IF三話 〜 第3話 裕也の道、ユウの道 〜
IF四話 〜 第4話 悪夢 〜
IF五話 〜 第5話 詩織 〜
IF六話 〜 第6話 夏休みの価値 〜
IF七話 〜 第7話 美保のいない世界 〜
IF八話 〜 第8話 The Blank of 4-Years 〜

これは、ダークサイドさんが執筆した「記憶の中の僕」の「IF四話」です。

IF四話

〜 第4話 悪夢 〜


8月に入っても暑い日が続いていた。
裕也と美保が入れ替わって2週間が過ぎた。
二人は未だに入れ替わったままだった。

裕也は相変わらず毎日のように公園へと行き、図書館へと通っていた。
裕也の美保としての行動はかなり自然なものになっていた。
着替え、風呂、トイレ。
入れ替わった当初は気恥ずかしかったこれらの行為も今は自然にこなせるまでになっていた。
それでもいまだ、風呂とトイレは好きではなかった。
男としての意識の強い裕也は美保の裸を見ては興奮しながらも男として発散できない。
シャワーを浴びればその感覚の違和感に気分が悪くなる。
いずれも裕也に女である事を強く意識させ、その結果として裕也に多大なストレスを与えていた。
そしてそれらの事に対する違和感が減っていく事に対してまで裕也に対してストレスを更に大きくしていた。

夜になった今も熱気が残っていたが、裕也は部屋のエアコンをかけ、快適な中でベッドに寝そべり書き終えたノートを見ながら、いろいろと考えていた。
裕也が見ているノート、これは裕也が美保と入れ替わった日からつけているメモだった。
これは元に戻った美保が困らないように日々、裕也が行った事を箇条書きにしたものだ。
裕也には美保、ユウの様に纏めるのは上手くない。なればこそ、事実のみを記載する事で何があったかだけでも伝えられればと始めたものだった。


裕也が美保と入れ替わって美保として生活して始めて気づいた事があった。
正確には美保にならなければ判らなかった事ともいえる。
それは、美保の家族の中でのポジションだ。
(学校で見ている美保からは判らなかったもの、しかし知った今となっては学校で見る事が出来た美保は家族の中におけるポジションの反動だったのかもしれない。)
裕也はそう思い始めていた。

美保の父は会社を経営していた。
中小企業ではあったが、地元に密着した堅実な経営をしている。
この会社は美保の祖父が創業し、ここまで大きくしたものだ。
その祖父は数年前に社長を美保の父に譲っていた。
しかし、祖父が一代で築いた会社であるため、祖父は名目上経営から退いてはいるものの、まだまだ会社への影響力は大きかった。
そしてその影響力は会社だけでなく美保の家、香川家にも影響していた。
香川家は意外と封建的な家風を持っていた。
美保のお母さんは専業主婦であり、家の中では美保のお父さんを徹底的に立てている。
これは多分に美保の母親の考え方によるものと思われるが、彼女自身も両親からそのように教育されたに違いない。
美保の父は婿養子だ。
このことは、裕也が裕也のときに自分の母親から聞いていた事だ。
美保の母親は一人娘だったので、結婚は相手が養子になることが前提だったのだろう。
ドラマで見る婿養子は、家の中では随分肩身の狭い思いをしているが、美保のお父さんにはそんなところはない。
外から婿入りした者であっても実の娘より、上位に据える家風。
男尊女卑。
それが香川家の家風なのだろう。
おそらく、香川家の女はどんなに勉強ができても、この家や会社を継ぐことがないのは容易に予想できる。
優秀な男と結婚し、子供を産み、育て、家庭を守ることが女の役割とされているように裕也には思えた。
香川家の生活は、第一には父、第二には真、母と美保は三番目という優先順位で回っていた。
つまり、美保のポジションは弟より下のだ。
その為か、美保の両親は美保に対して口うるさいことはほとんど言わない。
門限は特に決められていなかったし、概ね夕飯までに帰れば何も言われなかった。外で食べるときは電話1本で済んだ。
勉強や宿題のことにも全く口を出してこなかった。
美保の成績や性質からすれば、社会に進出して実力を発揮し、大きな活躍をすることが十分期待できる。しかし、香川家の女である美保にそんな事は望まれていない。
そして成績をいくら上げても、良い学校へ行っても両親が美保に注目する事はないだろう事を数日間、美保として生活しただけで裕也は感じ取る事が出来た。
美保はそれが不満だったのかもしれない。

それに対し美保の弟である真は、勉強や宿題のことで毎日母からいろいろ言われていた。
真は有名学習塾の難関高進学コースにも通っており、まだ、中学2年だというのに、塾の帰りが10時を過ぎることも珍しくなかった。
ただ、真は家の手伝いは一切やらず、いわゆる上げ膳据え膳状態だった。
真は、おそらく将来は会社を継ぐことを期待されており、それに相応しい実力を付けるために、厳しい教育を受けている、と裕也には思われた。
(でも、数日過ごしただけでもユウの方が学力も、リーダーシップも真君より上に見えるんだよなぁ)
実際の所、美保に対して、美保の両親が何を期待しているのかはわからない。
しかし、真のような期待のされ方ではないことは明らかだったし、良い成績をとる事、良い学校へ行く事は明らかに歓迎されていないだろう。
美保がもっと上の高校に行かなかったのは、その辺りが理由だったのかもしれない。

(良い成績をとる事を喜ばれない美保。
それに対して今のユウはどうだろう)
裕也はユウになった美保の立場を考えていた。
裕也は石川家の長男だ。
石川家は普通のサラリーマンの家庭だが、両親は裕也が望むことはできるだけかなえてあげようとするだろう。
ユウが一流大学へ行きたいといえば、喜んでバックアップするし、大きな期待を寄せるだろう。
そしてユウが良い成績を残せば喜ぶはずだ。
ユウにとっては、香川家でその能力をもてあましているより、石川家で皆の期待に応えて、十二分に能力を発揮できるほうがいいのかもしれない。
ユウが実力を発揮すれば、裕也は一流の大学に進学できるだろう。
そして一流企業に就職すれば、両親も幸せであるに違いない。

ひょっとしたら、ユウは今自分が置かれた立場をチャンスと考えているのではないだろうか。
石川裕也であれば、ユウは自分の能力を大いに発揮し、それがどこまで通じるか確かめることができる。
ただ、確かめるだけでなく、周囲から期待され、それに応えることに大きな生きがいを見出しているのではないか。

裕也はユウにとってはその方が幸福かもしれないと考え始めていた。
ただ、だからといって『石川 裕也』という存在をユウに、美保に譲る気などは微塵もなかった。
ユウが生きる場所として『美保』より『裕也』の方が相応しかったとしても。

「一度、ユウに確かめた方がいいのかもな。」

裕也はベットから降りると姿見の前に立った。
今の自分の姿が移る。
(美保はどんな気持ちでこの部屋にいたんだろうか。)
裕也は美保の身体で自慰行為をしたい衝動を感じる。
これは美保と入れ替わり、美保の裸体を見るたびに湧き上がる衝動だったが、いまだ行為に及んだ事は無い。
裕也としてはこの身体は美保からの預かり物だという意識がある。
好きな相手が自分を信用して身体を預けているのだと思い、トラウマも手伝って行為に及ぶ事は無かった。
(しかしそれも長く続かないかもしれない。)
裕也は鏡に映る美保をめちゃくちゃにしたい欲求が鎌首を上げるのを日々感じている。
今は何とか押さえ込めて入るが何時まで持つかは裕也自身にもわからなかった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「うわぁぁぁぁぁ。」
裕也は声を張り上げて飛び起きた。
「はぁはぁはぁ・・・ううう、最悪の夢だ。」
裕也は上半身起こした状態でがっくりと肩を落とした。
「寝る前にいろんな事考えすぎたかも。」

裕也は見た夢を思い出していた。
裕也は美保としてユウに勝負を挑んでいた。
勉強では全く歯が立たないことを思い知らされた。
卓球でも全く歯が立たないことを思い知らされた。
部活でのリーダーシップを発揮するユウを皆が慕い、裕也が真実を告げても相手にされない。
部員によってはユウの方が裕也より『石川 裕也』に相応しいのだから戻る必要など無いと言う。
一種のカリスマ性を発揮し、裕也を退け『石川 裕也』としての立場を奪い取っていくユウ。
ユウに裕也としての全てを奪われ、失意の元に美保としてユウに嫁いでいく裕也。
いい旦那を捕まえたと美保の両親に褒められる裕也。
そして、いい婿として美保の両親に迎えられるユウ。
裕也から見れば悪夢としかいえない流れ。
そして裕也はユウの子供を身ごもった事を医者に伝えられたところで目が覚めた。
正に裕也からすれば悪夢以外の何ものでもない。

裕也は溜息をつくと美保の私服へ着替え始めた。
若干迷いながらも裕也は着替えにズボンを選択した。
実は最近美保の母親からスカートを履かない事を指摘されていたので迷ったが必要以上にトラウマを刺激したくなかった裕也はズボンを選択していた。

美保に望まれているのは、香川家の為になる旦那を捕まえてくること、そして次を担える子供を生み、育てる事。
つまり、それが今、美保の身体にいる裕也に望まれている事だ。
今、裕也が夢で見ていた事、それこそが今の裕也に求められている事だった。
だが、今まで男として生きてきた裕也にとって、結婚する個相手が男である事、自分が子供を身ごもる事などという未来は到底受け入れられない。
しかしもし元に戻れなければ有り得るかも知れない未来。
「結婚して家庭を持つことが目標」
女であったユウにも受け入れがたい未来。
だから裕也になった事でユウがはしゃぐ気持ちは判る。
このままだと、帰れる場所が奪われなくなってしまうかもしれない。
裕也はそんな考えを思いついた自分に嫌悪した。
いくらユウにとって『裕也』としての立場がより良い物であっても奪いはしない、チャンスを謳歌しているだけだと、好きな相手を疑う自分に落ち込んだ。
ただ、元に戻っても、既にそこにある『石川裕也』という存在は自分の記憶の中にある『石川裕也』とは別の存在に変わってしまっているのではないか。
そして自分は自分ではない別の『石川裕也』を演じなければならないのではないのか。
戻れる保証はどこにもないのに、そう思うと、たとえようのない焦りと不安で胸が苦しくなった。
(しかし、それもこれも元に戻れればの話だ。)
裕也はそう思い、心を奮い立たせるといつもの様に公園へ向い、そのあと図書館へと向うという日課の為に美保の部屋を出た。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

ユウは迷っていた。
いつ、裕也に対して言葉を掛けるべきかを。
あの日から迷い続けていた事。
しかし、そろそろ決心しなければならない。
決断力のあるユウにしては珍しく迷っていた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「おはよう、ユウ。
今日も宿題?」
裕也はいつものように図書館に入っていくと調べ物をしながら宿題をこなしているユウを見かけると声を掛けた。
特に待ち合わせているわけではない。
裕也は毎日、図書館へ通っているため、時々図書館でかちあうのだ。
もっともかち合うのはユウだけじゃない。詩織や翔たちとかち合う事もあった。
実際、先日はユウと翔が揃って宿題をしていたのを見ている。この時は裕也が帰る時だったのだが。
「うん、美保はいつもの?」
ユウは心配そうな顔をして裕也の方を見ていた。
「そうよ。
そろそろ別のアプローチが必要かもしれないわね。」
裕也はそう言葉を残すとユウの方を振り返る事も無くいつものスペースへ向い、そのまま調べ物を始めた。
ユウはしばらく裕也の向った方向を眺めていたが、再び宿題の方を向くとペンを走らせ始めた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

入れ替わってから4週間が過ぎた月曜日、裕也はユウに呼び出され公園に来ていた。
裕也は日課の通り、公園へと来るとそのままユウの指定した時間まで公園で待つことにした。


ユウはそんな裕也の様子を木の影から眺めていた。
ユウは裕也を公園に呼び出しながらも決心がつかずにいたのだ。
刻一刻と近づく約束の時間。
裕也の目の前で子供が転んだ。
ユウは裕也が転んだ子供を起こし、抱きしめて慰めるのを見て決心した。
「ごめん。」
ユウはそう呟くと決心がついた迷いの無い顔で木の陰を離れた。


ユウは一旦公園の外に出ると改めて別の入り口から公園へ入った。
「美保。」
「ユウ、久しぶりね。」
裕也はユウに微笑みながら語りかけた。
傍から見る限り裕也は美保に馴染んで見えていた、例え裕也の中でどんなに葛藤が渦巻いていたとしても。
「うん、美保も元気そうだね。
部活止めなきゃ良かったのに。」
「止めてないわよ、休部しただけ。
ユウの方も部活頑張っているみたいじゃない?
詩織から時々メールが飛んで着てるの。」
「うん。今まで、うちの部はちょっと甘かったと思うんだ。」
ユウは裕也の話に乗って、部活について語り始めた。
「この前の大会で判ったんだけど、成績を残せるかどうかなんて、紙一重なんだよ。
もう少しがんばれば絶対にもっと上にいける。」
裕也はユウを眩しそうに眺めていた。
「俺だけじゃない。翔だって、他の2年だってそうだよ。女子だってそうじゃないかな?
だから、もうちょっと真剣に取り組んだほうがいいと思うんだ。」
そう言うとユウは遠くを見るような眼差しをして告げた。
「俺は、今までの部活のやり方を少しずつ変えていこうと思ってるんだ。
いくつかアイデアがあるんで、先生や翔にも話を持ちかけようと思ってる。」
(美保・・・・)
裕也は我慢できなくなってユウに告げた。
「ユウ、忘れてない?
ユウの大会での力は美保の技術と裕也の対術が合わさった結果だよ。
美保だけの力じゃない。
それに皆、真剣に取り組んでいるよ、自分の目的に向って。
勝つ事が全てなんていわないで。」
裕也のその発言を受けて、ふいにユウの表情が固くなった。
「あのさ、美保。落ち着いて聞いて欲しいんだけど・・・。」
ユウが改まって裕也の目を見た。
「え?なに?」
「俺達、本当は入れ替わってないんじゃないかな。」
「えっ!?」
裕也は、ユウが急に何を言ったのか理解できなかった。
いや、日本語としての意味は理解できたがそれを脳が受け入れるのを拒んだかのように。
ユウが言った言葉、裕也は何かの聞き間違いかと思い、キョトンとした。
「美保、俺達は入れ替わってないんじゃないかって思うんだよ。」
ユウは同じ言葉を繰り返した。
「えっ?何言ってるの?」
聞き間違いではなかった。
「だって、入れ替わるなんてありえないだろ?」
「はあ?何いってるのよ!冗談でしょ?」
「本気さ。」
裕也はユウの態度にこの間の夢を思い出していた。
苦い顔をした裕也に対してユウの表情な表情で見つめた。
「冗談じゃない!!あの時、ハッキリ入れ替わったじゃないか!!」
裕也は、興奮して声が大きくなり、言葉が男のものに戻っていた。
ユウは、裕也を落ち着かせようと、裕也の肩に手を置いて正面から裕也の目を見つめた。
「俺はさ、今落ち着いて考えれば、あの時、美保と念願のキスができてすっかり舞い上がっていたんだよ。
美保もそうだったんじゃないかな。それで・・・」
「で、でも・・・・・」
裕也は言葉を続けようとして周りからの視線を感じ眼を向けた。
裕也の視線の先に居たのは裕也たちを見ながら話す部活女子部の後輩達だった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「ねぇ、あそこにいるの石川先輩と香川先輩じゃない。」
「本当だ。
あの二人一時期付き合っているって噂あったけど本当だったんだ。」
「うーん、でもさ、何かおかしくない?
楽しそうな感じしないんだけど。」
偶々公園に来ていた美保の後輩達は公園で話している裕也とユウの姿を見て興味津々の眼を向けていた。
「あっ、香川先輩、気づいたみたい。」
「どうする?」
「うーん、別にどっかへ行って欲しいジェスチャーも無いから良いんじゃない?」

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

(何でこんな時に・・・・)
裕也は彼女達の視線を感じるとどんどん意識があわ立つのを感じていた。
『お、俺は男相手に愛を語る趣味は無い。
俺に美保としての記憶はあの入れ替わった後から今までのものだけ。
それ以前の記憶は石川 裕也としての記憶しかないんだぞ。』
そう言いたくて口を動かそうとするのにうまく声か出ない。舌が回らない。
裕也は意識の空回りがどんどんひどくなっていくのを感じ焦りを感じはじめていた。
(な、何か言わないと)
普段冷静なはずの裕也はまるでのぼせたかのように頭の中が真っ白になっていた。
(そ、そうだ。)
裕也は美保のバックからコピー用紙を取り出し、ユウに突きつけた。
「なに、これ?」
「ユ、ユウが入れ替わった日に書いた・・・・」
ユウはメモを眺めるとユウに尋ねた。
「このメモの字、この間美保がくれたメモと同じ筆跡だけど?」
「いや、それは、その・・・・」
裕也は更にテンパっていた。
傍から見れば痴話げんかにしか見えない裕也とユウのやり取りは公園の中で注目の的になっていた。
後輩達だけではなく見ず知らずの人たちも裕也とユウを見ながらひそひそ話すもの、後輩達のようにただ注目しているもの。
裕也は周りからの声が耳に届けば届くほど普段の冷静さとは程遠い状態に追い込まれていた。
「あれぇ、美保にユウ、どうしたの?」
ユウと裕也の間の雰囲気を吹き飛ばすかのように二人を見かけた詩織は声を掛けてきた。
「詩織・・・・・あれっ」
裕也は詩織の方を振り返ると同時に足腰に力が入らずにその場に崩れ落ちてしまった。
「み、美保どうしたの!!」
倒れ崩れる美保を見た詩織はユウを突き飛ばすかのように美保へと駆け寄った。
「ごめ、なんか急に・・・・」
「いい、無理にしゃべらなくて良いから。ユウ君、救急車呼んで」
「やめ、大丈、少、休めば・・・・・」
裕也は詩織の言葉を何とか遮ると力の入らない身体で説得した。
「判ったわ。
美保がそこまで言うなら少しだけ様子見る。
だけど、回復しない時には救急車呼ぶからね。」

詩織はユウに裕也をベンチまで運ばせると帰らせた。
詩織にはユウが美保の事を好きで心配しているように見えた。しかし、さっきの2人の様子では美保の方から一方的ではあるがユウに対して興奮気味に何か怒っていた様に見えたから、意識のはっきりした美保がユウを見て再び興奮する事が容易に想像できた。
だから、後で連絡を入れることを条件にその場は帰ってもらったのだ。
詩織はユウの力を借りてベンチに横たえた美保に膝枕をして頭を撫でていた。
まるで幼子をあやすように。
「詩織、ごめん。」
意識を取り戻した裕也は力なく詩織に謝った。
(最近は大丈夫だったのに)
「意識、しっかりしてる?
大丈夫、気にしなくてもいいのよ。
今は落ち着いて、ゆっくりとして身体を休めて、ね。」
「うん。」
裕也は力なく詩織の言葉に頷くと静かに眼を閉じた。
「ユウは?」
「帰らせたわ、いたらまた美保の事を興奮させちゃいそうだったから。」
「ん、ありがとう。」
「せんぱぁーい、冷たいもの買って来ましたぁ。」
「ありがとう、美里ちゃん。
ついでで悪いんだけど、部長には。」
「判ってます。
詩織先輩が遅れる事はちゃんと言っておきますから。」
「それじゃ、詩織先輩、香川先輩も、失礼します。」
「「失礼しまぁーす。」」
詩織は後輩達の姿が見えなくなるのを確認すると美保に声を掛けた。

「らしくないわね。
人前であんな興奮する美保見たの久しぶりね。」
「・・・そうだね、少し興奮しすぎたかな。」
裕也は溜息と共にそう呟いた。
頭に血が上った理由も、思考が真っ白になった理由もわかってる。
(トラウマは健在かぁ。)
裕也は詩織に悪いと思いつつも身体に力が入るまでそのままにしていた。
「理由・・・・聞かないの?」
裕也は目を閉じたまま詩織に語りかけた。
裕也自身が沈黙に耐えかねたというのが実際なのだが。
「んー、聞かなくていいっていったら嘘になるわね。
でも無理には聞かない。
美保があそこまで興奮するって事はかなり重い事でしょうから。」
「そうね、でもいつか話すわ。
その時、笑い話になっていると良いんだけどね。」
「そうね、そうなるのを期待しているわ。」

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

あの運命の日から裕也は一切、ユウからの電話を取らなかった。
一度だけ、裕也はユウにメールを送った。
『頭が冷えるまで会いたくない 裕也』と。
裕也はメールを送った後、『冷やすのはどっちの頭なんだろうなぁ』とつぶやいて携帯をベットの上に投げ込んだ。


そして、8月29日、ユウから一通のメールが裕也の元に入った。
『明日、あの公園で会いたい。朝から待っている』と。

「美保。」
「久しぶりだね、美保。」
裕也は『美保』と呼びかけて来たユウに対し、『美保』と返した。
「この間の話なんだけど・・・・」
少し言いづらそうに口を開くユウに対して裕也は即座に答えた。
「美保は考えを変えていないんだろ?
俺が美保で、自分が裕也だと。」
「うん。」
「それじゃ、いくつか言わせてもらうよ。
なんで、自分で自分宛に必要の無いメモを書く必要がある?
生理の周期から生理用品の置いてある場所から、製品の選び方まで。」
「いや、それは・・・・」
ユウは顔を真っ赤にして裕也の言葉を聴いていた。
「それに筆跡の事なら知ってたさ。
最初の頃は互いに自分の筆跡だったけど、段々新しい身体の筆跡になっていった。
これ、さ、俺が入れ替わった日からその日に起こったことをメモしてきたノートのコピー。
な、最初と最後で明らかに筆跡が違うよな。
だけど書いたのは全部、俺。」
ユウは裕也に渡されたコピーを凝視していた。コピーで顔が隠れている為、裕也からユウの表情は見て取れなかったが、その顔は葛藤に歪んでいた。
そんなユウを見ながら裕也は続けた。
「それにあの時見せたコピー、見た事もないって言ったよね。
それならあのオリジナルのノートに裕也の指紋は付いていないはずだよね、俺全部は見ていないから裕也の指紋だけが付いているページに記述があったらどうする?
まぁ、どれもこれも状況証拠でしかないけどね。」
裕也はため息をつきながらユウの言葉を待った。
しかしユウの発した言葉は裕也の想像を遥かに超えたものだった。
「入れ替わりはあったかもしれない。
君と美保の入れ替わりが。
でも俺と君のじゃない。」
「美保、どういうことだ?」
裕也は突然訳の分からない事を言い出したユウに唖然としながらも尋ねた。
「美保、もう、この際だからハッキリ言うけど・・」
ユウは真剣なまなざしでゆっくりと話を続けた。
「美保は、もしかしたら、解離性同一性障害じゃないかと思う。」
「カイリセイ・・・?」
裕也は聞きなれないユウの言った言葉を租借するように呟いた。
「うん。解離性同一性障害。
多重人格のようなものらしいけど、俺も詳しくは知らない。」
「多重人格・・・って、なるほど、本来の美保の人格と、その美保が無意識下で作り出した裕也としての人格である俺と言いたい訳だ。」
「それなら君が美保でない理由も説明できるし、あの日から美保が変わってしまった理由にもなる。」
「・・・・・」
「他人同士の人格が入れ替わるなんて、ありえないよ。
でも、同じ人間の中にある人格なら。
実際複数の人格を抱えていて入れ替わった話も聞いてるし。」
「ありえないって言ったって・・・、ユウだって初めあんなに戸惑ってたじゃないか。」
裕也は入れ替わった直後のユウの態度をハッキリ覚えていた。
「うん・・・、俺もいけなかったのかもしれないけど、美保の態度が面白くて、一緒に遊んでたつもりだったんだよ。
それがまさか別人格だったなんて。
その結果、美保が居なくなっちゃうなんて、思わなかったんだよ。」
「遊びって・・、本気で言ってるのか」
「うん。いつか美保が元に戻ると思って様子を見てたんだけど、戻らないから・・・。」
「じゃあ、ユウは初めからユウだったって言うのか?」
「そうだよ。」
「じゃあ、ユウは今まで俺に合わせてたってこと?」
「そうだよ。」
「ユウ・・もしかして、もう美保に戻りたくないから、そんなこと言ってるのか?」
「違うよ。美保、落ち着いてよく考えるんだ・・・。人が入れ替わるなんてことあるはずがないじゃないか。」
ユウは裕也を諭すように同じことを繰り返した。
裕也はユウへの説得を断念すると呟いた。
「そんなに『裕也』が欲しいのかよ。」
もし、ユウがウソをついているとしたら、頭のいいユウのことだから、裕也の過去のについても十分勉強済みだろう。
僕が美保の身体で裕也の思い出をいくら語っても、ユウがユウ自身について語ることに勝てるわけがなかった。
例えそれがユウが作り上げた思い出だとしても。
「もう、いい・・・。
あれが、あの日からの事が俺の妄想でしかなかった事というのならそれでいい。
ならば悪いが俺のことを下の名前で呼ぶの止めてくれ。
お前をユウと呼び、俺を美保と呼ぶこと、それは、少なくとも俺にとっては入れ替わったからこその事だ。
お前が生まれながらの石川裕也だというのであれば俺とお前は秘密の共有者でも友人でもない。
単なる同級生なんだから。」
「美保。」
「下の名前で呼ぶな、そういったはずだ。
思い込みだろうと、なんだろうと俺は元に戻る方法を探すだけだ。
今までも、これからも。
必ず取り返して見せるからな。」
裕也はユウの目を睨むと荷物を持ってその場を去ろうとしながらポツリと呟いた。
「最低の女だな。
こんな奴の事を好きだったなんて、最悪だ。」


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


裕也は美保の部屋へと戻ると荷物を投げ出して溜息をついた。
「好きだったのに。」
裕也は姿見の前に立つと鏡に映る自分、美保の姿をもながらそう呟いた。
幼馴染でいつの頃からか好きになっていた女性。
しかし、いまや自分の全てを奪おうとしている相手。
裕也は自分自身に向けたものか、それとも美保に向けたものか分からない嘲笑を浮かべると美保の身体をめちゃくちゃにしてやりたい衝動を覚えた。
そして、今の裕也にはそれを推し留める為の理由は無かった。
裕也はその日初めて女性として上り詰め、女になった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


解離性同一性障害・・・。
多重人格・・・?

そんなはずはない。
僕にはあの夜のキスまでの石川裕也としての記憶がハッキリとある。
両親や妹と過ごした日々、学校での生活、自分の部屋の配置、おじいちゃんおばあちゃんのこと、そして美保を好きになったこと、などなど、すべてを鮮明に覚えている。
そればかりではない。
声変わりした自分の男の声、175cmの目線から眺める景色、男としていつも立ちションをしていたこと、股間を打ってその痛みに悶絶したこと、エッチなこと考えてペニスを勃起させたこと、オナニーでの射精の快感などなど、男として経験しなければ分からない感覚でさえ覚えている。
多重人格などであるはずがない。
それじゃ、ユウは、美保は何であんな事を言ったんだろう・・・・

僕に人格はひとつしかない。
ただ、あの時に身体が入れ替わってしまっただけだ。
僕の記憶はひとつの人格で一本に繋がってる。
でも、それが分かるのは僕自身だけ。
でも、その認識が待ちがっいたとしたら・・・・まさか・・・・
どちらが真実か、僕にはそれを証明する術はない。
客観的に考えれば、入れ替わったという僕の主張は、まったく論理的ではない。
ユウが言う、僕が解離性同一性障害だという方が遥かに現実的であり、説得力がある以上、誰かに協力を求めることはできない。
自分ひとりでどこまでできるか、でも自分にできる事は元に戻る方法を探す事だけだ。

裕也は夢の中で見つかるはずの無い答えを探していた。

このまま元に戻れなければ僕は美保として成人して、お見合いするんだろうか。
そして美保の両親の望む相手と結婚して、子供を・・・・・

裕也は愛しく大きくなったお腹を撫でている臨月にも見える美保を愛しそうに見、そしてそれが鏡であることに気づいて、目を覚ました。




「はぁはぁはぁ・・・・・性質の悪い夢だ・・・・」

裕也は下半身の気持ち悪さに、昨晩の事を思い出し、顔を赤くしながら後始末を始めた。
身体を動かしているうちに意識がはっきりしてきた裕也は、ユウに対して期待することは止めた。
理由はどうあれ、裕也から見て今のユウは裕也の立場を奪う気満々にしか見えない。
(だったら)
裕也はそう腹をくくると今後の方針を変更した。
裕也は意識して元に戻った時の美保の事を第一に考えて行動してきた。
しかし、こうなった以上は遠慮は無用、全ての時間を元に戻るために費やす事を決めた。




ToBeContinued


# if版4話の公開です。
# 裕也は色々といい感じに追い詰められています。
# 原作ではこの話にあったイベントは次回持越し。
# さて、夏休みも終わり、遂に新学期。
# 原作ではあまり無かった気がする学校生活をどうするかが悩みどころですが。
#
# それでは、次話にて。
# ダークサイド

2008/12/14

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IF四話 〜 第4話 悪夢 〜
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