僕は、真やお母さんの様子を注意深く見ながら、テーブルに近づいた。
テーブルには、真の場所のほか、2か所に食事が並んでいる。
(どっちが美保の席だ?)
僕には分からなかったが、雰囲気で真の隣に座った。
すぐに、お母さんが僕の向かいに座った。
間違っていなかったようだ。

「いただきまーす。」と真が言って食べ始めた。
続いて、お母さんも食べ始めた。
僕も、「いただきます。」と言って食べ始めた。

僕は、自分からは何も話しかけられない。
ところが、真もお母さんもテレビを見ながら食べており、僕には話しかけてこなかった。
僕は緊張で食欲もなかったので、必要最小限の自分の分だけ食べておしまいにしようと思った。

お母さんが真のおかわりを運んできたとき、ふいに僕に言った。
「美保、あんた今日誰と図書館行ったの?」
「えっ!?あ、し、詩織だけど・・・。」
突然の問いかけに、僕は適当に答えてしまった。
「そう・・。昨日遅くまで遊んだのに、朝から図書館行くなんて、詩織ちゃんも熱心ねぇ。」
「うん。」
「まあ、あんたたちのことだから、ホントに図書館行ったのかどうかは、怪しいもんだけどね。」
「ホントに行きましたよ。」
僕は、緊張で変な言い方をしてしまった。
「ははは、何よ、それ。」
お母さんが笑った。
それを聞いてた真もプッと吹き出した。
「なんだ?姉ちゃん、ウケル!ははは!」
僕も自分が言った敬語っぽい言葉が何だかおかしくて、笑ってしまった。

3人は笑いのツボにはまってしまった。
僕は、緊張の反動からか、しばらく笑いが止まらなかった。

食卓が一気に和んだ。
僕は、この時、今まで他人として認識していた二人に、家族として少し近づけたような気がした。
緊張が解けたおかげで、食欲もでた。

「ごちそうさま!」
僕は、食べ始めたときとは全く異なり、晴れやかな気持ちで食べ終えることができた。
僕は、自分の食べた食器を片付け、部屋に戻った。

そして、僕は、昨日と同じようにシャワーを浴びて、寝る準備をした。
ユウとお互いの無事をメールしあって、ベッドに入った。

(ユウはもう、このままでいいと思っているのだろうか?)
ふと、疑問に思った。
今日の事を振り返れば、ユウは、進んで男言葉を使ったり、トイレのこと前向きに語ったり、この状況に積極的に慣れようとしているようだ。

僕は、女の子のように振舞うことは、依然として抵抗がある。
と、言うか、やはり男としてそんなことはしたくない。
今の自分は身体が女だということは分かっていても、僕の精神が、女を演じることを良しとしなかった。

だが、今の状況が変わらなければ、僕の精神を変えることしかないことは明白だ。

(そんなこと、できるだろうか・・・)
僕は、頭で分かっていてもそれを心が許さないジレンマに、胸が苦しくなり、乳房をギュッと掴んだ。

「はあっ・・」
思わぬ快感に、声が出た。
胸の鼓動が急に大きくなった。

(え!?何だろ、この感覚・・・)
僕は、もう一度掴んだ。
ゾクッとする快感が再び走った。
(気持ちいい・・・)
男の身体では感じたことのない快感だった。
何度か乳房を揉むと、その都度、快感が走った。

僕は、股間を触りたくなり、パジャマの上からそっと触れた。
もう、そこが敏感になっているのが分かった。

僕は、直に触りたい気持ちを抑えられず、ショーツの中に右手をいれた。
薄い茂みの向こうに、そっと触れた。

ジュン・・っと快感が走った。
「んふっ」
また、声が出た。
割れ目に沿って指を動かすと、湿っているのが分かった。
それが、汗なのか、そうでないのかは分からなかった。

指を動かすたびに、そこから快感が全身に発信された。
発信されるごとに、そこが湿っていった。
(これが濡れるってこと?)
僕が持っていた性の知識の範囲で考えた。

僕は、もう指を動かす快感から逃れられなくなっていた。
割れ目の中のある部分が固くなり、そこが一番敏感に感じることも分かった。
(クリトリスだ・・・。)
雑誌や翔からの情報でその言葉を知ってはいたが、そこが特別な場所であることを、今、実感していた。

「んっ・・・むっ・・・んっ・・・」
指を動かすたびに声が出てしまう。
股間はすっかり濡れている。

身体中がだんだん熱くなってくる。
全身がじっとりと汗ばんできた。

動かす指に、いつの間にか力が入り、
それが、さらに快感を強くした。
(気持ちいい・・・)

と、思ったとき、ふと、美保の笑顔が浮かんだ。
同時に、罪悪感が僕の心を過ぎった。

僕は、指を動かすのを止めた。
しかし、心臓の鼓動は速く、身体はジンジンしている。
僕は、しばらく余韻に浸っていた。

(ユウ、ごめん。)
僕は心の中でユウに謝った。
美保の身体にひどいことをしてしまったようで、謝らずにはいられなかった。

僕は、快楽にかられて制止が効かなかった事をとても後悔した。
そして僕は、そのまま眠ってしまった。

<つづく>

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■ 記憶の中の僕 ■

第1話 ファーストキス
第2話 プライド
第3話 薄れる違和感
第4話 ユウの変心
第5話 二つの人生
第6話 再会
第7話 小さな疑問
最終話 誓い

掲示板
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