IF三話 〜 第3話 裕也の道、ユウの道 〜
IF四話 〜 第4話 悪夢 〜
IF五話 〜 第5話 詩織 〜
IF六話 〜 第6話 夏休みの価値 〜
IF七話 〜 第7話 美保のいない世界 〜
IF八話 〜 第8話 The Blank of 4-Years 〜

ダークサイドさんが「IF三話」として掲示板に投稿されたものを、ここに転載させていただきました。

IF三話

〜 第3話 裕也の道、ユウの道 〜


「ふぅ。」
裕也は目を覚ますと部屋を見回し鏡を見る。
「美保のままか。」
裕也はそう呟くと手早く着替え始めた。
ラケットやシューズ、タオルなどは昨夜のうちに準備してある。
問題は服装だ。
学校へは制服を着ていかなければならない。
そう、裕也は女子高生の制服を身に着けなければならないのだ。
正直、身体はともかく裕也の心は男のままだ。
興奮しないといえば嘘になる。
下着姿で胸を持ち上げて嫌らしい格好も好き放題にできる。
しかし、所詮は自分自身。そう思うと気分が萎えるのだ。
さすがに女としての自慰行為には抵抗があった。
溜息をつきながら裕也は美保の部屋を後にした。
「部活の前に公園へよらないとな。」


裕也自身としては正直、部活をほっぽっておいて中央公園にいたいのだが、部活に行くことはユウとの約束だ。
(一日でも早く元の身体に戻りたい。)
貴重な高校2年の夏休みをこんな事で費やしたくない、というのが裕也の本音だった。
美保を演じきれるか、ということに関しては正直不安は無かった。
子供の頃から、同じクラスになってからは事あるごとに美保の様子を伺っていたのだ。
数日やそこらならばれる心配はないと思っている。

『起きた?部活行くぞ。』
ユウからのメールの着信に気づいた裕也は携帯の時間を見た。
「もう、そんな時間か。」
『いま、例の入れ替わった中央公園にいる。これから学校へ向う。
裕也』
裕也はユウに返信すると止めてあった自転車に跨った。

正直なところ、裕也自身としてはスカートで外に出るのは、なんとも気恥ずかしかった。
(普段自転車に乗る制服姿の女子高生を、何かを期待しながらエッチな目で見ていたからかなぁ。)
スカートが気になっていた所為なのか、それとも美保の体力の所為なのかは分からなかったが、考えていたよりも、学校まで時間がかかってしまった。

裕也は、本来なら入れるはずの無い女子の更衣室の前に立つと息を呑んだ。
そう、裕也はこれからこの中で、女子部員の下着姿を見ながら着替える事を考えると自然と興奮するのを感じた。
裕也は、更衣室で着替えながら周りの女子部員を眺めた。
その際、部員数人と、簡単なあいさつを交わしたが、皆、裕也を美保として自然に接していた。
(美保の身体でどこまで出来るやら。)
裕也は部活の事を思うと気が重かった。
理由は裕也と美保のプレイスタイルにあった。
裕也と美保はプレイスタイルが間逆といって良いほど違うから。

卓球部は男女で同じ日が練習日だが、練習自体は男女別々だ。
いつものように、それぞれ別れてをストレッチを始めた。
「うわぁ、しんじらんない。」
美保の身体は柔らかかった。
柔軟体操をやっても思い通りに身体が曲がるので裕也は驚いた。
本来の自分の身体ではこうはいかない。
視界の端では案の定、ユウが辛そうにやっているのが見えた。
(あ〜あ〜、あんなにがんばっちゃて・・・。後で身体痛いぞ・・。)
あまりに眺めていたのだろう、となりの詩織が裕也へと話しかけてきた。
「なあに?彼のこと気になるの?」
詩織は美保の親友といっていい関係を構築していた。
美保と詩織は部活をきっかけに仲良くなったのだ。
「別に」
「体調は悪くないみたいね、って仮病だっけ?」
そういうと詩織は美保に笑いかけてきた。
詩織は、裕也のことを美保だと認識しているようだ。
身体は間違いなく美保のものなのだ、よほどおかしな言動をしない限り疑われる心配はない。
他の部員も皆同じで、裕也を美保として受け入れている。
詩織は、石川裕也と香川美保がうまくいったと信じており、そのことを素直に喜んでいた。
「ねえ美保、昨日はどこからかけてきたの?」
「え?」
「え?って、電話よ、で、ん、わ。」
「あ、ああ、ファミレス。図書館の近くの。」
「へえ〜、ってことはユウくんと食事?」
「ええ、図書館から出てきてばったり会ってね。食事するつもりだって言ったら一緒にって事になって。」
「えええ〜?ホントにそうだったのお?もうデートしたんだあ。」
「ちがうよ、デートなんかじゃないよ。」
詩織はそれ以上は追及してこなかったが裕也としては正直勘弁して欲しかった。
そんな事より考えたい事が山ほどあるのだ。


ひととおりストレッチが終わって、ボールを使った練習に入った。
裕也は自然と詩織と組んで、ストロークの練習から始めた。
詩織に本当の美保との違いがばれるかも。
そう思いながら裕也は美保のラケットを構えた。
予想していたとはいえ、卓球台が高い。
今までどおりのスイングでは、サーブもできない。
一応は美保の部屋で練習はしてきた裕也だが、やはり本物の卓球台では勝手が違う。
裕也が打ったサーブはネットにかかってしまった。
もう一回。
またネットにかかった。
(やっぱり、感覚が違う・・・)
修正しながら打ち直しやっと入った。
「何やってるのよ〜美保〜。ちゃんとやりなさいよぉ〜。」
「ごめーん!」
裕也は謝るしかなかった。
一度できたら、なんてことはない、すぐに慣れて、ストロークのラリーを続けられた。

一方のユウはと言えば既に、ユウはパンパンとストロークをやっていた。
どうやらユウの方が裕也と比べてが順応性が高いらしい。
「美保、気、散らさないでやってよ。」
「ごめーん」


そうこうしている内に休憩になった。
体育館の中は蒸し暑い。
裕也は自然とユウの姿を追った。
自分は美保を演じるのに苦労しているのにユウは裕也として行動する事を楽しんでる。
裕也の目にはユウの行動がそう映っていた。
くやしい。
それが裕也の気持ちだった。
自分が美保として苦労しているのにユウは裕也としての生活を楽しんでいる。
それが悔しかった。

裕也は、座ってペットボトルの水を飲んだ。
「また、見てたでしょ。」
詩織は裕也の隣に腰を降ろすとそう言った。
「え?見てないけど・・・」
「何いってるのよ、あたしは見てたんだからね〜」
(んー、確かに気づくとユウの事を目で追っているなぁ。)
裕也はそう思いながら詩織にかえした。
「そんなつもり、無いんだけどね。」
「お祭りの日、何かあったの?」
裕也は少し悩むと本当のことは告げなかった。
「うん、ちょっとね。
多分、起こった事を話しても詩織は信じてくれないと思う。」
裕也はそれだけ言うと再びユウたち男子の方を眺めた。


ほどなく、男子のほうも休憩になった。
ユウは何やら翔と話をしている。
(何話してるんだろ?)
裕也は楽しそうに話している二人の方を眺めながら溜息をついた。
翔は夏祭りの日のことを気にしていたはずだ。
裕也は気になったが、近づくわけにはいかなかった。
(あんなに話しをしていて、翔はユウの変化に気が付かないのだろうか。)
ユウはごく自然に裕也振る舞っていた。
ユウは普段から自分が裕也だったらどうするか、そんな事を夢見ていた。
それが現実になったのだから、裕也としての生活を楽しまないはずは無かった。

「また、ユウくん見てる。」
隣で詩織が言った。
「あ・・」
「ねえ、気持ちは分かるけど、練習が上の空じゃだめだよ。試合も近いんだから。」
詩織に言われ裕也は、次の日曜が試合、地区予選であることを思い出した。
夏の大会の地区予選だ。3年生はこの大会で引退する。
しかし裕也は迷っていた。
「うん、ごめん。」
「どうしたの?なんか元気ないよ。もしかして、本当に体調悪いの?」
「ううん、大丈夫だよ。体調は。」
「それならいいけど・・・。」
勘のいい詩織はいつもの美保との違いが気になっているのだろうか。
必要以上に裕也のことを気に掛けていた。


休憩の後は試合形式での練習が始まる。
今日は先生の指示で、まず、男子対女子で試合をすることになった。
この先生は時々この練習をした。
男子にとっては、全くメリットのない練習だったが、女子との練習試合は楽しかったので、皆喜んで参加した。
裕也は美保と何度か対戦したことがあるが、一度も負けたことはない。
もっとも男子と女子の試合で男子が負けることはほとんどなかった。
しかし、女子の力量の底上げに一役買っているのは事実で、数少ないパワー型の選手との模擬戦として役立っていた。

練習相手は生徒同士で適当に決める。
裕也はユウのところへいくと声を掛けた。
「石川君、やらない?」
裕也は周りを気にしてか、『石川君』と言った。
「ごめん、ちょっと確認したい事があって、他の人には頼めないからさ。」
裕也が小声で囁くと疑問を感じながらもユウは頃良く承知した。
「いいよ。」
卓球台に向かいながら、ユウが僕の耳元で呟いた。
「よく来たね。ありがとう。」
「まぁ、約束したしな。それに確認するなら早いほうが良いし。」
「確認したい事?」
「うん、俺の攻撃を出来るだけ丁寧に目の前に返して欲しいんだ。
こんな事、他の奴には頼めないし。」
「まぁ、何を確認したいのか知らないけど、出来るだけ希望に沿うようにするよ。」
「うん。ありがとう。」
裕也はそう笑顔で答えた。



裕也はユウと練習試合を始めた。
(予想通りか・・・。)
裕也はそう呟いていた。
丁寧に、裕也の前に玉を集中するようにしてくれているのにユウの球のスピードについていくのがやっとだったのだ。
しかも、裕也がスマッシュしても、以前であれば一発で決まった物がユウには余裕でことどとく返された。
しかし、裕也の表情にあせりも落胆した表情も無い。

美保は、どちらかと言えば技巧派の選手だ。
その事を裕也は良く知っていた。
多彩なサーブを駆使して、相手のレシーブを崩し、甘く返ったところを厳しいコースに打ち込む、というのを得意としていた。
それに対して裕也は、持ち前のスピードとパワーを更に強化し、技の技巧ではなく持ち前の肉体的長所で勝負するタイプだった。
フォアのスマッシュはうちの部では裕也の右に出るものはいなかった。
ちょっと厳しいコースに来ても、ドライブ気味にパワーをかけて返すことが得意だった。
サーブのバリエーションはほとんど無く得意でもなかったが、苦しい体勢でも一発で決められるスマッシュを持っていたので、そこそこ試合では強かった。
そして裕也も技を鍛えるより肉体を鍛えて長所を伸ばす事を好んでいた。
美保は技を、裕也は身体能力を中心に鍛えていたのだ。
しかし、入れ替わってしまった結果、その長所は一方へ偏っている。
ユウが裕也の身体能力だけ使っても着いて行くのがやっと。
時々、ユウがサーブに変化をつけてくれば裕也はレシーブするのがやっと。
コースが甘くても裕也の身体能力で打ち出されるサーブを返す事は美保の身体能力では極めて難しいのが現実。
勿論、それらの事を裕也は予想していた。しかし、入れ替わった状態で美保を演じる以上、元に戻った時に美穂に迷惑がかかることだけは避けたかった。
裕也は心に誓っていたのだ。
必ず元に戻ること、そして元に戻るまでは巻き込まれた美保の為にも美保を演じて見せると。
だから裕也はユウに事前に頼んだのだ、どこまで美保のプレイスタイルが可能かを、そして美保としての今の自分の実力を知るために。
結果、勝負は裕也が大差で負けた。

「もう1回やる?」
ユウはやさしく聞いてきた。
「いや、もう必要ない。」
裕也はそういうと卓球台を離れた。
「なんか、まだ、慣れなくて変だよね・・。」
「ユウはそうみたいだね」。
小声で声を掛けてきたユウに裕也も小声で返した。
「私の場合はそういう問題じゃないから。
多分、今現在、部じゃ私が一番弱いはずだからね。
元々私は鍛えた身体能力で勝負してきたからね、美保の、この身体じゃそうはいかない。
かといって技も無いし。
逆にユウは持ち前の技術に裕也の身体能力が追加された良いとこ取りだもの。
手加減してもらってやっと試合の形が取れるって所だもんね。」
裕也自身、承知していた事とはいえ、溜息を止める事ができなかった。
元々秀でていた身体能力の強化に比重を置いていて、技術面ではさして秀でた面を持たない今の裕也ではユウはおろか他の女子と試合をしてもたいした事は出来ない。
おそらくその事には裕也だけでなく入れ替わった相手であるユウも気づいている筈だった。
裕也は、これ以上続ける事に意味を見出せなかった。
「今日はこの辺でやめとく。
体調が悪い事にして今日は帰るね。」
裕也は疲れた身体を引きずって顧問先生のところへと向った。
「うん、了解・・。」
ユウは、そのまま裕也のところから離れていった。
他の部員と練習するつもりなのだろう。
「あれ?もう終わっちゃったの?早いね。」

詩織が試合を終えて、汗を拭きながら戻ってきた。
「いや、今日は帰るところ。」
「どうしたの?ユウくんと試合してたんでしょ?何かあったの?」
裕也が、元気のない返事をしたので、詩織は心配している。
「まぁね。」
裕也は投げやりに答えた。
裕也の頭はこれからの事で一杯だった。
卓球の事、戻るための事、美保としての生活しなければならないこと。
正直、裕也が美保の身体で卓球を続けるなら美保のスタイルを踏襲するのが正しいだろう。
しかし、それを裕也は受け入れる事が出来なかった。
更に美保に近づいていくことにも抵抗があったが、裕也の性格に合わないのだ。
美保の前では猫を被っているかのように大人しくなってしまうし、美保との対戦ではおとなしめプレイになる為、ユウは知らない。
裕也は比較的攻撃的なプレイを心情としていた。美保のように隙を伺いながら耐え、噛み付くようなプレイは向かなかった。
それに中学生時代から試行錯誤して辿り着いたのがプレイスタイルを簡単に変える事など出来はしない。
(取り合えず身体を鍛える。これ必須だ。
ただ、今から美保の身体を鍛えて、自分のプレイスタイルに近い状態になるのって引退間近だよなぁ。
それに全てを費やしての話で、元に戻るための情報集めとか考えると・・・・。
でも美保を演じるには美保のプレイスタイルのもどき程度は出来ないと。)

裕也は一人更衣室で制服に着替えると男子対女子の試合は終わっていた。
既に男女別々の練習に戻った部活の仲間から離れて裕也は中央公園へと向った。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



『今日はユウくん張り切っていたみたいだけど、あれって美保効果?』
公園で一人お昼を食べているところに詩織からメールが入った。
『なにそれ?』
『付き合ってるでしょ?お、と、と、い、か、ら。』
裕也の返信に間髪いれず詩織から返信が返って来た。
(はぁ、誰が誰と付き合ってるって)
詩織からのメールを読んだ裕也はがっくりと肩を落とした。
確かに裕也は美保の事が好きだった。
だからこそ、トラウマを抑えこんでまで美保の振りをすることを決意したのだ。
それはあくまで女の美保であって、ユウを相手として考えた事は無い。
いくら中身が美保でも自分の身体に告白するほど酔狂ではなかった。
それ以前に裕也としては告白の前に入れ替わってしまった。ある意味キスが告白と言えないことも無かったが裕也が告白したい相手はあくまで美保であり、ユウではない。
そして裕也はユウにも美保にも告白はしていない。
だから裕也的にはユウとは付き合っているわけではなく、秘密の共有者という感覚だったのだ。
『もう、とぼけちゃって。』
『とぼけてない。
本当に石川君とわたしは付き合っていない』
(うそはついていない)
裕也は元に戻れたら今度こそ美保に告白するつもりだった。
『なら、私が告白しても良いよね。』
『どーぞ。』
裕也は仮にユウが受け入れても元に戻ったら詩織には悪いが詩織と別れて美保に告白する気満々だった。
『うー、絶対付き合っていると思ったのに。
それなら尚更、日曜までには絶対立ち直ってよ!』
『ごめん』
裕也はそうメッセージを返すと女子部の部長に掛けるべく電話帳の中を探し始めた。
(日曜では日数が無さ過ぎる。
美保のパターンを学ぶにも自分のスタイルを取り戻すのも。)


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

美保の家に戻った裕也はシャワーを浴び、美保のベットの上で伸びていた。
正直、今日の裕也は精も根も尽きていたのだろう、本人の意識の外でいつの間にか眠ってしまった。

目が覚めると、もう、夕飯の時刻になっていた。
今日の香川家の夕食は母親と美保、真の3人だった。
美保の父親は大概仕事で帰りが遅く、家族とは別に夕食をとるのが普通だった。

食事が終わり部屋に戻った裕也は明日のことを考えていた。
(図書館へ行ってあの公園の事を調べないと)
裕也はベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。
(夕方少し眠ってしまったせいかもしれない。)
裕也は眠る事を諦め、昼間ユウに勝てなかったことを思い出していた。
(日曜までに美保のプレイを習得する事も、新しいプレイスタイルを見出す事も現実的には難しいよなぁ。
仕方ない、美保には悪いけど日曜日の大会は欠席、大体今の俺じゃ恥を晒すだけ出しな。)
裕也は美保の携帯電話を取り出すとアドレス帳を確認して部長の電話番号かメールアドレスが無いかを探した。
(あれ?)
美保の携帯にユウと詩織それぞれからメールが届いていた。
『明日、図書館で一緒に宿題やらない?』
二人とも文面は違うが結論から言えば同じ内容だ。
裕也は図書館には行くつもりだったが宿題をするつもりはまったく無かった。
そんな時間があれば、調べ物をしたい。
それが裕也の本音だった。
『ごめん、調べものがあるから宿題は出来ない 美保』
『例のことの情報収集に図書館には行くけど、宿題は持っていかない。裕也』
裕也はそれぞれにメールを返信すると眠りについた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

裕也と美保が入れ替わって4日目の朝が来ていた。
裕也は美保の私服からズボンを探し出すとそれに着替えて、図書館へ向う用意を始めた。
宿題をしにいくわけではないのでカバンの中は軽いものだ。
裕也は美保の両親と共に朝食を取ると自転車で中央公園へと向った。
それこそ、そこで何を出来るわけではない。
でも、もしかしたら何か手がかりが見つかるかもしれない、願いが届いて元に戻れるかもしれない、欠片も無いほどの希望にすがっての事だ。
裕也は10分ほど中央公園で過ごすと図書館へ向って自転車を走らせた。

図書館についた裕也は自転車を駐輪スペースに入れ込むと直ちに過去の新聞記事などが検索できるスペースへと向った。
そして、黙々と過去の新聞記事に目を走らせる。
対象となる新聞も全国紙だけでなく、地方紙にも。
いや、性格には地方紙の方こそ丹念に調べた。
むしろ、この手の都市伝説的なものは全国紙より地方紙に載るだろうと裕也は考えていたから。


「お腹すいた・・・・」
裕也は空腹を覚えると携帯で時間を確認した。
(こんな時間か・・・)
裕也は一時調べ物を中断すると食事の為、図書館の外へと貴重品だけを持って足を向けた。
(ふぅ、このペースだと何日かかる事やら。
ユウの奴も手伝ってくれれば効率上がるのに。
あいつ、裕也としての生活を楽しんで、元の身体に戻りたいって気概が感じられないし。)

裕也には入れ替わった次の日、すでにユウは石川裕也として生活していくことに前向きだったように見えた。
昨日の部活でも、翔や他の部員とも積極的にコミュニケーションをとり、練習にも意欲的に取り組んでいるように見えた。
まるで美保としての自分を書き換えたいかのように。
そこまで考えて裕也は苦笑した。
いくらなんでもその考えはとっぴ過ぎると。
今まで生きてきた『自分』や、自分の家族を簡単に捨てる事なんてしないよな。
裕也は危険な思考に嵌り込みかけた考えを振り払うと何を食べるかということに意識を移した。

「ユウに詩織?」
裕也が食事のために立ち寄った図書館近くのファミレス。
そこにユウと詩織の二人がいたのだ。
(そう言えば昨日二人とも図書館で宿題するってメールが来ていたよな。)
裕也はそう考えて、二人の方へ行くか、避けるかを少し考え、二人の方へ向った。
「し、詩織、石川君、二人揃ってどうしたの?」
「み、美保。
いや、そのこれは・・・・・」
「別に言い訳しなくてもいいよ。
私としては二人が付き合い始めても別にかまわないし。」
裕也の言葉を聞いた二人は唖然としてマジマジと裕也を見つめた。
「何か私、変なことを言った?」
二人とも同じように裕也のことを見つめていたが理由はそれぞれ違う。
ユウは裕也がまるで『裕也』に未練が無いように対応していた事が驚きだった。
ユウは裕也が美保の事を好きだと思っていたから、自分が裕也として別の女性と付き合うことはこころよく思っていないだろうと、それを口実にして・・・と考えていたのだから。
一方、詩織の方は事情が違う。
詩織は美保から裕也の事が好きだと聞いていたのだから。
それなのにその裕也が詩織と付き合っても気にしないというのだ。
これは驚くなといっても無理だった。
裕也はそのまま向かい合って座っていた詩織の隣に腰を下ろし、ウエイトレスに昼食を頼んだ。

「そういえば美保、調子はどう?
今度の日曜日の・・・」
「詩織、ごめん!」
言いかけた詩織の台詞を遮るように裕也は言葉を重ねた。
「私、しばらく部活には出ないし、今度の日曜の大会にも出ないの。」
「えっ、嘘。
なんで?」
「昨日の状態見たでしょ?
あんな調子で練習したり、大会に出ても意味無いもの。
顧問の先生には昨日のうちに言ってあるし、部長には後でメール入れとくから。」
「えっ!」
ユウから驚きの声が漏れていた。この事はユウにも相談せずに決めていた。
「そんなぁ。
で、でも美保、卓球部は辞めないよね。」
「うん、辞めるつもりは無いよ。」
「よかった。
部活で会えないのは寂しいけど仕方ないよね。」
裕也は詩織を宥めながらユウの方を除き見ると驚愕の表情のまま固まっていた。
なにかとフラストレーションを溜めていた裕也は、そんなユウを見て満足していた。


表面上、仲良く食事を終えた三人はファミレスを出ると別れた。
詩織は自宅へ戻り、裕也とユウの二人は図書館へと向った。
「美保、何時から図書館にいたの?
会わなかった気がするけど。」
裕也はユウの問いかけにクスリと笑うと一言告げた。
「開館から5分くらいだと思う。
それからずっと奥のコーナーで調べてたんだ、入れ替わりの事。
ただ漠然と待っていたって戻らない気がして。
過去に似たような事が無かったか調べてるんだ。
取り合えずざっと目を通すだけでも何日かかるか。」
裕也はユウにそう答えながら溜息をついた。
全く無駄に終わる可能性もあったが何もしないで終わるつもりは裕也には無かった。
ただ、入れ替わり自体、『あるはずのない』事、フィクションの中だけの事のはずで、裕也自身、自分がその立場で無ければ笑い飛ばしていた事は間違いない。
だから調べて何かが出てくる可能性は低いと承知している。それでも何かをしなければ、していなければ気が狂いそうな強迫観念の中に裕也はいた。
「それと相談無く、休部を決めてごめん。」
ついでに話してしまおうと裕也は言葉を続けた。
「昨日、美保の身体でプレイした後、言ったと思うけど今の俺は初心者以下。
参加してもろくな結果にならないなら参加しない方が美保が戻ったときにマシだと思って。
だから今度の大会、棄権する。
元に戻ったときの事があるから辞めはしないつもり。
元に戻ったら複部してがんばってよ。
身体は鈍らないようにしておくから。」
図書館に着いた裕也は何か言いたそうなユウと別れると再び奥のコーナーへと歩みを進めた。


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7月最後の日曜日。
裕也と美保が入れ替わってから一週間たっていた。
卓球部の夏の大会の地区予選の日。
裕也は図書館で相変わらず調べ物をしながらユウの事を考えていた。
(一応、釘刺しといたけど、大丈夫かなぁ)
裕也は図書館でユウとあった日、嫌われるのを覚悟してユウに告げていた、全力で戦うな、と。
今のユウは二人分の才能で戦える、でもそれって少し不公平じゃないかと。
正直なところ、裕也はユウに対して嫉妬していた。
裕也としてはプレイヤーとしての長所の全てを持っていかれたようなものだ、その上ユウにとっては二人の相反することのない長所を手に入れインハイに手が届くかもしれない。
そう思うと卓球選手としての裕也は心がざわめくのを覚えた。
(本当は記憶の中にある自分と違って行くのがイヤなのかも知れないな)
裕也は一息つくように椅子に深く座り込んで溜息をついた。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

落ち込む裕也と違いユウはこの日に向けて調子を上げていた。
この大会はシングルスとダブルスの個人戦で構成されている。
大会は、予選リーグの2位までが、決勝トーナメントに進出できる。
決勝でベスト4に入れば県大会への出場権が得られる。

裕也もユウも、入れ替わる前にエントリーしていた。
しかし、美保になった裕也は棄権し、裕也になった美保は参加していた。
美保が棄権した事で割を食ったのは詩織だった。
美保はダブルスを詩織と組んでエントリーしていたのだから。
男女とも午前中はダブルスだ。
詩織は戦うことなく不戦勝での負け。
裕也が調子の悪い事を知っていた事もあり諦める気持ちもあったが、悔しさもあった。
ユウは詩織がいらいらしているのを見ながらも声を掛けることを迷っていた。
今のユウは詩織から見れば美保ではなく石川裕也なのだから。

一方、ユウと翔のペアは決勝トーナメントに進んでいた。
裕也と翔のコンビは、過去にも決勝トーナメントに進んだことがある。
二人は決勝トーナメントの初戦を突破し、ベスト8に進出していた。
ベスト4に残れば県大会進出だったが、次の対戦相手は強敵だった。
県大会常連の3年生ペアだったが、ユウと翔のペアは互角に戦った。
攻撃型の翔、本来は攻撃型の裕也と組むとミスの少ない相手には苦戦しやすい。
攻撃を拾われ続けあせったところを突かれる。
しかし今年の翔とユウのコンビの場合は違った。
翔は攻撃に徹し、ユウが拾い捲る。
県大会常連の3年生相手にも一歩も引くことなく戦っていた。
流石に最後は経験値の差が出て結局2−3で試合に敗れはしたが大健闘だった。
翔のスマッシュが目立っていたが、ユウの切れのいいサーブとミスのない繋ぎが、このペアを支えていたことは明白だった。
ユウは技術の高さと共にぎりぎりの場面でも慌てずに力を発揮できる精神の強さに評価を上げていた。


ダブルスが終わり、お昼の時間になった。
普段なら美保と食べる詩織は一人で観客席で弁当を食べていた。
「ユウくん、すごかったな〜。
でもあのプレイスタイルって美保と被るのよねぇ。」
(美保そっくりのサーブ。
あれ、レシーブすると思ったより浮くんだよねぇ。
佐々木君もそれ分かってて、どんどん打ち込んでたし。)
詩織は、日ごろ美保と組んでいるのでよく分かっている。
(でも、いつ覚えたんだろ?
でも、この分だとユウくん、シングルスでも結構上にいけるんじゃないかな)

午後はシングルスだ。
詩織は、健闘したもの予選リーグ3位で敗退した。
一方、詩織の予想通りユウは予選リーグを危なげなく勝ち上がり、決勝トーナメントでもひとつ勝って、ベスト16に進んでいた。

ユウの決勝トーナメント2回戦の相手は3年生だった。
今までの裕也は勿論、裕也たちの部活の面々では勝つのが厳しいレベルの選手だ。
しかしユウは気を追うことも無く、ゆったりとサーブの構えに入った。
構えは堂に入っており、全身から自信がみなぎっており、逆に相手は少し腰が引けているように見える。
ユウは美保のサーブで相手を崩し、2点を連取した後は、一方的な展開となった。
相手に付け入るスキを与えなかった。
元々の裕也が持っていたスピードとパワーに美保の多彩なサーブが加わったことで、今のユウは県大会レベルの実力といっても過言ではなかった。
結局、ユウは相手に実力を出させる事なく、ベスト8へと駒を進めた。
そして次の試合に勝てばいよいよベスト4だが、運悪く対戦相手は今大会の優勝候補筆頭の選手だった。
さすがに『県大会出場の道は、これで絶たれた』、部員達はそう考えていた。
しかしユウは違った。この相手に勝って県大会にいければ県大会でも良いところまでいける、インハイも夢じゃないかもしれない。
自分の力がどこまで通じるかの試金石になる、そう考えて燃えていた。
やはり相手は優勝候補だけのことはある。
今までの相手には効いていたユウのサーブも、すぐに対応して厳しいところに返してくる。
しかし、ユウも一歩も引いていない。
しぶとく拾いながら、時折スマッシュを決めていた。
第1セットから熱戦となり、ジュースにもつれ込んだ。
ユウは、1点を追いかける苦しい展開に、何度かセットポイントを凌いだが、
ついに、ユウのスマッシュがアウトになり、第1セットを奪われた。
優勝候補相手に内容は互角だった。
最後のほんの少しの差で、勝負がついた。

しかし、ユウは、デュースになってもミスをしない相手に、最後まで攻めていた。
美保には追い込まれると攻めきれなくなる悪い癖があったが、今のユウは違った。
セットポイントを奪われていても、攻めの姿勢を貫いていた。
その結果のスマッシュアウトだった。
(う、これならいけるかもしれない)
第1セットを取られはしたが、ユウは確かな手ごたえを感じていた。

第2セットに入った。
今度は、相手は最初から攻撃的に来た。
積極的にスマッシュを打ち、それがよく決まった。
(やり方を少し変えてきたな・・・)
相手はユウに本気になったに違いない。
一気に勝負をつけようとしているように見えた。
ユウは最初の流れが変えられず、第2セットも落としてしまった。

追い込まれた。
(やはり、ムリか・・・。)
とみんな思った。
しかし、ユウは違った。
直接対戦しているからこそ見えている事もある。
ユウにはむしろ対戦相手が焦っている様に感じられた。
(大丈夫、相手はそれほど余裕が無い。だからこそ、畳み込みに来たんだ。落ち着いていけば勝てる)
第3セット、大方の予想とは異なり、そしてユウには予想通り、接戦になった。
ユウは、第1セットと同じ今のサイドの方がやりやすそうだった。
再び、ユウのスマッシュが冴えだした。
結果、第3セットはユウが攻め勝ち、1セットを取り返した。
ついに、ユウは優勝候補から1セットを奪った。
うちの部では今まで誰もできなかったことだ。

詩織は「すごい!!」を連発し、興奮している。
だが、この熱戦を演じている当のユウは試合開始からまったく表情を変えていない。
体育館の熱気もあり、第1セットから大粒の汗を流していたが、その表情は落ち着いていた。
今1セット奪った瞬間も、ガッツポーズひとつせず、平静を保っている。
ユウは確実な手ごたえを感じていた。
ユウはこの大会で試合を重ねながら、今のユウ自身が持つポテンシャルの高さを実感している。

第4セットに入ると、相手がまた攻撃的に来た。
だが、第2セットのときのようにスマッシュが決まらない。
ユウは、試合中にゲームの組み立てを変えているようだった。
いつのまにか、相手はスマッシュができなくなっていた。
第4セットもユウが取り、とうとう2−2に追いついた。

詩織は、この展開にすっかり興奮している。
他の部員たちも、ハイレベルな試合に引き込まれていた。
(アイツ、いつの間にここまで。)

第4セットを終えたユウは、さすがに疲れたのか肩で息をしながら汗を拭いている。
しかし、表情は相変わらず平静を保っている。
肉体中心に鍛えてきた裕也の身体に体力的な不安は無い。
ユウ自身、手を握りこみ自身を持っていた。
(優勝候補相手にここまで来た以上、「胸を借りる」なんて思わない。叩き潰すつもりでいこう)
ユウはここに来て「勝ち」を意識した。
逆に、優勝候補の相手は、まさかの「負け」を意識する。
実力が同じなら、「勝ち」であろうが「負け」であろうが勝負を意識した方が負けだ。
皆、それが分かっていても意識してしまう。
ユウも表情は平静を保っていたが、その内面がどれだけ平静でいるのかは分からない。
この試合は、正に精神力の勝負となってきていた。
そして試合の流れは完全にユウに来ている。
しかも、ユウがやりやすそうにしているサイドで始まる。
序盤で有利な状況にしたかった。

だが、そう簡単にはいかなかった。
最終セットが始まると、ユウはなぜか序盤でリードされてしまった。
勝負を意識しすぎたのかもしれない。
(ここが勝負だぞ・・・)
ユウの事を部員たちは熱い視線で見守っていた。
相手が5点取ったところで、サイドを代えた。
ユウはサーブの位置に立ち、大きく深呼吸した。
ユウは再び集中し直していた。
(もう一度、仕切り直しだ。)
ユウはゆったりとサーブの構えをした。
美保の得意技に裕也の力の乗ったいいサーブが打たれた。
相手のレシーブはネットにかかった。
ユウは、次も同じ構えからサーブした。
今度は相手のレシーブが浮いた。
すかさず、ユウはスマッシュ、それが決まる。

相手が初めて連続でミスをした。
今度は相手が勝負を意識したのかもしれない。
いや、これはミスではなく、ユウの集中力がサーブの切れを増したのかもしれなかったが、傍から見れば相手のミスに見えた。
とにかくユウは追いついた。
ユウは精神力においても、この百戦錬磨の優勝候補に負けていなかった。

ここから試合は一進一退の展開となった。
お互いに手の内が分かり、相手の得意なところには決して返さない。
レシーブを拾い続ける展開が続いた。
ユウは回転の種類を微妙に変えていたが、相手もそれを冷静に読み、甘いコースには返してこない。
二人ともフルセットで、相当疲れているはずだが、もうお互いにミスをしない。
詩織も他の部員たちも、本気で試合に引き込まれていた。

ユウがボールを打つたびに、髪から汗が飛び散った。
レシーブで足を大きく踏み出すと、脚の筋肉が躍動した。
ユウは必死にボールを追いかけていた。
その姿はとても美しかった。
詩織は素直に「カッコいい」と思った。
人は、すばらしい勝負を目の当たりにすると感動する。
部員たちは今、このあまりにも身近な勝負に感動していた。
最終セットもデュースにもつれ込んだ。
第1セットと同じ、ユウが1点を追いかける展開になった。
ユウが相手のマッチポイントを凌ぐ、そしてまた、ジュース。
一進一退の攻防。
相手も肩で息をしており、相当疲れていることがよく分かった。

そんな中、再び相手のマッチポイントが訪れる。
胃を締め付けられるような緊張感の中、丁寧なラリーが続いたが、相手のレシーブがやや甘くなった。
ユウは、それを見逃さず、懇親の力を込めてスマッシュした。
しかし、不運にもボールはネットにはじかれ、アウトになった。

「ああああー!」
詩織は悲鳴を上げた。
試合は終わった。
あと一歩で勝てなかった。
ユウは技術ではまったく引けを取っていなかった。
最後の最後まで攻めきったことは、ユウの精神力が相手を上回っていた証拠だ。
だが、勝てなかった。
詩織には、勝利の女神の気まぐれとしか思えなかった。
裕也が見ていれば、同じような感想を持っただろう、但し、理由は2人分の才覚を持ってここまでもつれた以上、公平な捌きだと。
スマッシュがアウトになり、ユウは、天を仰ぎ目をつぶって悔しがった。
この時、初めて、感情を表した。
だが、すぐに冷静さを取り戻し、相手と握手を交わした。
さわやかな光景だった。
ユウは裕也の目の届かないところで着実に『石川裕也』の進むべき道を変え始めていた。


ToBeContinued


# なんとか裕也の性格も落ち着いたのでif版3話の公開です。
# 裕也の性格を変えたこともあり、基本的なイベントは同じでありながらそれぞれの行動に違いが出てきます。
# また、文体を三人称形式でまとめていますが、これは展開上、裕也の居ない場面の記述上、必要になったからです。

2008/12/07 ダークサイドさん投稿

IF三話 〜 第3話 裕也の道、ユウの道 〜
IF四話 〜 第4話 悪夢 〜
IF五話 〜 第5話 詩織 〜
IF六話 〜 第6話 夏休みの価値 〜
IF七話 〜 第7話 美保のいない世界 〜
IF八話 〜 第8話 The Blank of 4-Years 〜
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